2006年11月16日

極楽往生源大夫5

「悪人よ、お前がこれまで殺生を重ねてきたのは、それだけの宿業あってのことであろう。お前に切られた者たちも、前世や生い立ちの中にそのような因縁あってのことで、それはお前ただ一人だけの罪ではない。仏法は、そうした無明を解き明かす教えである。救われるためには、苦しみの中にある人間がまことの心で学び、信ずることが必要なのだ」
「ほう、仏は我のように数え切れぬほど殺生を重ねた者でも罰することなく、まことの心で学び信じるならば救うと申すか」
「その通り。昔、お釈迦様はこのように説かれた。これより西、多くの世界を過ぎた良き所に仏がおわす。阿弥陀仏という仏なり。弥陀の慈悲は深く限りなく、多くの罪を重ねたものでも、一度過ちに気付いて御名をお呼びすれば必ず救い、極楽浄土に生まれ変わらせて、ついには仏になれる、このように経文には伝えられている」

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「我は幼少の頃より心猛くして、人を殺し、禽獣を狩ってきた。あまり殺生を重ねすぎて、もはや少しも心は痛まぬ。今ここにいる女子供であっても、ためらいなく何人でも切れるであろう」
 源大夫は突然、腰のものを引き抜き、周囲をじろりと睨みまわし、言葉を続けた。
「とっくに鬼畜に成り果てて、いまさら元には戻れぬが、その阿弥陀とやらは、我のような者でも憎まぬと申すか」
「然り。決して憎まぬと伝えられている」
「ならば、阿弥陀は我が呼んでも答えるか」
「まことの心を尽くしてお呼びするならば、どうして答えぬことがあろうか」
 僧が言い終わらぬうちに、源大夫は刀の切っ先を翻してその首元に突きつけた。
「くだらぬ子供騙しの説法なり。ならば今ここで貴様を切り捨てても、阿弥陀を信ずる貴様は極楽とやらに生まれ変われると申すか。貴様は本気でそのような空言を信じておるのか、正直に申してみよ」
 恐怖に堪え切れなくなった観衆の中から、悲鳴が上がり始める。
      (続く)
posted by 九郎 at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 中世物語 | 更新情報をチェックする