2018年05月20日

平井和正初期短編集「悪夢のかたち」

 平井和正は1938(昭和13)年5月13日、神奈川県に生まれた。
 寅年生まれであることを自身の気性の激しさと重ね、あとがき等で冗談めかしてよく書いている。
 家族、とくに母親との折り合いがあまり良くなかったことも何度か文章にしている。
 家族関係の機微について、一方の当事者の言い分だけでは実際のところは分からないが、「作家・平井和正」の創作に関わる心の領域では、それが「真実」であったのだろう。 
 モチーフとしての「母親の不在」は、繰り返し作中で描かれている。

 少年時代から手塚治虫や海野十三に影響を受け、マンガや小説に親しみ、自分でも作品を制作していた。
 中学二年の時には長編小説「消えたX」を大学ノートに書き上げ、同級生の間で人気だったという。
 この作品を祖型として、後に長編「地球樹の女神」が結実していくことになる。
 マンガについては、同年代の少年たちの雑誌投稿作品の完成度にショックを受け、早々に見切りをつけたというエピソードもあるようだ。
 後にその中の一人、石森章太郎とのコンビで、代表作「幻魔大戦」シリーズをスタートさせることになる。

 1958年、中央大学に進学してからはペンクラブに所属し、主にハードボイルド作品を執筆していた。
 当時はレイモンド・チャンドラーや山本周五郎の影響が強かったようだ。
 在学中の61年、「殺人地帯」で第1回空想科学小説コンテスト奨励賞を受賞。
 62年には「レオノーラ」が「SFマガジン」に掲載され、商業誌デビューを遂げている。
 そしてその翌63年には、マンガ「8マン」の原作を担当、アニメ化された「エイトマン」でも脚本を担当し、大ヒットとなる。
 マンガ原作者としてはこれ以上ないほど順調なスタートを切った平井和正だが、志すところはあくまで「SF作家」であった。
 多くの原作仕事に多大なエネルギーを割きながらも、暗い情念の迸るような初期短編を、60年代には書き続けている。
 人間の精神の暗部、破壊衝動をイメージした「虎」というモチーフの頻出するこの時期は「虎の時代」と呼ばれる。
 70年代以降は長編、それも十巻を超えるような大長編中心に執筆するようになり、自分でも「長編型」と言い切る平井和正だったが、数としては少ない初期短編は、いずれも強い印象を残す。

 私が平井作品を読み始めたのは80年代後半、高校生の頃だった。
 当時、書店の文庫コーナーの一画を占領していた「幻魔シリーズ」「ウルフガイシリーズ」を読み尽くし、その勢いのまま短編集に突入した。
 長編同様、どれも本当に面白かったが、中でも好んで読み耽ったのは以下の一冊。


●「悪夢のかたち」(角川文庫)
【収録作品】
「レオノーラ」
「ロボットは泣かない」
「革命のとき」
「虎は目覚める」
「百万の冬百万の夢」
「悪夢のかたち」
「殺人地帯」
「死を蒔く女」
「人狩り」

 著者はじめての作品集「虎は目覚める」に、後に数編を加えて刊行された短編集である。
 主にデビュー前後の時期に執筆された作品ばかりで、初期衝動が濃縮されたような一冊だ。

 人間と機械の交錯、映し出される闇
 人種間の憎悪
 制御不能の呪い、毒念
 破壊衝動と創造性の関係
 歴史改変と多元宇宙
 知らぬ間に自分の心を侵略する異物感覚
 自然の精霊

 今あらためて読み返すと、後の長編でも追及される主要なテーマが、作家としてのキャリアの最初期から全て出揃っているように見える。

 当時の私は、最後に収録されている「人狩り」が一番好きだった。
 90年代に入ってからは、コピーしたものを持って、何度も熊野の山々をさまよい歩いた覚えがある。
 作中の「追われる男」とは立場がまるで違うけれども、厳しく美しい自然の中で、小さな灯を頼りに夜を過ごしていると、闇のどこかに「相棒」がいてくれるような気がしてきたものだ。
 ずっと後に執筆されたウルフガイシリーズ「黄金の少女」編のキンケイド署長にも、同じように感情移入出来て好きだった。

 私は最初に角川文庫で手に入れ、読み込んでボロボロになったので、後にリム出版の「平井和正全集」(中断)のハードカバー版で買い直した。
 現在はどちらもやや入手困難か。
 やっぱり紙の本が似合う一冊だが、電子書籍でもいいので再刊してほしい所だ。


 現在、紙媒体で入手し易い平井和正初期作品集は、以下の一冊になるだろう。
 収録作品のいくつかは「悪夢のかたち」とも重なっている。


●「日本SF傑作選4 平井和正」(ハヤカワ文庫JA)
【収録作品】
第一部
「レオノーラ」
「死を蒔く女」
「虎は目覚める」
「背後の虎」
「次元モンタージュ」
「虎は暗闇より」
「エスパーお蘭」
「悪徳学園」
「星新一の内的宇宙」
「転生」
第二部
「サイボーグ・ブルース」
「デスハンター エピローグ」


 青春期、こうした暗い情念と向き合う作品を必要とする若者は、今も昔も変わらず一定数居るはずだ。



 あの頃の自分の懊悩を遠く愛でながら、「人狩り」から一枚スケッチ。

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posted by 九郎 at 01:00| Comment(0) | 平井和正 | 更新情報をチェックする

2018年05月18日

ナイフみたいにとがっては

 実家の押し入れから発掘されたブツの続報。

 前回記事:天下一のペーパーナイフ

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 刀鍛冶にあこがれていた小学生の頃、近所の鉄工所の屑鉄入れから拾ってきた鉄棒から打ち出した、小さな「刀」である。
 当時は磨き上げていたのだが、長い年月を経て再会してみると、見る影もなく錆びついていた。

 せっかくだから空き時間に錆をとり、ついでに当時は成形していなかった「切先」も削り出してみた。

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 小学生の頃と同様、手持ちのやすりと彫刻刀砥石、耐水ペーパー等で磨き上げていると、また色々記憶がよみがえってきた。

 打ち上げた「刀」を熱心に砥ぎ上げる小学生の私。
 水をくぐらせ、水分をふき取ってから光にかざし、仕上がり具合を確かめつつ、飽きずに延々と砥ぎ続ける。

 刀の反りがけっこうリアルで、思い込みの強い子供の「狂気」を感じる。
 確か当時習っていた剣道で使用する木刀を参考にしていたはずだ。
 磨けば磨くほど怪しく光る刀身に、没入しきっていた。

 遊びの範疇で済んで本当に良かった……


 念のために確認しておくと、ごく小さなもので、切れ味もペーパーナイフ程度。
 コピー用紙一枚分が切れるくらいなので、法令に違反するようなものではないはずだ(笑)

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posted by 九郎 at 21:10| Comment(0) | 原風景 | 更新情報をチェックする

2018年05月10日

天下一のペーパーナイフ

 GWに実家に帰った。
 実家に帰ると、なんだかんだと昔のものが出てくるものだ。
 今回の帰省でも、押し入れという名のマウンテンサイクルから、いくつかの黒歴史が発掘された。
 そのうちの一つをご紹介。
 まずはブツの写真から。

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 うちはごく普通の一般家庭なので、これは別に土蔵から出てきた古刀でも、裏山からの出土品でもない。
 大きさが分かりやすいように、カッターナイフを比較対象に置いてみる。

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 こんな風に、ごく小さいものだ。

 そろそろ正体を明かすと、昔私が作ったものである。
 古いものに接すると、古い記憶が色々蘇ってくる……

 小学校低学年の頃、私は忍者になりたかった。
 当時はまだ忍者マンガやアニメの流行の名残りで、「サスケ」や「カムイ外伝」の再放送が度々あった。
 私の忍者好きは、多分その影響だったはずだ。
 高学年になると、さすがに「今は忍者はいないらしい」と分かってくるので、「やりたいこと」や「なりたいもの」にも、現実とのすり合わせが行われる。
 剣道を習いはじめたのが、ちょうどその頃だった。

 そして同じ頃、「刀鍛冶になりたい」と思っていた。
 これは国語の教科書に載っていた「天下一の鎌」という物語の影響だったはずだ。
 ポケットナイフの「肥後守」が普及していた時代なので、彫刻刀に付属した小さな砥石でそれを研ぐことから、私の「刀鍛冶ごっこ」は始まった。
 ある程度研げるようになると、今度は「刀を打つ」という行為もしてみたくなる。
 さっそく近所の鉄工所の屑鉄入れから、手ごろな鉄板や鉄棒をくすねてくる。
 鉄板を下敷きに、鉄棒を金づちで打って形を整える。

 カツーン、カツーン、カツーン……

 ふう、と汗をぬぐいながら鉄棒を打ち続ける小学生の私。
 火遊びはいけないので、さすがに焼きは入れなかったはずだが、気分は完全に刀匠である。

 形がそれっぽくなったら、例によって砥石で表面を整える。
 今回紹介しているのは、たぶんそうした「刀鍛冶ごっこ」の遺留品の一つだと思う。
 今は見る影もなく錆が浮いているが、あの頃はペーパーナイフ程度には切れていた。
 拾ってきた鉄棒が実際に切れるようになるのが嬉しくて仕方がなかった。

 子供の頃の私が刃物作りにこだわったのは、今思うと母方の祖父の影響もあっただろう。
 このカテゴリ原風景でも度々紹介してきた、大工で木彫りが好きだったおじいちゃんである。
 おじいちゃんは木を加工するだけでなく、そのための彫刻刀まで各種自作してしまう人だったのだ。

 私は小さい頃からよくおじいちゃんの真似をしていたのだ。

 記憶の底4
 奇妙な記憶3
 ヌートリア
 おじいちゃんの弁当箱は
posted by 九郎 at 21:13| Comment(0) | 原風景 | 更新情報をチェックする

2018年05月07日

絵本の哲人 加古里子

 本日、絵本作家・加古里子さんの訃報があった。
 子供のころから大好きで、大人になってからも「再会」し、感動を新たにした人の死は、やはり悲しい。
 加古里子さんについては、今年1月に記事を書いた。
 加筆の上、再掲しておきたい。

(以下、2018年1月8日投稿記事に加筆し、再投稿)

 先日、TVのニュースで絵本作家・加古里子(かこさとし)先生の新刊紹介があった。
 あの「だるまちゃんシリーズ」の最新作が、なんと三冊同時刊行されるという!


●「だるまちゃんとかまどんちゃん」
●「だるまちゃんとはやたちゃん」
●「だるまちゃんとキジムナちゃん」
(いずれも福音館書店)

 私は70年代生まれ。
 かのシリーズについては、当時刊行されていた初期数冊分は大好きで、小さい頃繰り返し読んでいた。
 一般的にはやはり「だるまちゃんとてんぐちゃん」が一番人気だと思う。


●「だるまちゃんとてんぐちゃん」

 もちろん私も大好きだったのだが、個人的には「だるまちゃんとかみなりちゃん」がフェイバリットだ。


●「だるまちゃんとかみなりちゃん」
 だるまちゃんが連れていかれたかみなりの国の描写が素晴らしい。
 パノラマ図で次々と紹介される、「かみなり文明」ともいうべき異世界に圧倒される。
 まずテンポの良い詞書にのせられて次々とページを繰っていく楽しみがあり、一通り読み終わると見開きの細部を隅々まで楽しむことで二度美味しいのだ。
 大人になって読み返すと、「演出」の妙に唸りつつまた楽しめる、一生ものの一冊である。

 幼少の頃、絵本は母親が存分に買い与えてくれて、なかでも加古里子の本は母子ともにお気に入りだった。
 母も父も、寝る前にけっこう読み聞かせをしてくれたので、私と二歳下の弟は共に本好きになった。
 加古里子の絵本から入って読書の楽しみに目覚めた子供は、たぶん膨大な数になるはずだ。
 科学絵本も数多く制作されていたので、小学生になってからも加古里子作品はずっと追っていた。
 さすがに中高生以上になると読まなくなっていたが、十年ほど前にまた絵本に興味が出た。
 ちょうどその頃、拙いながら絵本の文章パートを書く機会があり、その勉強もかねて書店や図書館を渡り歩くようになった。
 絵本コーナーに行ってみると、懐かしい「だるまちゃんシリーズ」や「からすのパンやさん」「どろぼうがっこう」等の作品に、三十年の時を経て、いっぱい続編が制作されていることを知り、驚愕した。
「え! かこ先生って今おいくつ?」
 調べてみると、その頃すでに八十歳を超えておられたのだった。

 子供の頃はただただ絵本に入り込むばかりだったが、大人になって読み返す加古里子作品には、「繰り出される妙技に酔う」という新たな楽しみがあった。
 声に出して読み、ページをめくる。
 見開きの絵と詞書の配列が最適かつ簡潔で、次の見開きが目に飛び込んでくる「間」に唸る。
 絵本としては文字数多めの作品が多いのだが、構成の上手さで無理なく読めてしまう。
 そうした創作技術は、以下の本でかなり詳しく紹介されている。


●「絵本への道」加古里子(福音館書店)
 前半は自伝的な構成になっている。
 それによると先生は若い頃演劇や紙芝居を経験し、働きながら徐々に絵本の世界に入っていったとのこと。
 不特定多数の読者に対する作品を手がける以前に、観客(とくに子供)直接対面する形の表現をやっておられたことが、あの構成の妙を生んだのだなと、あらためて納得できる。
 人形劇、紙芝居、絵本、マンガ、それぞれの表現形式違いが事細かに解説してあり、かなり理詰めで制作しておられるのがよく分かる。
 絵本に限らずビジュアル表現、とくに紙媒体で作品内に「時間の流れ」がある表現形式を志す人にとっては、必携の一冊ではないだろうか。

     *     *     *

 そして今年、九十歳を超えた絵本の哲人・加古里子、新作三冊同時刊行である。
 筆致を拝見する限り、ちょっと視力が落ち、視野が狭くなっておられるのかなという気はした。
 しかしそれは必ずしもマイナスには働いておらず、ふわりと柔らかな絵の雰囲気に、新たな魅力を感じた。
 それぞれの年齢で描ける絵がある、視えない中でも描ける絵があるということは、本当に素晴らしいことだ。

 こと「表現」という分野において、「欠損」は必ずしもマイナスではない。
 足らざることが個性になり、制約は広がりとなりえる。
 死の直前まで現役であり続けた絵本作家に、背筋を正される思いがする。
posted by 九郎 at 21:00| Comment(0) | 児童文学 | 更新情報をチェックする

2018年05月03日

twitter登録

 遅ればせながら、先月4月からtwitter登録しました。
 頻繁に呟く用途ではなく、当面はブログの記事更新告知と連絡用です。

 今のところ一日一回は新記事や過去記事の紹介などを行っておりますので、ブログ読者の皆さんもよろしければのぞいてみてください。

 烏帽子九郎twitter

 現在のアイコン画像は昔制作したキモかわキャラ「らんちう」、ヘッダー画像は先日紹介した「ガジュマルの森」です。

 らんちう
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 ガジュマルの森

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 よろしくお願いします。
posted by 九郎 at 19:57| Comment(0) | 電脳覚書 | 更新情報をチェックする