
木の股によりかかる源大夫に僧は歩み寄った。声をかけると、源大夫は子供のように喜んだ。
「おお、これは我がお師匠様ではございませぬか」
息を吹き返したように、しっかりとした声音だった。
「我はこの岸壁にたどり着き、さらには西に向かって海にも入ろうと思うておりましたが、ありがたや、阿弥陀仏は、ここでついにお答えくださいましたぞ」
僧はしばらくの沈黙の後、そっと問うた。
「どのようにお答えになったのか」
「お呼びしましょう。お聞きくだされ」
源大夫は、西の方向、海の彼方へと、歌うように呼びかけた。
阿弥陀仏よや、おいおい…
いずこにおわします…
阿弥陀仏よや、おいおい…
いずこにおわします…
阿弥陀仏よや、おいおい…
いずこにおわします…
すると海の向こうから妙なる音が返り、その妙音とともに、
(ここにあり…)
という仏の声が、源大夫の耳には確かにそのように聞こえた。
「師匠、これで御身も仏を信ずることができましょう」
満足気に笑み崩れる源大夫に、僧はただ何度もうなずくばかりだった。
水平線を見やったあと、振り返ってみると、弟子は笑った顔のまま、もう死んでいた。
僧は静かに合掌したあと、海の広がる西の方角に背を向けて、いずこへともなく去っていった。

(終)