2021年10月11日

最終兵器(リーサルウェポン)

 上の子が一歳九か月くらいの時、当時ハマっていた木馬遊びでそれは起こりました。

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posted by 九郎 at 07:59| Comment(0) | 子守唄 | 更新情報をチェックする

2021年10月10日

真夜中の…

 上の子があかちゃんの頃、出産祝いでもらった木馬を気に入ってくれたのは良かったのですが…

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posted by 九郎 at 10:20| Comment(0) | 子守唄 | 更新情報をチェックする

2021年10月09日

その名は

 上の子が生まれた時、お祝いでもらったものは。

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posted by 九郎 at 10:16| Comment(0) | 子守唄 | 更新情報をチェックする

2021年10月01日

カテゴリ「叛」

 2020年正月、以下のような書初めをした。

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 まだコロナ禍が始まる直前のことだったが、長きにわたる安倍政権の悪政にほとほと嫌気がさしていた時期の気分を反映していた。
 そして同年の2月から、日本はコロナ禍に本格的に突入し、収束の見通しも無いままに二年近くの月日が流れようとしている。
 この間、twitterにおいておりおり投稿してきた呟きを元に、私にとってのコロナ禍の記録をぼちぼち残して行こうと思う。

 今年2021年正月の書初めにちなみ、カテゴリ名は「叛」としたい。

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posted by 九郎 at 23:04| Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2021年09月24日

亡き師の教え

 二十代の頃、教えてもらった師匠のことについては、これまでにも何度か記事にしてきた。

 90年代の師匠Nさんについて1
 90年代の師匠Nさんについて2
 90年代の師匠Nさんについて3
 90年代の師匠Nさんについて4
 年を忘れつ師を想う

 昨日の記事でも、亡くなった師匠が夢枕に立った件を紹介した。

 夢と召喚と鎮魂

 今たぶん、二十代の頃教わった師匠と年が同じくらい。
 描いてると、当時言われたことを全部思い出す。

 師匠の「如是我聞」については、twitterの方で思い出すままに呟いてきた。
 以下に採録しておこう。

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「描けている時に変に間をおいたらあかん。少々不義理しても描けるだけ描いておくべし。明日ばったり描けなくなることもある」

「illustrateは元々『説明する』ことなので、まず何より求められる条件、要素を盛り込み、きちんと分かりやすく見せなければならない。そういう骨格があった上での「絵心」だから、構成や下描に時間と労力を注ぎ込むこと。そこさえしっかりしていれば修整は効く」

「イラストは精進や知識、資料の蓄積が直接結果に結び付き易い。ある意味、裏切られない。絵画は怖い。少しでも努力や手間頼みが入ると逃げていく」

「イラストを見やすくするには適度に省略を入れて緩急が大事。ただ、描けないうちから省略の真似事をするとスカスカになる。自然に省略できるようになるまでは、一回みっしり描き込んでから引き算した方が良い。描き込んだ密度をたもったまま、すっきりと省略する」

 この教えを聞いた時、「あ、これ武道と一緒やな」と思った。
 最初は大きく正確に威力を高め、後に威力はたもったままコンパクトな動きに洗練する。
 なかなかそこまでできんのですがw

 イラストの省略表現や仕上げについて、師匠は俺にあまりうるさく言わなかった。
 下調べや下描きをしっかりすることには、少しだけ厳しかった。
 叱られはしないけれども、俺が甘いことをやっていると、忙しい師匠が代わりにやってしまうので、かえって堪えた。

 俺は中高生の頃、私立の中堅受験校で戦前まがいの虐待指導を受けたせいもあり、厳しくされないと怠けてしまう奴隷根性が染みついて、二十歳過ぎても抜けきっていなかった。
 師匠は俺に「絵描きの矜持」を、身をもって示してくれた。

 むかし師匠は俺に対して、「実力のちょっと上」あたりを「おまえ、もちろんできるんやろ?」という感じで投げてきた。「ちょっと上」なのでうまく出来ないこともあったが、フォローはしてくれた。

 見たものを真似るのは苦手じゃないので、師匠のタッチをパクるのは我ながら速かったと思う。
 しかし、しょせんそれは上っ面のこと。
 俺の造園スケッチと師匠との差は、やっぱり「見てきたもの」「年季」だったと思う。
 師匠は俺を連れまわしてものを見せ、時間があれば語って聞かせてくれた。

 あれから俺も年くった分はものを見てきた。
 今師匠のスケッチを見返せば、若い頃より少しは読み取れることが増えてるだろう。
 一部でもとっておいて本当に良かった。

 これ、若い人に言うと反発されがちで、俺も若い頃師匠に言われた時は納得できなかったんですけど、「センス=知識やで!」というのは、年取るほどに効いてくる。
 ウザがられがちだが、年寄はやっぱり言うしかない。

「学びましょう。学びましょう。学びましょう!」

 センスを「生来のもの、自前のもの」と思っているといずれ枯渇すると、俺は教えられたのだ。
posted by 九郎 at 22:42| Comment(0) | 妄想絵画論 | 更新情報をチェックする