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2006年11月17日

極楽往生源大夫6

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「お前は私に、阿弥陀仏を心から信ずるか、と問うのだな」
 僧は喉元の切っ先を苦しげに見つめながら言った。
「悪人よ、私はさきに、どのような問いにも嘘偽りなく答えると誓った。その誓いを守り、まことの心を今告げよう。実を申せば、私はお釈迦様の説く教えも、阿弥陀仏のことも、心の底から信じきることはできずにいるのだ」
「なんと、貴様はこれまでしたり顔で説法しながら、自分では信じておらぬと申すか」
 源大夫は「意外なことを聞く」という風に僧に向き直った。
「その通りだ。教えを求めて仏門に入り、長年経文を学んできたものの、私の不信の心が晴れることは一時もなかった。学べば学ぶほどに、疑いの心の尽きることはなく、阿弥陀も浄土も輪廻も因果も、私には実感をもって信じることなどできなかった」
 僧は堰を切ったように言葉を続けた。
「信じきれぬままに学び、仏弟子として生きていくことなど、もはや私には耐えられぬ。私の答えが気に入らぬならば、たった今、この場で切り捨てるがよい」
「貴様は最初から死ぬつもりで説法しておったのだな」
 源大夫は考え深げに言った。僧の喉元に突きつけていた切っ先は、いつしか下ろされていた。
「面白い。貴様の言葉に嘘偽りのないことはよくわかった。ならば今しばらく問うてみよう。貴様はただ学んだままのことを答えるがよい。その阿弥陀とか申す仏は、どのような者を良しとするのだ」
「仏は、人間が自分の子と他人の子を比べるようなことはなさらぬそうだ。どのような者でも憎まれることはないが、人間側の心にまことがなければならぬ。真実、仏を尊ぶならば、仏弟子になるのが良いとされている」
「仏弟子とは何か」
「男も女も本来誰もが仏弟子だが、普通は私のように頭を丸めた者を言う。しかしそれは形の上でのこと。私の如く僧形をとりながら仏を信じきれぬ者もいる。全ては心次第であろう」
「貴様は己が信じきることができぬゆえそのように申すが、形から入ることで信じるようになる者もおるであろう」
 源大夫はしばし黙考した後、意を決したように言った。
「よし、では今すぐ我の頭を剃れ」
     (続く)
posted by 九郎 at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 中世物語 | 更新情報をチェックする