2021年09月12日

ズッコケ宇宙はいまも

 もう二か月前のことになってしまったが、7月22日、児童文学作家・那須正幹(なす・まさもと)さんが79歳でお亡くなりになった。
 78年刊行の「それいけズッコケ三人組」が大人気となり、全50冊の長期シリーズを完結させたことで知られている。
 私にとっての那須先生は、多少のご縁があり、ある意味「恩人」であったので、覚書にしておきたいと思う。

 70年代初頭生まれの私は、世代的には「ズッコケシリーズ」直撃でもおかしく無いのだが、子供の頃はたまたま読んでいなかった。
 90年代の学生時代、家庭教師先の子供の部屋で手に取って、あまりの面白さに大人になってからハマり、何冊か興味深く読んだのを覚えている。
 2000年代後半に子供が生まれてから、絵本や児童文学を再び手に取るようになり、「そう言えばこのシリーズは面白かったはず」と再読をはじめ、それから一年ほどかけてシリーズ50冊完読。
 まるであらゆるジャンルの文学とパラレルに「ズッコケ宇宙」が存在するかのような、広大で豊饒な世界観に耽溺する、素晴らしい時間を持てたのだった。
 最終巻では三人組が永久回帰する時間の夢から覚め、通常の時間の流れに戻って小学校を卒業していく描写もあり、涙と感動。

 それから40代になり、ちょうど刊行されていた後日譚のシリーズ「ズッコケ中年三人組」を追うことになった。
 通常の時間軸の中で人生を送り、私と同じく40代に差し掛かって疲れ気味だった三人組が、あの「魔法の時間」の住人たちと再会し、少しだけ生きる力を取り戻し、現実と折り合いをつけていく様に、静かな共感を覚えた。
 私自身も人並みに心身の衰えを感じ、時に不調に陥り、「中年の危機」的なものも経験していた折、「ズッコケ中年三人組」シリーズとシンクロするように数年かけて付き合えたことは、救いになった。

 もう一つ、書いておかなければならない。
 ちょうど同じ頃、とある地方の児童文学作品公募で、選者の那須先生に拙作を推していただき、受賞に至ったことがあったのだ。
 若い頃から色々創作を続けていたものの、世間的な評価やプライズとは縁遠かった私にとって、それは本当に嬉しい体験だった。
 あの時の自己肯定感の後押しが無ければ、その後の子育ても仕事もどうなっていたか、ちょっと怖い気がするのだ。
 那須先生とは、ついに結局直接お会いする機会はなかったのだけれども、紛れもなく「恩人」だったと思う。

 ズッコケシリーズ、中年ズッコケシリーズを追うことで、少年時代の友達が俺の心の中によみがえってきて、もう一度一緒に遊んでみたくなり、四十過ぎてからまた児童文学の創作を再開したのはそのおかげだった。
 そうして描いてみた作品のいくつかは、以下のブログで公開している。

 放課後達人倶楽部

 那須先生のズッコケ以外の作品は、実はまだあまり読めていない。
 反戦や反核テーマの作品も、遅ればせながら読んでいきたいと思う。
posted by 九郎 at 22:38| Comment(0) | 児童文学 | 更新情報をチェックする

2021年09月08日

コロナワクチン二回目接種

 一週間前にモデルナワクチン二回目接種してきた。
 twitterでの呟きを元に、これまでの流れを覚書にしておきたい。

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 8月21日
「モデルナに心筋炎のリスク2.5倍か 米当局が調査」との報道あり。
 気にしだすととキリがないが、一応チェック。

 8月23日
 来週モデルナ二回目予定なので、そろそろタンパク質とVC摂取を心がける。
 ワクチン副反応への効果は定かでは無いが、健康意識、風邪対策としては一般的であるので。

 また後日「モデルナワクチンの接種部位が赤く腫れるモデルナアームは18人に1人、女性が83%。自衛隊中央病院が公表 」との報道あり。
 アラフィフ男性でモデルナアームになった俺はレアケースか?

 8月26日
「モデルナワクチンに異物混入、同ロットの使用見合わせ」との報道あり。
 もうほんまに、ええ加減にしてくれや。
 続報では「異物は金属片か?」とも。
 流布されたワクチンデマに「ワクチン接種部位が磁力を帯びる」などというものがあったが、笑えなくなる。

  8月27日
 厚労省より「武田/モデルナ社の使用見合わせ対象ロットの #新型コロナワクチン について、使用前に目視で異物が確認されたものは、接種されていません。同一ロットのワクチンであっても、異物が確認されていないものを接種された方に、重大な健康問題を起こすリスクは低いと考えられています」とのアナウンスあり。
 俺の常識では「鉄鍋を使えば鉄分が摂れる」なので、「金属片の混入」というのは非常に不安なのだが、そのような疑問に対する説明は一切無し。

 8月29日
「使用前の検査をしている際に黒やピンクの異物を目視で見つけた」との報道あり。
 なんの異物やねん気色悪い。
 火曜日に二回目打たなあかんのに。
 続報によると「黒」が金属片で「ピンク」がゴム片ということらしいが、なんでそんなもんがあちこちで混入しているのか、確定情報をきっちり出す必要がある。
 
 同日、女子格闘技の選手に関し、「異物混入が確認され接種停止となったワクチンと同ロットのワクチンを打った後に、アナフィラキシー反応のため救急搬送されていたことを、自身のツイッターで明かした。ぱんちゃん璃奈は自身が金属アレルギーと説明している」との報道あり。
 ちゃんと調査をしないことが不安を拡大している。
 繰り返し確認するが、俺はいわゆる「反ワクチン」には与しない。
 詳細かつ迅速な情報開示と、「健康被害の因果関係の証明」を個人に求めない手厚い補償こそが、ワクチン推奨のあるべき姿だという、当たり前の主張をしている。
 国がワクチン接種を推奨するなら、徹底的な究明が必須である。
 意欲が著しく減退することばかりだが、モデルナ二回目に向けて、今できる用足しを済ませておかねば。


 8月31日
 午前十一時、モデルナ二回目接種完了。
 一回目より、ちょっとだけ「チクッ」と感じたが、これはまあ打つ人の腕前か。
 ここ数日のニュースに、正直キモさは否めない。

 接種後二時間経過。
 今の所全くなにも無し。

 三時間半経過。
 じんわり接種左肩に痛みが来始めた。
 その他、発熱等は今のところ無し。

 六時間半経過。
 発熱頭痛倦怠感などは一切無いが、接種左肩の重鈍い痛みがじわじわ増し、首回りが凝ってきた。
 まだ「つらい」というほどではない。

 十時間経過。
 発熱頭痛は無し。
 同じく接種左肩の重鈍い痛みがじわじわ増し。
 首から背中、腰にかけて軽い倦怠感。 
 さすがにそろそろしんどくなってきた。
 背中全面の倦怠感で座っているのがしんどいのだ。
 頭痛発熱がないのが幸いなので、今夜はさっさと寝ましょうかね。

 十一時間半、ふと目が覚めると発熱38度。
 一回目二回目を通じてここまで上がったのは初。
 頭痛は無し。
 バファリンと飲み物スタンバイ。
 ちなみに平熱36度以下なので、発熱には弱い(笑)

 日付変わって9月1日。
 背中がだるく、頭が火照って寝られん。
 イメトレとしては石川賢的に、ワクチンに同化されそうになった俺が、精神力で逆に喰らい尽くす感じ。

 十三時間半、38.7度。
 慣れてきた。
 そろそろ水分摂って寝るか。

 十六時間、37.6度。
 ちょっと下がった。
 背中がだるくて連続では眠れない。

 一夜明けてモデルナ接種二回目から十九時間半、38度。
 熱下がりきらず、細切れでしか眠れていないのでキツい。

 モデルナ接種二回目から二十一時間。
 今日は休みをとっているが、家族の朝の支度があるのでバファリン飲んで一働き。
 よく効いているので、最悪明日までしんどいのが続いていても、なんとか凌げそう。
 朝の一働き完了したので、熱が下がって背中のだるさが消えているうちに二度寝。

 接種二十五時間、再び発熱38.6度。
 耐えられる所まで耐えましょう。
 出る熱は出しといた方がはよ済んでくれると思っているので、よほどしんどくないと薬は飲まないのですが、耐えすぎるのも良くない。
 念のために補足しておくと、変な我慢は絶対に禁物なので、適宜薬も使うべきですよ。
 とくに子供の高熱なんかは、下げないともたないです。
 そして、薬で熱が下がっても「治った」ではないです。

 二十七時間、38.9度。
 なかなか下がらんね。

 二十八時間、腰と背中のだるさに耐えきれず、軽く入浴。
 汗かいてアイス食ったら38.3度。
 38度台でも前半だとだいぶ楽。

 三十時間、37.1度。
 このまま下がってくれるか?

 三十一時間、36.4度。
 熱は一応下がったかな。
 しかし軽い頭痛と背中のだるさは残存していて、まだ本調子ではない。

 三十三時間、38.9度。
 また上がってきた。
 中々すっきりとは行きませんね。。。

 三十五時間、熱は高くなったり低くなったり。
 下がったタイミングでちょっと腹が減ったので、軽く納豆飯食った。
 そろそろバファリン飲んで寝るか。

「米モデルナ社製の新型コロナウイルスワクチンに混入していた異物について、厚生労働省は製造機器の破片でステンレスだったと発表しました」との報道あり。
 普通は製造過程で金属片が混入し、それをチェックできずに出荷するような会社とは契約切るんちゃう?

 二夜明けて9月2日、四十三時間。
 わりと良く眠れ、寝汗をかいたせいか、平熱に戻っている。
 微妙に頭痛と背中のだるさは残っているが、今日の出勤は行けそうだ。

 四十八時間。
 はっきりとした発熱や頭痛等は消えたが、睡眠不足の日のようなパフォーマンスの上がらなさを抱えつつ出勤。
 接種左肩には桃の肌のようなピンクの変色と腫れ。

 五十三時間。
 どうやら接種直後の副反応は収束した模様。
 あとは左肩の腫れ。
 石川賢的イメトレでいうと、俺に逆に飲み込まれたワクチンの顔が、微かに肩に残っている状態。
 ここから最後の悪足掻きのモデルナアームが出るかどうか。


 9月7日
 モデルナ二回目接種から一週間、一回目の時はこのくらいのタイミングで「モデルナアーム」が始まったが、今回その兆候なし。
 どうやら二回目接種の副反応はやり過ごせたようだ。
 一応これで、さらに一週間後には「死なない程度」のコロナに対する防御は手に入れられたことになる。
 ただ、過信は禁物。
posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | 身体との対話 | 更新情報をチェックする

2021年08月18日

コロナワクチン一回目接種

 八月はじめ、比較的近場の大規模接種会場で一回目を受けてきた。
 接種後の様子や考えたことについて、覚書にしておきたい。

 まず、私はいわゆる「反ワクチン」には与しないのだが、史上度重なる公害や薬害、災害時における棄民を見てきたので、日本政府に対する信頼は一切ない。
 今次コロナ禍においても、日本政府が初手でやるべき対応「検査、隔離、補償」をやっているとはいいがたく、「ワクチンが切札」とのみ言いつのりながら、それすら高齢者以外の年齢層に進められず今夏の感染爆発を生んだ現状には不信しかない。

 ワクチンそのものについても、「接種後に高熱が数日続き休業を余儀なくされる」可能性がけっこう高いワクチンというのは、平時なら到底推奨されないであろうし、そのようなかなりキツい副反応に対する補償も全くなされていない。
 しかしながら、今の危機的状況でメリットとデメリットを考慮し、自分の年齢その他も考えあわせ「メリットが上回る」と判断し、「最悪を避ける」意味で接種することにした。
 加えて、予約が取れたのは効果の持続性はやや見込めるものの、副反応が強いとされるモデルナである。
 不安は否めないが、のんびり構えていると更に性能の劣るアストラゼネカをつかまされるので仕方がない。

 当日。
 一回目接種と次回予約完了。
 特に痛くは無く、急変も無し。ここから一両日どうなるか。
 三週間のファイザーと違い、モデルナは二回目四週間空けるそうなので、事前にスケジュールは検討しておいた方が良い。
 三時間経過。
 左肩接種箇所を中心に軽く熱を持って凝ってきて、ちょうど右の五十肩と似た感じに。
 その後徐々に五十肩の右より上がらなくなってきた。
 どうせなら右にすれば良かった?
 そして「こういう日もある」という程度の微妙な倦怠感。
 能率の上がらない睡眠不足の日ぐらいの感覚である。
 発熱は今のところ無し。

 二日目。
 一夜明けて、一回目接種した方の肩の痛みは継続。
 シャツ脱ぐのに気になる程度。
 発熱は無し。
 軽微な方だと思うが、肩が上がらずゴロゴロしときたい感じの倦怠感あり。
 副反応軽めとされる一回目でも、できれば翌日は休みを取った方が無難か。
 働いている世代は「休みがとれない」というハードルも高いだろう。
 だらしない政府はろくにタマも揃えず「打て打て」言うだけでなく、接種後大威張りで休めるよう、ちゃんと補償考えろや。

 三日目。
 ピークを越した肩の痛みのみ残存で、倦怠感は消えた。
 結局、発熱や頭痛は無し。
 月末の二回目も無難にやり過ごせますように。


 四日目。
 肩の痛みもほぼ消えた。
 結局少ししんどかったのは翌日のみ。

 一旦おさまったので月末の二回目に向けて情報収集。
 真偽不明ながら、ワクチン副反応抑制に、接種前一週間ほどタンパク質とVCを摂ることを心がけると良いという情報あり。
 どちらも体に悪いものではないので、記憶に留め置く。

 とんで八日目。
 一回目接種後一週間、いまさらちょっと赤く腫れてきた。
 ごく軽めながら、いわゆる「モデルナアーム」になってしまったわけだが、「そろそろ良いだろう」と思って肩甲骨周りの運動を多少激しくやったせいかもしれない。

 九日目。
 軽症のモデルナアームになってから二日。
 昨日より「少し薄くなり、少し広がった」状態。
 掻くのを我慢できる程度のムズムズ感あり。

 十日目。
 接種部位周辺の赤みとムズムズはまだ残存。
 より薄くより広くフェードアウトしていく感じ。
 ゆっくり広がって消えていく感じが、なんか「遊星からの物体X」の「犬の細胞、疑似犬の細胞」みたいな。
 試しに手持ちのVCを飲みはじめてみる。

 十一日目。
 軽症のモデルナアームになってから四日。
 最初に腫れたあたりはだいたい戻り、今うっすらピンクのドーナツ状。

 十二日目。
 モデルナアーム箇所、薄まりつつもじわじわ拡大。
 もともと地の色が白いせいもあるが、まだそれとわかる変色が続く。
 気になる人はノースリーブの服がしばらく着れないであろう感じ。

 十三日目。
 薄まり広がっていた上腕部の赤み、ようやくほぼ消えた。
 まだ微妙な掻痒感は残っているので、鋼の意志で掻かず擦らずやり過ごす。

 十四日目。
 軽症のモデルナアームになってから七日、上腕部の変色はまだよくよく見ると微妙に残っているが、ひとまず一回目接種の影響は収束か。


 月末の二回目も、接種したらレポートします。
posted by 九郎 at 11:06| Comment(0) | 身体との対話 | 更新情報をチェックする

2021年07月26日

十津川夏合宿1991

 学生時代の1991年、所属していた文芸系サークルの夏合宿で、奈良県十津川村を訪れた。
 当時のメモ書きを元に再現してみよう。

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【霊山へ行こう】
 僕が最初に「熊野」と呼ばれる地域を訪れたのは、ある作家の著書でT山のことを知ったことがきっかけだった。
 その本を読んでから、どうしてもそこに行きたくて、いても立ってもいられなくなった。
 自分はそこに行かねばならない、どうしても行く。
 そんな風に訳もなく気分が定まってしまった。
 当時はまだ、T山がどこに存在するのか知らなかった。
 なにしろ「熊野」という言葉すら知らなかった時期のことである。
 どうやら奈良県吉野のもっとずっと奥にあるらしいということはわかっていたのだが、具体的にどんな交通機関でどんな経路をたどればよいのか、何一つわからなかった。
 90年代初頭は、まだネットが存在しなかった。
 知りたいことは何でも手間をかけて自力で調べなければならない時代だった。
 ちょうど季節は夏、大学で所属していたサークルの夏合宿の時期でもあった。
 僕はT山の存在する奈良県南部、十津川村にある温泉地に、三回生の発言力を行使して、なかば強引に合宿地を決めてしまった。
 当時、とくに有名だった観光地がある訳でもない、地味な山村である。
 他の合宿参加者は「まあ、おまえがそこまで行きたいなら」ということでなんとか同意してくれたが、もしかしたら単に呆れていたのかもしれない。
 T山は知る人ぞ知る霊山である。
 名前を伏せているのは、その山のことを著書に書いた作家に倣っているが、そんなに特殊な秘密の場所というわけでもない。
 奥吉野であり、十津川村の鎮守であり、熊野の奥の院でもあるという情報があれば、けっこう簡単に調べはつく。
 本当に行きたい人、縁のある人だけが行けば良い。
 そういう山なのだ。
 紀伊半島の真ん中あたりには、鉄道が通じていない。
 奈良の五條から和歌山の新宮にかけて、国道168号線が細く通じており、そこを走るバスが唯一の公共交通機関になる。
 T山に到達するためには、五條側からも新宮側からも数時間バスに揺られる必要があり、そこからさらに片道三時間の登山をしなければならない。
 近年は一応山頂近くまで車道が通じ、タクシーで乗り付けることも可能になったが、それでも都市部からのアクセスがきわめて困難であることに変わりはない。
 熊野は今でも、辿り着くだけで多大な時間とエネルギーを必要とする、日本有数の「奥地」なのだ。

【秘密の任務】
 十津川合宿を強硬に主張してみたものの、僕の主要な目的地であるT山のことについては、表だって話していなかった。
 ことさらに秘密にする意図はなかったのだが、「霊山に登ってみたいから」という動機はサークルの合宿地決定理由としてはやや不適当と思えた。
 だから表向きは「温泉地であり、歴史的にも古いところだからけっこう見所はある」ということにしておいた。
 それも、決して嘘偽りではなかった。
 経路としては、JRで大阪〜天王寺〜王子〜五條、奈良交通のバスで五條〜十津川村と辿ることにした。
 関西方面からはこの経路が一番安上がり、かつ早かったのだが、何しろ日本有数の奥地のことであるから、それでも6時間くらいはかかる。
 この五條から熊野本宮へと十津川沿いに南下するルートは、古くは熊野古道十津川路という街道で、都から熊野に向かうための主要なルートの一つだった。

●合宿1日目(1991年7月23日)
 大阪で集合し、奈良県の五條へ。
 山に囲まれた広々とした盆地景観の中、勇躍バスに乗りこむ。
 ほどなく吉野川周辺の市街地を抜け、山合いへとバスは分け入る。
 すぐに山は深く高くなり、人家も消える。
 尾根近い舗装道路をバスは進み、やがて曲がりくねった川沿いの道に入る。
 ゆっくり徐行で走り続けるバスに、座席にもたれる体もゆっくり左右にシェイクされ続ける。
 車に弱い人はほぼ確実に酔うだろう。
 まるでTVアニメ「まんが日本昔ばなし」の背景のような山々の連なりは素晴らしく、一見の価値があるのだが、体質的に無理な人はさっさと寝てしまった方が無難だろう。
 合宿メンバーの何人かも、早々にダウンしていた。
 走り続けること1時間40分、目指すバス停までの3分の2ほどを過ぎたところで、「谷瀬の吊橋」に到着する。
 休憩地点なのでしばらく停車し、「日本一長い吊橋」を体験することができる。

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 すでに十津川沿いの経路になってから長く、河川敷の川原は広大になってきている。
 熊野の自然の雄大さがむっくり起き上がってきた感じがする。
 休憩を終え、さらに1時間ほど走ってようやく十津川村役場前に到着する。
 ひそかに目指すT山は、ここからさらにバスで15分ほど先のバス停から登るのだが、すでに午後だったのでとりあえず宿へ向かう。
 村役場の周辺は「湯泉地温泉」という鄙びた温泉地でもある。
 村役場、温泉、川原のキャンプ場、民俗資料館など、ごくささやかな施設がそろっている。
 時間があったので史跡のある近所の山村にも登り、その意外な美しさに感動。

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●合宿二日目(7月24日)
 いよいよT山を目指す。
「山登りをするけど誰か一緒に行く?」
 そう聞くと、一人が同行することになった。
 早朝宿を起ち、朝一のバスに乗って「折立」というバス停に降り立つ。
 心おどらせながら、ゆるく登り傾斜になった舗装道路を歩きはじめる。
 しばらく歩くと、道路わきに小さな滝と祠が見えた。
 手水場があり、青銅の竜の口から清水が垂れている。
 どうやら滝から引いた水のようだ。
 滝の飛沫が辺りの体感温度を下げ、それまで続いていたアスファルト道路の輻射熱を優しく緩めていた。
 手で水を受けて口に運ぶと、冷たく清冽な味覚にのどが痺れる。
 ここでの水汲みは、以後何度となく繰り返すことになる僕のT山詣での、重要な入峰儀式になった。
 さらに進むと道端に「T山旧参道」というサインが出ているが、「旧」の名に相応しく、草が生い茂ってとてもまともに通れそうになく見える。
 危険を感じてそのまま舗装道路を登ることにしたのだが、この判断は完全に間違っていた。
 旧道はところどころ消えかかりながらも頂上にある神社まで続いていたし、舗装道路はあくまで車用の道で、傾斜は緩やかだが距離がやたらに長かった。
 結果的には灼熱地獄のような道を、旧道の倍ほどの時間をかけて登るはめになった。
 登りで懲りたため、下りは旧道を通ったのだが、あまりの涼しさに驚いたりした。
 どこまで続くのかわからない車道を延々と歩く。
 何度も「もう限界か」という疲労を乗り越えながら、それでも着かない山頂を目指して歩き続ける。
 見晴らしだけは素晴らしいので、自分の体がどんどん高度を上げ、雲の世界に近づいていく様が刻々とわかる。
 たとえば普段都会人が生活している市街では、空の世界は目の前の建物のすぐ上にあるように見える。
 知識として空が限りなく高いことを知ってはいても、実感としてその高さを感じることは少ない。
 ところが山に入ってみると、自分が汗を流して登った分だけの高さを、体感として知ることができる。
 見晴らしの良いところで遠望すると、山や谷や、遠くまでのびる川に囲まれた空間の広さを、実感できる。
 何もない空を見上げるだけでは感じられなかった空間の広さを、自然が視覚的に包み込んで表現してくれるのだ。
 そして、そこまで登ってもまだ届かない、雲や太陽や月の世界の高さもまた、思い知らされることになる。
「この世は広い」
「それよりも空は高く広い」
「しかし、意外と自分の二本の足も、広く高く移動することができる」
 こうした事柄を、映像でも写真でも文字情報でもなく、体で知ることができる。
 体で知ったことは、確実に意識も変容させる。
 チャンネルの切り替わった意識が、「ここは普通の場所ではない」と考える。
 僕の中に中世人のような意識が目覚め、ごく自然に受け止め方がスライドする。
 山頂付近の駐車場に着いた。
 歓喜のうちに一休み。
 大鳥居をくぐり、いよいよ境内へ。
 とたんに空気がシンと冷え、澄みきる。
 ぞくりと胸から腰にかけて震えが走る。
 それまでの植林された杉とは一段も二段もスケールの違う杉の原生林が、参道をとりかこんでいる。
 徐々に巨大化していく杉の群れに、自分の体の方がどんどん小さく縮んでいくような錯覚を覚える。
 原生林の目に沁みるような濃い緑に、真っ赤な幟の列が強烈な対比を生んでいる。
「〇〇大権現」
 真っ赤な登りに純白の文字。
 ぞく
 ぞく
 ぞく……

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 以上、メモ書きで再現できるのはここまで。

●合宿後、心象スケッチとして8ページのマンガ「ずれ」を描き、合宿報告冊子に掲載している。
●この夏合宿後、間をおかず8月に再びT山へ参拝。そして学生時代の再長編作品の執筆を開始している。
posted by 九郎 at 00:08| Comment(0) | 熊野 | 更新情報をチェックする

2021年07月25日

リメイクマンガ「ずれ」

 もう三十年前の学生時代、文芸系サークルの夏合宿で十津川村に行き、合宿報告に載せるためにマンガを描きました。
 間に合わせで一日ぐらいでざっと描いたもので、内容には思い入れがあったものの、ラフネームにむりやりペン入れした感じになってしまい、ずっとリメイクしたいと思っていました。

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 コロナ禍以前の二年前の夏休み、子供らを連れて十津川村を再訪。
 写真を撮りまくってスケッチをしているうちに「今ならリメイクが描けるかも」と感じましたが、その時は果たせず。
 十津川、山村スケッチ その2
 十津川、山村スケッチ その3

 今年に入ってから何故か突然昔から描きたかったマンガが描け出した勢いで、リメイクすることができましたのでご紹介。
 三十年前の十津川村合宿での見聞と見た夢をシャッフルしたリメイクマンガ「ずれ」全8ページ。

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posted by 九郎 at 11:25| Comment(0) | 熊野 | 更新情報をチェックする