2020年01月20日

川奈まり子「少年奇譚」

 昨夏、同時刊行された川奈まり子「少女奇譚」「少年奇譚」の二冊。


●「少女奇譚」「少年奇譚」川奈まり子(晶文社)

 そのうち前者については以前レビューを書いた。
 もう一冊の「少年奇譚」の方もぼちぼち読み進め、年明けにようやく読了。
 自分が「かつての少年」であったせいか、「少女奇譚」とは読んだ感触が全く違う。
 怪異譚というより「ご近所冒険」というか、部室で友人の打ち明け話を聞いている感じというか。
 かつての少年の語る奇譚は即ち、「おバカな男子のおバカな失敗談」である傾向が強くなる。
 やっぱり少女よりかなりアホっぽいかなと思った。

 もしかしたらこの作品における作者は、「男子のおバカな話を聞いてくれる女の先輩」的な位置になるのかもしれない。

 前書きで触れられているけれども、男性の怪異体験が成人前に多いというのは、私自身の見聞からも首肯できる。
 もう少し踏み込むなら、「彼女」ができて「友だち」の比重が軽くなるまで、という傾向はあるかもしれない。

 以下に、いくつか語れるエピソードを挙げてみたい。

●「宝ヶ池のハク」
 冒頭エピソードから、完全に心を持っていかれてしまった。
 ふとしたきっかけで、大人になってから急に蘇ってくる古い記憶。
 そこには今はもう会えなくなった友だちがいて、楽しい思い出と共に、切ない別れがあって。
 そして今にして思うと、この世のものならぬ不思議があって。
 私は元来、子供の頃の友だち、心の中の友だちに思い入れの強い人間なので、よけいに心惹かれるのかもしれないが、読後少し涙ぐんでしまった。

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 今回の「少年奇譚」を音楽のアルバムに見立てるならば、シングルカットされるのは「宝ヶ池のハク」、そしてB面は、このあと紹介する「僕の左に」になるだろうか。
 記憶の中の古い友だちに対する郷愁が、そんな昭和のアナログ音楽の有り様を思い出させる。
 最初のエピソードはそれだけ印象深く、この一冊のイメージを代表しており、読み進めるごとにここに立ち戻るような感覚がある。
 
●「僕の左に」
 この本の基調のような「心の中の友だち」にまつわる切ないエピソード。
 幼い子供の友情は、強固であると同時に意外にうつろいやすく、壊れやすい。
 悪気なくやってしまった仕打ちが友だちを「置き去り」にし、取り返しのつかない結果に。
 私はこの手のお話はいつも「置き去りにされた方」に感情移入してしまうのだが、この年になってみるとどちらが「置き去り」なのかは一概には言い切れない、とも思う。

 治療のため、片目の視界が覆われたことで「異界」が見えてくる様も、元弱視児童の私にとって非常に興味深い。
 そう言えば私も、幼児の頃は右目の視力がかなり低く、裸眼では見えていなかった。
 その後のリハビリ中は、悪い方の右目の訓練のために見えている方の左眼をアイパッチで塞いでいた時期もあった。
 色々思い当ってくるのである。

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 最初の修行1
 最初の修行2
 最初の修行3
 最初の修行4

●「上海トンネルのジョシュア」
 児童虐待にまつわる怪異。
 この年になってようやく、昔の経験に理解が追いつくことがある。
 子供の頃の友だちに幾人か、程度の差はあれ「あれは虐待をうけていたのではないか」と思い至ることもある。
 確かめようもないけれども、それぞれの人生を生きていてくれればいいなと、本当にそう思う。

●「玄の島」
 少年の体験する怪異が「おバカな男子のおバカな失敗談」めいてくる典型のようなエピソード。
 男子の失敗談には「オチンチンと糞尿」が付き物なのである(苦笑)

●「悲鳴の灯台」
 和歌浦雑賀崎を舞台にした小編。
 作中で描かれている通り、かつて賑わい、今は忘れられかけた観光地での怪異の断片。

 私はこの場所に程近いある小さなビーチに、特別な思い入れがある。
 私の中の少年と大人、心の中の友だちをつなぐ地である。

 久々に連絡をとった中高生の頃の友だちに誘われ、不思議な祭に参加した90年代の手記。

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 月物語

●「刀奇譚」
 幼少の頃から自宅で不穏な気配や金縛りに遭遇してきた少年が、中高生になって武道を習い、鍛練のための模擬刀を手に入れてから、平穏を得るまでのお話し。

 私にとって、かなり「わかる気がする」エピソードである。
 私も幼少時から金縛りや悪夢、怪夢があり、また中学生の頃に心身の不安定を経験した。

 金縛りと幽体離脱

 これまでにも何度か書いてきたが、私は私立中高出身で、当時ですら時代錯誤の「虐待指導」を受けてきた。
 入学したての中一の頃は、膨大な宿題を全部真面目にやろうとして、できないと殴られるのを避けるために、家の二階の窓から飛び降りて骨折くらいしてやろうかと思ったこともあった。
 正直、かなりストレスで追い込まれていたと思う。

 その時に心の安定に役立ったと思われるのが「剣道」だった。
 それまでごく真面目で大人しい方だったのだけれども、中二くらいで凶暴さというか闘争心が急に強くなって、小学校時代からやっていた剣道が、その格好の捌け口になった。
 ある時期から「ああ、俺はいざとなったら人の頭をカチ割れるのか」とわかってくると、暴力体育教師への恐怖がやや後退した。
 武道で段位をとるというのは、「下手にキレたらヤバいな」という「自分に対する恐怖」が刻まれる一面があると思う。
 相手への恐怖と自分への恐怖で相殺される分、多少は追い詰められなくなると言おうか。
 それがなかったら、中学の時に潰れていたかもしれないし、最悪他者に矛先が向いていたかもしれない。
 あくまで私自身のことではあるけれども、あの頃なんとなく感じていた「不穏な気配」は、自分の中の破壊衝動のようなものが部屋の壁や暗闇等に投影されていたのではないかと、今は思う。
 自分の暴発を恐れる心が、「戈を止める」スキルである武道の鍛練で、ある程度鎮められたのではないかと思うのだ。

●「まあちゃん、行こっか」
●「祖母をすくう」
 少年と祖父母の死にまつわるエピソード。
 孫は祖父母に「死」を教わることが多い。
 そして大好きだったおじいちゃん、おばあちゃんとの別れは、時に「この世のものならぬ」領域に踏み込む。

 私は幼少時、両親が共働きだったので、昼間の時間帯を母方の祖母に見てもらっており、初孫でもあったので、つながりが深かった。
 その祖母が亡くなったのは私に長男が生まれて一年ほど経った頃のこと。
 体調を崩して入院中の祖母が「夢に〇〇と〇〇(私と長男の名)が出てきて、不思議そうな顔でこちらを見ていた」と、語ったという。
 気になった私はその後見舞いに行ったが、もう意識ははっきりせず、話せずじまいになった。
 今思うと、あれはたぶん「お別れの夢」だったのではないかと思う。
 おばあちゃん子の私だったが、自分のことに手いっぱいでとくになんの恩返しもできないままになった。
 亡くなる前年、ひ孫である上の子を抱かせてあげられて本当に良かったと思う。

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【おやまのこもりうた】

(mp3ファイル/約5分30秒/10MB)ヘッドフォン推奨



 川奈まり子 の実話奇譚を読むと、自分の過去の体験が「怪異」という切り口で次々に怪しく掘り返されて来るのを感じる。
 明らかな怪異体験まで行かない紙一重であれば、誰でも日常的に遭遇しているのではないだろうか。

 じわじわと読み進めながら思うところあり、自分の幼児の頃の原風景のスケッチを開始した。

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 原風景スケッチ1
 原風景スケッチ2

 そういう「振り返り」が促される一冊だった。
posted by 九郎 at 18:36| Comment(0) | 怪異 | 更新情報をチェックする

2020年01月19日

第七回 文学フリマ大阪 2019.9.08

 4月の告知以来、報告がたいへんたいへん遅くなりましたが、昨9月8日、文学フリマ大阪に参加してきました。
 文フリ参加は実に五年ぶり。
 前回は2015年で、知り合いの卓に間借りでした。
 わが「縁日屋」初のフルスペック単独参加の模様を紹介してみたいと思います。

 参加に向けて制作したが、2001〜2011年にかけてごく少部数発行していた「縁日画報」1〜19号(+α)の縮刷合本。
 熊野・葛城・沖縄遍路をはじめ、様々な神仏物語、関西サブカル事情を蒐集・披露したミニコミ紙を完全集成で、160ページの極厚ボリュームに、当時の私が各地で見聞きした、神仏祝祭見聞録が、滴るような濃縮具合で満載です!

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 他にも既刊本やポストカード、Tシャツ、ブースのにぎやかしのためのお面なども持ち込みました。

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 メインの「超合本縮刷版 縁日画報」は、予備知識なしから、見本誌コーナーで興味を持っていただけた模様。
 表紙デザインで視線を掴めたようで、強気の定価1000円にも関わらず、持ち込んだ分は完売しました。
 最終的には諸経費さっ引いて、ほんのちょっと小遣い程度ですが黒字!
 おかげさまで当日以降も何件かお問合せをいただいております。
 残念ながら通販対応はできませんが、また次の機会の文フリや、各種フリマで出品したいです。
 出店の際は告知します!

 反省点としては、よく出店している普通のフリマの装備をそのまま持ち込んだので、全体にサイズオーバー、キャパオーバー。
 文フリは冊子とポストカードに特化すべきですね。
 TシャツやA4ポスターは並べられないし、机に敷く布も90cm45cm、高さ70cmにジャストサイズのを用意すべし。



 今回の新刊「縁日画報」には、この十年ほどの近況報告的なマンガを描きました。

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 これまでTwitterやブログなど、ネットで家族ネタを出すのは抵抗がありました。
 なんせ半端者なので、巻き込むと悪いなと思ったり。
 ただこの夏、下の子が十歳になって、少し心境の変化がありました。
 子供が小っちゃい時のネタというのは、もう本人も覚えていないので、私が何らかの形にしなければ消えていってしまうかなと。
 なので、またぼちぼち気が向いたときに子供ネタも紹介していきます!
posted by 九郎 at 18:24| Comment(0) | 縁日の風景 | 更新情報をチェックする

2020年01月09日

2020 新年のご挨拶

 遅くなりましたが、あけましておめでとうございます!

 今年は素人なりに書初めをやってみました。
 昨年末、実家の草刈りの時に入手していた藁で、ふと思い立って筆をでっちあげ。

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 年明けて、ノープランで筆をとり、思いつくままに書いたのが、以下の文字。

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 まあ、筆が藁だけに(笑)

 しかし考えてみれば、今の世に最も必要なのは「一揆」の精神かもしれません。

 今年も「縁日草子」をよろしくお願いします!
posted by 九郎 at 20:54| Comment(0) | 季節の便り | 更新情報をチェックする

2019年12月22日

川口真由美「〜沖縄・平和を歌うV このクニに生きて」

 川口真由美の新アルバム届いた!


 川口真由美「〜沖縄・平和を歌うV このクニに生きて」


 この一週間、泡盛を一杯やりながら、携帯端末で聴き込みながら過ごした。
 ファースト、セカンドももちろん素晴らしかったが、さらにスケールでかくなってる!

 川口真由美の歌を最初に聴いたのは反原発デモでのこと。
 国がための民にあらず、民のための国であれ

 一発で惚れ、後にファーストアルバムを入手。


 反骨のカーリー 川口真由美さんのこと

 もちろん2枚目も!


 反骨のカーリー、再び(川口真由美 2ndアルバムのこと)

 一週間聴き込んだ感想。

 聴きやすい!
 なんだかんだ言って私はファーストが好きなのだが、ちょっと強烈なので、これから川口真由美を聴こうという人には今回の三枚目はお勧めかもしれない。
 しかし聴きやすいと言っても、決して薄まっているわけではない。
 直球勝負のピッチャーが、球威そのままに配球と緩急をマスターした感じ。
 最強やん!


 川口真由美のCDは、もちろん普通に楽しむ音源として素晴らしいが、路上やデモや座り込みの現場で歌える「叩き上げの歌」のお手本として聴くことも。
 今回のサードで言えば「この胸の奥深く-We Shall Overcome」「私はここに立つ」「沖縄よどこへゆく」を歌ってみたいと思った。


 強烈なメッセージソングでありながら、日常の労働にも意外に合う。
 実家の草刈りをしながら聴くと、気持ちよく捗った(笑)

「草刈りに合う!」

 とか書くと、褒めてるのかどうか微妙な感じになってしまうが、もちろん最大限に讃えているのである。
 私の考えでは、日々の暮らしを整える延長線上には、腐った国の在り方を糾すデモやレジスタンスも含まれる。
 デモで叩き上げの歌は、逆に日々の労働にも、もちろん合うのだ。


 アルバムタイトル曲「このクニに生きて」を聴き込む。
 ブックレットによると「初めて語りを入れました」とのことだが、「あれ? そうやった? 今までなかった?」と意外に思う。
 私はデモの現場からハマったので、川口真由美と言えば当たり前のように「歌い、語る人」なのだ。
 CD音源の語りも、もちろん良い!

 アルバムラスト曲「歌が救う」を聴き込む。
 たぶん、この曲を聴いて、歌い手の潜って来た地獄が見える人に向けた歌。

「歌え!歌ってやれ!歌え!歌え!」

 印象的なこのフレーズは、聴き手によって様々に聴こえるだろう。
 貴方なら?
 俺なら?
 究極は「生きろ!生きてやれ!」ではないだろうか。


 近年はよく「歌に政治を持ち込むな」だの「芸術に政治を持ち込むな」だのという、私に言わせれば「寝言」が幅を利かせているが、そのような斜に構えたしょーもない態度は、せいぜい中学生で卒業してほしいものだ。
 歴史を紐解けば「反骨」こそ「芸」であって、放浪芸の担い手は民衆のために語り、叫び、唄うものだった。

 演歌師

 俺は描く!
 そんな素晴らしい元気をもらえるアルバムだった!
posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2019年12月21日

ネットプラモコンペ「酒餅009」

 今年九月末、ネットで写真応募、審査のプラモコンペ「酒餅009」にエントリーしていました。
 80年代旧キット中心のコンペで、昨年Twitterをはじめてからその存在を知りました。
 前回の応募者の皆さんの凄腕ぶりに驚愕しつつ、昔一緒にプラモを作っていた古い友人たちに時を経て再会したような、なんとも言えない嬉しさを感じました。
 今年の募集開始の際、レベルの高さに不安を感じながらも、「ぜひあの遊び場に入ってみたい!」と言う思いからエントリーを決意。
 
 私のお題は旧キット タカラ 1/100 ガリアン。
 84年放映のアニメ「機甲界ガリアン」の主役機です。
 当時、最盛期にあったリアルロボットアニメ作品については、以下の年表を参照。

 極私的80年代リアルロボットアニメ年表

 アニメの放映と同時進行で発売されていたプラモデルもブームの最中にあり、発売点数が多すぎて「興味はあれども作れない」プラモがたくさんあった時代です。
 今回のお題のガリアンもそんな「やり残し」プラモの一つ。
 バンダイのガンプラの場合は待っていれば再販も望めますが、「バンダイ以外ガンダム以外」のプラモは基本的に当時品を中古で探す他ありません。
 中でもプレ値が高くつきがちなのがガリアンのシリーズ。
 数年前に「箱潰れ」で安く入手したものの、なかなか手を出せずにいました。
 丁寧に作る良い機会だと思い、エントリーにあたって蔵出し。
 ひと夏かけて作り上げました。

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 エントリーページはこちら

 そして先週、待ちに待った結果発表があり、嬉しいことに「エイトフォールド賞」をいただきました!
 賞状と商品も着!

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 幼児の頃から作ってきたプラモで褒めてもらったのは人生初(笑)
 Twitterで凄腕の皆さんの制作過程を観ながらのプラモ作りも含め、とても良い経験になりました。
posted by 九郎 at 09:58| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする