2006年06月24日

ときに立ち止まる

 ブログ開設から約半年、これまでに様々な神仏について描き、カタってきた。昔の仏師のように「一刀三拝」とまでは行かないが、私なりの誠をもって取り組んできた。しょせん「神仏与太話・神仏萌え日記」とは言え、「真面目に遊んで」きたつもりだ。
 神仏を冒涜するような意図は全く無いが、それでも特殊な神仏を絵に描いてネットで公開する時には緊張感が走る。私は専門家ではないので、資料は全て市販の書籍等を参照している。だからそれを元に描いた絵を公開しても問題無いとは思うのだが、各宗派で秘仏扱いになっている神仏については「続きを読む」をクリックしないと表示されないように、一応配慮したりもする。

 昨日の記事で天狗のことを書いた。天狗は様々な能力を持つけれども、六道輪廻から外れた救われない存在。菩提心を忘れ、知識や力だけにおぼれた仏教僧が堕ち行く魔境…
 あぶないあぶない。
 菩提心と呼べるようなものがあるのかどうか分からない、ただただ神仏にまつわる面白い図像や物語を追い求める私のような者は、知らぬ間に天狗道へまっしぐらだったりして…

 私の家は浄土真宗で、真宗でよく読まれる「領解文(りょうげもん)」にはこんな一節がある。
 もろもろの雑行雑修自力のこころをふりすてて、一心に阿弥陀如来、われらが今度の一大事の後生、御たすけそうらえとたのみもうしてそうろう。たのむ一念のとき、往生一定御たすけ治定と存じ、このうえの称名は、御恩報謝と存じよろこびもうしそうろう。(以下略)
 
 色々知りたいとか、絵に描きたいとか、面白がりたいとか、面白がらせたいとか言う欲望は、考えてみれば「もろもろの雑行雑修自力のこころ」そのものではないかとも思えるわけで、どうやら私の後生はろくなものではなさそうだ(苦笑)

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posted by 九郎 at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする