2016年09月24日

加筆再掲;おもちゃの色、本物の色

 ほとんど就学前から、プラモデルを作ってきた。

 最初にハマったのはイマイの「ロボダッチ」シリーズだったと記憶している。
 当時よくTVコマーシャルで「♪人間だったら友達だけど〜、ロボットだからロボダッチ♪」という歌が流れていて、子供達の購買意欲をそそっていた。


●青島文化教材社 ロボダッチシリーズNo.07 ロボダッチDXセット Vol.2

 上掲の商品はおそらく復刻されたものだと思うが、私の記憶の中の「ロボダッチ」とほぼ一致している。
 このシリーズはアニメ等のキャラクターを玩具で再現したものではなく、プラモデル先行で展開されたもので、コミカライズは後からだったはずだ。
 安い値段のロボット単体のプラモだけでなく、そうしたロボットたちを活動させるための、少し高価な情景モデルまで揃っており、「世界観」を提供する商品展開になっていた。
 各キャラクターの性格付けや物語は、プラモデルの箱の横面や組み立て解説書に断片的に記されているのだが、シリーズを集めて情報が蓄積されてくると、けっこう壮大な作品世界が顕れてくる。
 子供時代の私はプラモデルを集めているのと同時に、実はそうした物語の断片を集めて、より大きな物語が頭の中に出来上がることを喜んでいたはずだ。
 こうした商品の特性は、後のヒット商品「ビックリマン・シール」の、一枚一枚の断片的神話情報をつなぎ合わせると壮大な神話体系が浮かび上がってくる構造にも共通するだろう。
 このあたりの考察は、以下の本に詳しい。


●「物語消費論改」大塚英志(アスキー新書)

 当ブログ「縁日草子」も、様々な神仏の断片的な物語を図像とともに記録して、そこから立ち上ってくる「より大きな物語」を楽しむという点では、子供の頃ハマっていた玩具のシリーズと同じだ。「三つ子の魂百まで」とはこのことか(笑)

 プラモデルを組み立てていると、子供心にはまるで自分が本当にロボットを作っているように感じられた。「組み立て解説書」のことを「設計図」と読び、熱中していた。
 メカものの模型にとっては「まるでホンモノを組み立てているような感覚」は強い訴求力を持っているらしく、最近よくある大人向けの「週刊〜」のシリーズでもよく使われている売り文句だ。
 「ロボダッチ」は、プラモデルの成型色に2〜3色は使われていて、細かな色分けのためのシールもついていたので、解説書通りに組み立てれば、ほぼ箱絵と同じ仕上がりになった。
 魅力的な箱絵と、微妙に違った色や形になることもあり、それが不満でなんとか同じ色に出来ないかと試してみたが、サインペンやクレパス、水彩絵具ではプラモにうまく着色できないことはすぐに学習した。
 「プラモは買ったままの色で満足するしかない」
 そんな風に思っていた時期がけっこう長く続いた。

 子供の頃の私のプラモ制作の技術が上がって、それまで「はめ込み式」一辺倒だったのが、接着剤を使うものも作れるようになってきた。
 今のプラモデルはかなり精巧なものでも「はめ込み式」が主流になってきているが、当時は模型の箱の中に接着剤の包みが付属していた。
 平行四辺形の包みの尖った先端を切って部品に接着剤を塗るのだが、切るときに失敗すると、大量の接着剤がこぼれてしまうという、なんとも使いにくい代物だった。

 接着剤付きプラモで最初にハマったのは「宇宙戦艦ヤマト」のシリーズだった。一番小さいスケールのものが一箱百円だったので、子供のお小遣いでもコレクションしやすかった。



 近年ヤマトはリメイクされて、最新技術のプラモと同時に、70年代のものも再版されている。
 小サイズのものは、さすがに「一箱100円」ではなくなっていた(笑)

 その頃、行きつけのプラモ屋さんの一画で、模型用塗料というものが存在することを知った。
 当時は水性アクリル塗料の出始めた頃で、その種類なら部屋をシンナー臭くせずに使用でき、スポンサーである親の理解も得やすかった。
 一生懸命塗ってもムラだらけ、はみ出しだらけになってしまったが、自分の力で「箱のカッコいい絵と同じ色にできる」という満足感は、何者にもかえがたかった。

 最近、荷物整理をしていてガラモンとともに、ヤマト関連のプラモも発見した。

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 いつ作ったものなのかは憶えていないが、塗装技術から判断すると小学生当時のものではなくて、中学生ぐらいの時に作ったものだろうか。
 箱の全幅15cm、模型の全長10cmの小品ながら、模型そのものの出来が素晴らしいことがわかる。
 一生懸命きれいに塗っているのがほほえましい。
 今だったらもっと「汚す」。

「ロボダッチ」は子供の頃の私の意識の中でも完全に「オモチャ」だった。
 成長とともに私は模型にも「ホンモノっぽさ」を求めるようになっており、その志向と「ヤマト」の模型シリーズはぴたりと一致していたのだ。

 それからほどなく空前の「ガンプラ・ブーム」が始まった。
 様々な関連本が出版され、中でも私が子供心に衝撃を受けたのが模型雑誌ホビージャパンの別冊「HOW TO BUILD GUNDAM」だった。

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 表紙に大写しになったガンダムの色合いを見て、すぐに「ホンモノの色だ」と思った。それまで赤や青や黄色の原色で塗り分けていた自慢のガンダム模型コレクションが、とたんにちゃちな「オモチャの色」に見えてきた。

 この色使いは一体どうやってるんだろう?
 子供の私はプラモ制作を通して、徐々に色の「彩度」という概念の門をくぐろうとしていたのだった。


●「HOW TO BUILD GUNDAM &2復刻版」(ホビージャパン)
 ガンダムの三十周年記念があちこちで盛り上がっていた2009年、この伝説のガンプラ解説本も復刻された。
 今読むと、技術レベルは大したことはない。
 しかし、新しいジャンルが切り開かれつつある「熱」がこの本には充満していて、それは技術を補って余りあるのだ。
 この一冊が、現在の模型、フィギュア文化の原点になったことは間違いない。
 
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2016年09月22日

加筆再掲;プラモデルの思い出

2009年の記事から加筆再掲
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 以前荷物整理をしていたら、むか〜し作ったプラモデルが出てきた。
 日本のTV特撮番組の先駆け「ウルトラQ」の怪獣「ガラモン」だ。

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 全高12cm弱で、固定ポーズ。
 放映当時のレトロ玩具ではなく、80年代になってから発売されたバンダイのThe特撮collectionシリーズなので、造りはリアルな感じだ。

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 最近のプラモデルははめ込み式がほとんどだが、当時のものは自分で丁寧に接着剤を塗って組み上げなければならなかった。ガラモンの上半身一帯を覆う突起物は、一つ一つ全て別パーツ!
 かなりの難行苦行だった覚えがあるが、それでも「ちょっと少な目」な感じがする。今記事を書いていて「プラモ二個買って、刺二倍にしたらちょうどだな」と思いながら作っていたことを思い出した。
 そう言えば発売当時、「箱を開けた瞬間に作る気をなくすプラモ」という噂もあったような……



 定価は数百円だったはずで、私は結構気に入っているのだが、前述のごとくの組みにくさの上、元になった着ぐるみにもあまり似ておらず、評判は悪いようだ。
 プレミア価格で手を出すほどのものではない。


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 最近のフィギュアは塗装済みが主流だが、この頃のプラモはまだ成型色のままで、色は自分で塗らなければならなかった。
 このガラモンは、確かミルクチョコみたいな茶色の成型色一色だった。
 塗装にあたっては、最初に全体をつや消しブラックのスプレーを吹き、乾燥後に少しずつドライブラシで色味を入れていったはずだ。
 ドライブラシというのは、毛を短く切った古い筆に少量の塗料をつけ、半ば乾燥させながらこするように着色していく技法で、小さな凸凹をより大きく見せる効果がある。
 つや消し黒からスタートするのは、いわゆる「黒立ち上げ」と呼ばれる技法と同じ発想だ。
 小サイズの模型でも立体感が強調されてリアルな感じが出しやすいという効果がある。
 今だったら、手足にもう少しだけ色味を加えるだろう。

 前の記事のシン・ゴジラも同じ塗り方の応用だ。
 最深層にオレンジレッドを使っているのだけが違いで、その上からは同じように「黒立ち上げ」っぽく重ねている。

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 私の世代はガンプラブーム直撃なので、こうした技術を普通に子供時代に修得している人がけっこういて、「石を投げればモデラーにあたる」状態だ。
 戦闘民族サイヤ人ならぬ、プラモ民族ガンプラ世代なのだ。
 私などは下級戦士に過ぎないが、今現在模型やフィギュアの商品開発をしている人の中には、おそらく私たちの世代のプラモ・エリート、スーパーサイヤ人みたいな人ががたくさんいるのだろう。
 エリートの皆さんの活躍で、わざわざ工作技術を駆使したり塗ったりしなくても、代金さえ払えば誰でも質の良い模型が手に入るようになった。
 しかし「造る技術」が要らなくなったこの状況では、我々ガンプラ世代のような特殊民族は、二度と生まれないことだろう……
 こんなところも、己の戦闘力の向上にしか関心を持たず、結局滅びてしまったサイヤ人そっくりだ。
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2016年09月20日

「シン・ゴジラ」リペイント3

 以前のイメージスケッチは、映画を観た直後の興奮そのままに、資料無しで一気に描き上げた。
 今回は少しコールダウンして、一応映画の資料も参照しながら進める。
 先月発売されていた雑誌の中に、映画の代表的なシーンや、雛形模型などが掲載されているものがあった。


●フィギュア王 No.222 (ワールドムック 1121)

 全体にブライトレッドのVカラースプレーを吹いたフィギュアに、アクリルガッシュの黒をドライブラシでのせていく。
 やや薄めた少量の黒を、かすれるくらいにしながら筆でこすりつけていくと、凹んだ箇所のレッドはそのままで、凸部分だけに黒が着色されていく。
 ガッシュは乾くと完全なつや消しになる。

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 レッドを強調したいので、映画の資料より意識的に多めに残す。

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 一通り黒がのったら下塗り完了。
 ここまではあまり考えずにとにかく手を動かす。

 ここからはスピードダウンして、黒の上から何段階かのグレーをちまちまとのせていく。
 足元を中心に、土ぼこりが被るであろう下半身には茶色やオリーブ系の色味も重ねていく。
 顔や手足などの先端部には、面相筆で細かな描き込みを入れる。
 模型製作というよりは、ゴジラ型のキャンバスに自分のイメージのゴジラの絵を描いていく感じだ。

 生ョ範義が存命だったら、今回のゴジラをどんな風に描いたか?
 やっぱり体表からちらちら見える「マグマ」を強調したのではないか?
 などなど想像しながら、あちこち塗り続ける。

 そうそう、おれはこういう塗りがやりたかったのだ……

 以上のような着色を施すと、こんな風になった。

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 最近の模型誌の作例は、怪獣モノでももっと緻密な仕上げが主流だ。
 私がよくプラモを作っていた80年代は、怪獣と言えばこんな感じのラフな塗りが多かったので、当時を知る人には懐かしく感じてもらえるかもしれない。

 ここから気が向いたときに、またちまちまと塗り重ねていくのが楽しいのだが、今回の「シン・ゴジラ」リペイント、一旦はこれで完成。
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2016年09月19日

「シン・ゴジラ」リペイント2

まずはフィギュアの現況確認。

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 高さ16センチほどで、正面から見る細身だが、長大な尻尾が再現されているので、側面から見るとかなりボリュームがある。
 前回の記事でも述べた通り、形状自体は素晴らしい。
 劇中のあのゴジラそのものだ。
 にもかかわらず、このフィギュアの第一印象は「おもちゃっぽい」だ。
 正真正銘のソフビおもちゃに対して「おもちゃっぽい」などと文句をつけるのは言いがかりも甚だしいのだが、形状の素晴らしさに対して、「色」でかなり損をしていると思う。
 成型色は黒に近いグレーで、胸周辺や尻尾の先端に少々オレンジレッドでスミ入れがしてあり、顔や背びれ、手足に必要最小限の彩色がしてある。
 値段から考えると仕方がないとは言え、この手彩色が少なすぎるのだ。
 オレンジレッドのスミ入れを増やすだけでも劇中のイメージに大幅に近づきそうなので、製品+αの簡単仕上げならそれでも十分だろう。

 私の場合は、黒っぽい成型色のソフビのツヤが、どう見てもソフビにしか見えない半端な光沢なのが気になって仕方がない。
 フィギュアに手を出したそもそもの動機が「このシン・ゴジラを心行くまで塗ってみたい」というものだったので、やはりここは全面塗り替えを敢行することにする。
 腕や股関節のパーツのつなぎ目も少し気になる。
 プラモならエポキシパテ等で埋めただろうけれども、ブランクが長いのでソフビの扱いがよくわからない。
 あまりこだわりすぎても完成しなくなるので、今回は塗装のみでどこまでできるかに限定する。
 塗装後、下手に可動させて剥げないよう、手足や尻尾のパーツ接合部分は瞬間接着剤で固定ポーズにする。

 リペイントにあたって注意が必要なのは、ソフビ素材に通常のプラモ用塗料は使えないことだ。
 塗料の種類によっては「いつまでたっても乾かないベタベタした物体」になり果ててしまうそうだ。
 今回は、最初にソフビ専用塗料「Vカラー」のブライトレッドを、缶スプレータイプのもので全体に吹き付けてみた。

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 買ったままの状態だと黒っぽい成型色が災いしてモールドが浅く感じられていたのだが、こうしてみるとあらためて形状の良さがわかってくる。

 Vカラーの塗膜の上からは、通常のプラモ用塗料も使えるようだ。
 私は最近、模型を塗るのに絵画用のアクリルガッシュを使うのがお気に入りだ。
 ここからは、ガッシュのドライブラシ塗装に入る。

 基本イメージは「映画の忠実な再現」というよりは、以前の記事で掲載したスケッチの雰囲気を元にする。
 今回の映画で印象的だった「抑えきれないマグマ」のような質感を強調した塗りにしたいのだ。

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(つづく)
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2016年09月18日

「シン・ゴジラ」リペイント1

 絵描きなりの模型製作手順として、まずは感情移入。

 今回のゴジラは、段階的に形態変化をする。
 初登場のシーンでは海上、海中で動き回る巨大な「尻尾」だけだった。
 作品内の設定では、この段階はまだ全く正体不明である。
 尻尾であることはもちろん、巨大生物であるかどうかすら確定していない。
 イメージ的には、クラーケンやリバイアサンなど伝説上の怪物や、ネッシーなどのUMA目撃情報程度の描き方で、もちろん演出上、そのように作ってあるのだろう。
 ここまでが「第一形態」にあたる。

 次に、初上陸したときの「第二形態」が登場する。
 画面の中ではじめて巨大生物の全体像が現れるのだが、ここで一旦「肩透かし」がある。
 この形態では直立することができず、芋虫のようにもがきながら蠕動する姿なのだ。
 これはおそらく、打ち上げられたラブカやリュウグウノツカイなどの深海生物の姿がイメージソースになっているのではないだろうか。
 私たちの中の「ゴジラ」のイメージとは程遠い、巨大ではあるけれども、哀れで、滑稽ですらある姿である。
 第一形態の時にあった「正体不明の不気味さ」は消し飛び、「デカいことはデカいけど、これだったら何とかなるんじゃないか?」という、ある種の侮りが、作中の登場人物や、映画の観客の中に芽生える。
 この形態は、ソフトビニールフィギュアで発売されている。




 続いて第三形態である。
 第二形態の「打ち上げられてもがき苦しむ巨大深海生物」が、突如後ろ足で直立する。
「ウゲ! 進化するんかい!」
 という驚きが、作中登場人物と観客の中に不安の種を植え付ける。
 この形態のまま、巨大生物は多大な被害を残しながらも海へ帰り、一旦は事態が収束する。
 巨大生物は姿を消したものの、「どうやら進化するらしい」という不安の種は、作中登場人物と観客の中で育ち続ける。
 この形態もソフビフィギュアで発売されている。



 
 そしてしばらくの「溜め」の後、ついに登場したのが今回の「シン・ゴジラ」の形態だ。
 のどかな海辺の風景の中を、静かな悪夢のように、それはそそり立っている。
 私たちの持つ「ゴジラ」のイメージを、さらに恐ろしく凶悪にパワーアップした姿である。
 この形態で都市部を動き回られるだけでも十分に絶望的なのだが、作中ではさらにもう一段奥の「真の絶望」が用意されているところが凄まじい。
 私が一番感情移入できるのは、最後の「力の解放の姿」ではなく、それ以前の「マグマのような破壊の力を溜め込んだ姿」だ。
 フィギュアの塗り直しも、その段階のイメージを元に進める。
 
 候補として挙げられるソフビフィギュアは以下の二つ。


●ムービーモンスターシリーズ ゴジラ2016(バンダイ)
 手ごろなサイズ、値段で、映画の3Dデータも使用しているであろう形状は完璧。
 ただ、手彩色の箇所が少ないので「完成品」としての満足感は少し足りないかもしれない。
 amazonでは何故か高めの値段が付いているが、今なら量販店等で2000円程度の定価で購入可能だろう。
 自分で彩色するための素材としては、コスパが高い。
 彩色には多少個体差があるので、完成品としてならネット購入より店頭で納得するものを選んだ方がいい。


●ゴジラ 怪獣王シリーズ ゴジラ2016(バンダイ)
 やや尻尾が短く感じられるが、かなり大きく迫力があるので、さほど気にならない。
 自分で彩色せず「完成品」として買うなら、このモデルが満足感があると思う。
 こちらもamazonでは高めの値段になっているが、4000円程度が定価のようだ。


 あくまで「自分で塗る」ことが目的の私は、もちろん2000円の方を購入。
 80〜90年代であれば1000円程度のプラモで出ていたと思うのだが、残念ながら今は2010年代。
 自分で造って塗る模型の時代はとうに過ぎ、やや高めの彩色済み完成品フィギュアをコレクションする時代だ。
(つづく)
posted by 九郎 at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする