2017年08月21日

90年代熊野へんろ1

 街から離れ、お山へ行きたい

 遍路へいこう
 遍路へ行こう

 お山へ行けば、きっとなんとかなる

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 高野山で金剛杖
 目指すお山は雲の彼方
 先は長いが足取り軽く

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 お大師さまと同行二人

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 いくつもの山を越え

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 ただ歩く
   歩く
   歩く

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 今日のねぐらはこの川原

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 水がきれいだ

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 そして静かだ

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 焚火でごはん
 もうねむろう

(続く)
posted by 九郎 at 19:32| Comment(0) | 熊野 | 更新情報をチェックする

2017年08月20日

熊野、90年代のアルバム

 90年代、ふとしたきっかけから熊野を遍路するようになったことは、何度か記事にしてきた。

 へんろみち

 当時、まだフィルムだったカメラや、流行りだった「写ルンです」を手に、熊野の山野、海、川を、毎年のようにさまよった。
 素人写真ながらかなりの分量がたまったので、2000年代の初め頃、お気に入りの写真を集め、アルバムを作った。
 部屋の整理をしていたらそのアルバムが出てきた。
 せっかくの機会なので収録された昔のアナログ写真をスキャンデータ化し、ブログでアルバムを再現しておこうと思う。

 名所旧跡の写真はあまりなく、遍路の途中の何気ないシーンを切り取ったものが多い。
 撮影年がバラバラの写真を、高野山〜十津川村〜熊野本宮〜那智〜新宮の順に、簡単な言葉を添え、イメージで並べてある。
 観光パンフレットで紹介されるのとはまた違う、二十年前の熊野の一面を紹介できると思う。

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 それでは次回更新から、「90年代熊野遍路アルバム」はじまり、はじまり。
posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | 熊野 | 更新情報をチェックする

2017年08月19日

「終末後」のサブカル5

 ここまで、70年代に描かれた幾多の「終末の物語」の後を受け、80年代ブームになった「終末後」のサブカルチャー作品について、私自身の当時の記憶と体感を元に書いてきた。
 そんな流れの中、愚直に「終末」テーマを追求し続ける作家もいた。
 週刊少年マンガ誌における同テーマの嚆矢となった「幻魔大戦」の原作者、平井和正である。
 元々はSF作家としてデビューした平井和正は、60年代の「エイトマン」のヒット以来、まずマンガ原作者として地歩を築いた。
 石森章太郎とのコンビで執筆された「幻魔大戦」は、年代的に「エイトマン」終了後の次なる意欲作にあたっていたのではないだろうか。

●マンガ「幻魔大戦」平井和正/石森章太郎
 67年、週刊少年マガジン連載。

 宇宙規模の破壊者である「幻魔」と、地球の超能力集団の戦いを描いたこの作品は、そもそもその設定から「勝てるわけがない」物語であった。
 少年マンガの敵役は、通常は味方側の成長と共に、競うように強さを増していくものだ。
 物語にドライブがかかると「強さのインフレ」」と呼ばれる現象が起こり、結果的に「宇宙大の悪」と戦う羽目になってしまったりもするが、それはあくまで順を追った結果のことだ。
 たとえば「ドラゴンボール」で、連載開始当初の幼い悟空の前に、いきなりセルや魔人ブウが現れたらどうなるだろうか?
 いくらサイヤ人の子供でも、勝てるわけがないのである。
 本作「幻魔大戦」の設定は、今読み返すとそのくらいのレベルでメチャクチャなのだ。
 そんな圧倒的な戦況の中、主人公・東丈をはじめとする地球の超能力者集団は、内部抗争を繰り返しながらも成長し、幻魔の地球方面司令官シグを引っ張り出すまでに健闘する。
 シグによって月が落下してくる「終末イメージ」の中で、マンガ版はいったん終了する。
 はっきり地球が滅びた描写はないものの、他の解釈があり得ないほど彼我の戦力差は歴然としており、続いて執筆された「新幻魔大戦」では、一旦物語は仕切り直されている。

●マンガ「新幻魔大戦」平井和正/石森章太郎
 71〜74年、SFマガジン連載。

 そもそも勝てるわけがない強大過ぎる敵の設定は、「幻魔宇宙」のビッグバンを起こす起爆剤になった。
 一つの世界で勝てないなら、歴史改変によって無限のパラレルワールドを分岐させ、勝つまで戦ってしまえばいい。
 そんな発想のもとに描かれた新作は、物語を一旦大幅に巻き戻した。
 幻魔により一瞬で滅ぼされた世界の一人の少女が、時間跳躍能力により「勝てる地球」を作ろうとする壮大なスケールの作品に成長したのだ。
 ここでは最初の「幻魔大戦」の物語は、幻魔に勝利するために試作されたパラレルワールドの一つに組み込まれることになる。

 70年代の「ウルフガイシリーズ」のヒットでSF作家として成功した平井和正は、徐々に漫画原作には距離を置くようになる。
 原典になった70年代前後の二作以降、「幻魔大戦」は、平井和正の小説版、石森章太郎のマンガ版がそれぞれ別に展開されることになる。
 石森マンガ版は1979年〜1981年、雑誌「リュウ」に連載された。

 平井小説版「幻魔大戦」シリーズは、70年代末から80年代にかけて、以下のように続々と刊行されていった。
 
●小説「新幻魔大戦」
 78年、71〜74年マンガ版の原作を、小説作品として刊行。

●小説「真幻魔大戦」
 79〜84年、SFアドベンチャー。
 前述「新〜」の流れを引き継ぎ、67年マンガ版で滅びた地球が歴史改変され、79年時点、29歳の青年作家・東丈が真の救世主として覚醒するストーリーとして書き起こされた「はずである」。
 舞台は79年にとどまらず、日本の上代、超未来、超過去、宇宙の果てまで含めて壮大に展開され、様々な時空で同時多発的に勃発する「幻魔大戦」の真相が示されていったが、東丈自身は中盤で謎の失踪。
 その後も作品自体は長く続いたが、やや唐突に中断。

●小説「幻魔大戦」
 79〜83年、野生時代。
 当初は角川劇場版アニメ第一作の原作、67年マンガ版のノベライズとして書き起こされた。
 文庫四巻目からは独自展開に移行し、17歳の少年・東丈は地球最強の超能力戦士としてではなく、言葉によって人類の覚醒を促すカリスマの相を現し始める。
 宇宙規模の破壊エネルギーを退けるのに、いくら強力でも個人の超能力では無理がある。
 人類全体の「光」のエネルギーを結集する方向へ戦術はシフトされたのだ。
 しつこく「ドラゴンボール」でたとえるなら、個人のパワー頼みのスーパーサイヤ人やかめはめ波ではなく、「元気玉」作戦に切り替えたともいえる。
 しかし物語中盤で丈は謎の失踪を遂げ、以後は取り残された「弟子」たちの混迷が描かれる。

●劇場版アニメ「幻魔大戦」
 83年公開。キャラクターデザインは大友克洋。
 基本的には67年マンガ版をベースに、ラストは東丈の戦士としての覚醒、サイボーグ戦士ベガの犠牲により、幻魔は退けられるハッピーエンドに改変されている。
 原作にクレジットされているものの、平井和正自身はアニメに関与していない。

●小説「ハルマゲドン」(角川「野生時代」版の続編)
 84年頃執筆、87年刊行。
 東丈の失踪した67年時点の世界、割拠するカリスマとその教団の動向を描くが、三巻分で中断。

●シナリオノベル「ハルマゲドンの少女」(83〜84年)
 丈の姉・三千子がキーマンとなって、シリーズで描かれた様々な世界を緯糸で繋ぐ構成になっている。
 開始当初はシナリオ形式だったが、じわじわと小説形式に変化し、「幻魔大戦シリーズ」の80年代における最終章にまで成長した特異な作品である。
 ラスト近くでどのシリーズでも失踪していた東丈が再登場し、カリスマ的な救世主の在り方に否定的なイメージを暗示する。

●「あとがき小説ビューティフルドリーマー」
 85年、著者としては珍しい評論「高橋留美子の優しい世界」の、後半分を占める「あとがき」として執筆された。
 虚実錯綜する私小説のような作品で、「幻魔大戦シリーズ」全体のあとがきとも読める。
 平井和正は節目節目にこうした虚実の狭間の物語を挟みながら、作家としての相を変化させていく傾向がある。

 数ある平井作品の中でも「幻魔大戦シリーズ」、とくに角川小説版は毀誉褒貶が激しい。
 派手な超能力アクション小説が突然、カルト教団の動向を描く展開にシフトしたのだから、これは仕方がない。
 著者が一時期、あるカリスマに傾倒していたことは知られていたので、「宗教にかぶれた変節作家」というレッテルも貼られがちだった。
 しかし事実関係を確認すると、平井和正は「教団」に入信したことは一度もなく、数か月間「あるカリスマ」と対話を続け、ゴーストライターをつとめた後、「決別」したということだ。
 80年代にハイペースで幻魔大戦シリーズを執筆していた時期は「決別後」にあたり、むしろカリスマ的指導者やカルト教団の危険性を警告する内容になっている。
 先に紹介した「あとがき小説ビューティフルドリーマー」は、「あるカリスマ」の強い魅力と共に、魔的な部分も記述された「決別の書」という一面もあるのだ。

 たかが小説、たかがサブカルチャーとは言え、平井和正という不世出のSF作家が、自身の経験も踏まえながら、文字通り命を削るペースで「終末」と取り組んだのが「幻魔大戦」である。
 当初は「真の救世主」を、リアルに、まともに描くことを企図していたようだが、ベストセラー小説の中で「それ」をやってしまうことの危険に、途中で気付いてしまったのかもしれない。
 大衆が強いカリスマ、強いヒーロー、救世主を求める心理自体が、独裁者や偽救世主を呼び寄せ、ハルマゲドンを誘発する。
 そうした「終末感」は、危機的な世相を根っこに持ちながら、サブカルチャーによって強く増幅される。
 平井和正は作家的な潜在意識を「言霊」と表現するが、少なくとも幻魔大戦の言霊は、物語を「救世主ストーリー」として描くことにブレーキをかけた。

「それを求める者は滅ぶ」

 そんな暗示を残して80年代の幻魔大戦は終結し、まるで作中のカルト教団が現実化したような事件の勃発する90年代へと、日本は突入していったのだった。

 最初のマンガ版が執筆されてからちょうど50年にあたる現在、「禁断の」角川小説版は、kindle合本で刊行されている。



(「終末後」のサブカルの章、了)
posted by 九郎 at 01:10| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

子どもだけの町 TIMPETILL

 たまに理屈抜きで楽しめる児童文学作品が読みたくなる。
 タイミングよく竹熊健太郎さんがtwitterで紹介していた本が目にとまり、さっそく図書館で借りてきた。
 おりしも夏休み。
 課題図書を読んでいるみたいな懐かしい気分を味わいつつ、読んだ。


●「子どもだけの町」ヘンリー・ウィンターフェルト作/大塚勇三 訳(フェリシモ出版)
 1937年、スイス。
 日本では1969年、学習研究社から刊行。
 現在は2004年刊行されたこの本が探しやすいだろう。(今現在amazonでは古書価格が高めになっているので、図書館で探すのが良いかもしれない) 
 ある小さな町で、子どもの集団的なイタズラに業を煮やした大人たちが、懲らしめるために一斉に姿を消した。
 町に取り残された子どもたちの混乱、無法、秩序の再生の三日間を描く作品。

 少年少女の集団が大人の保護から外れ、独力でサバイバルを試みる作品は、古来数多く描かれてきた。
 私も「蠅の王」「芽むしり仔撃ち」等は好きで読んでいたが、本作は初めて。
 子どもたちの置かれた環境が「未開の地」ではなく、ある程度近代的インフラの整った「町丸ごと」である点が面白く、二つの少年集団同士の抗争でもそのインフラを使いこなした方が勝利する展開がリアルだと感じた。
 20世紀前半の田舎町という時代設定が絶妙で、技術水準がぎりぎり「気の利いた子どもならなんとかなる」程度であるところが、物語のキモになっている。
 これが完全に現代になってしまうと、発電設備や交通機関を子どもが扱うのは、難易度も危険度も高すぎるだろう。
 もしアニメ化やマンガ化する場合も、時代や地域の設定は変えるべきではない。
 古い作品だが、時代や国の違いが認識できる小学校高学年以上なら、今でも十分に楽しめる名作だと感じた。
 もちろん大人が読んでも面白い。

 そろそろ終盤に入った夏休み、読書感想文のネタに困っているなら、お勧めの一冊。
posted by 九郎 at 21:59| Comment(0) | 児童文学 | 更新情報をチェックする

2017年08月16日

「終末後」のサブカル4

 70年代前後の雑誌連載マンガは質的に一つのピークをむかえており、後の作品に多大な影響を及ぼしたものは数多い。
 終末ブームの世相も背景にしながら、この時期の作品には幾多の「世界滅亡」が描かれ、主人公の死や破滅が描かれる作品が多数あったことについて、以前一度記事にした。

 青年はサブカルチャーに一度死ぬ

 記事中では一旦破滅や死を迎えた物語が、直接的、間接的に続く作品の中で「再生」が描かれる例として、「幻魔大戦」に対する「新幻魔大戦」、「デビルマン」に対する「バイオレンスジャック」、「あしたのジョー」に対する「おれは鉄兵」、「カムイ伝」に対する「外伝」「第二部」を紹介した。

 同時代にカタストロフ後の再生が描かれたケースには、「はだしのゲン」も含まれるかもしれない。

●「はだしのゲン」中沢啓治
72年、原形となった自伝的短編「おれは見た」週刊少年ジャンプ掲載。(作者33歳)
73〜74年、週刊少年ジャンプ(作者34歳〜35歳)
75〜76年、市民(作者36〜37歳)
77〜80年、文化評論(作者38〜41歳)
82〜85年、教育評論(作者43〜46歳)

 70年代は、マンガを含めた日本の戦後サブカルチャーの「青年期」にあたっていたのかもしれない。
 その時代には、読者側の年齢層からも、「青年の完全燃焼の死」の物語が求められる傾向があった。
 そこから80年代に入るとサブカルチャーのテーマや表現も成熟に向かい、混沌の中で強くサバイバルする「終末後」が、盛んに描かれるようになっていった。

 70年代から80年代ごろにかけては、書店の本の回転は今よりずっと緩やかだった。
 出版点数自体が少なかったので、最寄りの駅前にある「街の本屋さん」(これ自体が今はもう少なくなってしまった)に行けば、マンガや小説のヒット作は5〜10年前のものでもけっこう揃っていた。
 エンタメ文庫の隣にはがっちり岩波文庫も並んでいて、古典の世界への扉も用意されていた。
 出版点数が増え、書店の本の回転が速くなって、現在の感覚に近くなったのは、90年代以降だったと記憶している。

 私が「親に買ってもらった本を読む」という段階を脱し、自分で作品を探し始めたのが80年代に入ってからだったが、「あしたのジョー」も「デビルマン」も、まだ書店の本棚で現役作品だった。
 藤子不二雄でSF的な幼児の頃からSFセンスが磨かれ、「天才バカボン」から「がきデカ」、それ以降へ続くギャグマンガの進化もトレースすることができた。
 かなり長いマンガでもせいぜい十巻程度、二十巻を超えることはあまりなかったので、並べて置きやすかったという事情もあるだろう。
 週刊連載マンガの人気作品が数十巻のレベルに長編化するのは90年代以降のことで、80年代のとくに前半は、過去の人気作品と現在進行中の作品は書店の本棚で同居していたのだ。
 当時はまだマンガ本にビニールはかかっておらず、子供の立ち読みに寛容な時代だったので、様々な作品に親しむことができた。
 立ち読みだけで済まされる本も多かっただろうけれども、結果的にはマンガ好き、本好きな子が増えた。
 幼いころからメディアミックスで育った世代は、マンガやアニメのノベライズ作品で小説の面白さに目覚めるケースも多かった。
 TV番組の再放送や、映画のTV放映も頻繁にあったので、有名どころの作品はみんな一度は観ていた。
 そのような環境にあったので、80年代の少年の中にはかなりの「目利き」が育っていた。
 私が中高生の頃の友人の中にもそんな目利きが一人いて、間口の広い週刊少年マンガ誌の作品世界から一歩進み、大友克洋や平井和正等のコアなSFへと興味を開いてくれたのである。
(続く)
posted by 九郎 at 14:39| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする