「悪人よ、大変結構なことだが、今直ちには剃れぬ。決意が本物ならば、一度館に帰って一族郎党ともよく相談し、万事始末してからにせよ」
「貴様はつい今しがた、仏はまことの心を聞かれると申し、仏弟子になるのが良いと申したばかりではないか」
源大夫はニヤリと笑いながら続けた。
「貴様自身は信じておらぬにしても、仏法ではそのように教えているのであろう。己が信じられぬからと言って、我が仏弟子になるのを邪魔せずとも良かろう」
突然、源大夫は手にした刀でばっさりと自分の髪を切り捨てた。
あっけにとられた僧には言葉も出ない。一体何事かと、太刀を抜き、矢をつがえて駆け寄ってくる郎党どもを、源大夫が一喝する。
「おのれらは、せっかく我が良き身になろうとするのを妨げるか。もはやおのれらには何の用もない。どこへなりと去って、新たな主を探すがよい」
主人の豹変に、郎党たちは驚き悲しんだ。何か悪いものでも取り憑いたのではないかと、口々に疑問を述べた。
混乱の中、源大夫は湯を用意させて自ら頭を洗い、僧に命じた。
「さっさと剃れ。剃らねばためにならんぞ」
荒い言葉の一方で、源大夫の表情には思い詰めた真剣さがあった。それを見た僧は、これは自分ごときが諌めるべき相手ではないと感じた。郎党どもの見守る中、言われるままに、ゆっくり丁寧に悪人の頭を剃った。

(続く)