【5月の予定】
なんとか4月中に目処をつけたかったカテゴリ「金烏玉兎」ですが、今しばらく続きます。
●「金烏玉兎」にまつわる物語
●「金烏玉兎」の創世神話
(現在、ここまで投稿)
●「五帝五竜王」(今後、投稿予定)
例によって間に他の記事もはさみつつ進行しますので、気長にお付き合いください。
【ロゴ画像変更】
私の住む地域では、だいたい5月中が田植えの時期です。
都市部ですがまだ田んぼがけっこう残っているので眺めて楽しんでいたのですが、先日「行きつけ」の田んぼが一枚、造成工事で掘り返されてしまっていました。
前日まで一面にレンゲやコスモスが咲いていたのですが、重機にかかれば一瞬で消滅してしまいますね。
私はその田んぼを眺めていた近所の人間というだけの者なので、どうこう言える筋合いはないのですが、こうしてブログで「残念だ」と書くぐらいは許されるでしょう……
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2007年05月01日
2007年05月02日
2007年05月03日
おりがみ兜
5月5日はこどもの日。
この時期になると、おりがみの兜を思い出す。幼稚園児にも可能な簡単なおり方で、シンプルながら兜の雰囲気をよく再現した作品が完成する。
新聞紙などで折ると、実際かぶれるものが出来るのもいい。
伝承おりがみの持つ魅力だ。
この伝承おりがみでも十分なのだが、大人になると「もうちょっとリアルなのが出来んかな?」などと邪念が沸き起こってくる。手持ちのおりがみ本の中に、良いお手本はないものかと探してみると、中々かっこいいお手本が見つかった。
●「変わりおりがみ」杉村卓二著(保育社カラーブックス)
この本の中に収録されている兜のおり方は、本のタイトルの通りちょっと変わっている。
対角線の長さが1:2の菱形の紙から作成する兜は、クワガタの部分がすっと伸び、烏帽子型の鉢がかっこいい逸品だ。
多少自分なりのアレンジを加えて折ってみた。
対角線が25cm:12.5cmの紙で折ると、手のひらサイズの作品が完成した。80cm:40cm〜100cm:50cmぐらいの紙で折れば、大人がかぶれるものが出来そうだ。
裏打ちした和紙で作り、樹脂で固めれば、更にリアルに仕上がるだろう。
戦国時代の兜や陣笠は、鉄ばかりでなく、漆で固めた和紙製のものもあったらしい。軽く、強度もあるので足軽クラスの武装には和紙もよく使われたそうだ。
おりがみ兜とはいえ、がっちり作れば本物っぽいものが出来そうな気がする。
今年は間に合わないが、来年の5月に向けて、ちょっと考えてみよう……
これまでのおりがみ兜のまとめ記事はこちらです。
この時期になると、おりがみの兜を思い出す。幼稚園児にも可能な簡単なおり方で、シンプルながら兜の雰囲気をよく再現した作品が完成する。
新聞紙などで折ると、実際かぶれるものが出来るのもいい。
伝承おりがみの持つ魅力だ。
この伝承おりがみでも十分なのだが、大人になると「もうちょっとリアルなのが出来んかな?」などと邪念が沸き起こってくる。手持ちのおりがみ本の中に、良いお手本はないものかと探してみると、中々かっこいいお手本が見つかった。
●「変わりおりがみ」杉村卓二著(保育社カラーブックス)
この本の中に収録されている兜のおり方は、本のタイトルの通りちょっと変わっている。
対角線の長さが1:2の菱形の紙から作成する兜は、クワガタの部分がすっと伸び、烏帽子型の鉢がかっこいい逸品だ。
多少自分なりのアレンジを加えて折ってみた。
対角線が25cm:12.5cmの紙で折ると、手のひらサイズの作品が完成した。80cm:40cm〜100cm:50cmぐらいの紙で折れば、大人がかぶれるものが出来そうだ。
裏打ちした和紙で作り、樹脂で固めれば、更にリアルに仕上がるだろう。
戦国時代の兜や陣笠は、鉄ばかりでなく、漆で固めた和紙製のものもあったらしい。軽く、強度もあるので足軽クラスの武装には和紙もよく使われたそうだ。
おりがみ兜とはいえ、がっちり作れば本物っぽいものが出来そうな気がする。
今年は間に合わないが、来年の5月に向けて、ちょっと考えてみよう……
これまでのおりがみ兜のまとめ記事はこちらです。
2007年05月06日
お神楽を見る
お神楽を見る機会があった。岡山県に伝わる備中神楽だ。
本当は現地で夜の神事としてのお神楽を見るのが一番なのだけれど、私が見たのは昼間の舞台公演。
それでも途中休憩を挟んで五時間弱、代表的な五つの演目が並んだ本格的なお神楽だった。
公演前、舞台を見ると、暗闇の中に装置がぽっかり浮かび上がっている。広い舞台の真ん中に十畳の畳が敷かれており、その空間が荒縄と白い和紙で区切られている。日本の民俗信仰の中の、聖なる空間の表現。
十畳敷きの奥には幕が張られている。
あるときは緞帳、あるときはソデ幕、またあるときは劇中の「天の岩戸」になるシンプルな装置。
ふと、子供の頃の「ごっこ遊び」を思い出す。
遊び場の地面につま先で引いた線が世界を区切る。たったそれだけの行為なのに、ごっこ遊びの最中にはその線が強い呪力をもって、子供達の心に結界を形成する。
誰かが一本の木を指差して、それが世界の中心だと言葉を放てば、その言霊は子供達の心に共有されて、侵すことの出来ないルールとなる。
その場限りで生まれては消える世界観。
客席には徐々に人が集まってくる。誰に教えられなくても知っているお神楽の世界観の中に、舞台装置を見ただけで巻き込まれてしまう。
私の隣に座った見ず知らずの御婦人が、私の腕をつついてくる。振り返ってみると、「飴ちゃんあげる」と小さな袋入りのキャンディーを手渡してくれる。
そーゆー年でもないのだが(苦笑)、ありがたく頂戴して口に含む。
甘さが口に広がると、そろそろ開演時間が近づいてくる……
2007年05月12日
仮面と直面
直面は「ひためん」と読む。
仮面無しの素顔を「直面」と、ことさらに表現するのは興味深い。
素顔ではあるけれども、衣装を身に付け、神話のキャラクターになっている。その意味では神の仮面をかぶっており、人間としての「素の顔」ではないのだろう。
私の観る機会のあった備中神楽では、同じ場面の中に仮面をかぶったキャラクターと、直面のキャラクターが混在する場合があった。
演目「国譲り」においては、日本の国土を譲り渡す側の国津神たちは仮面をかぶっており、天津神側のフナツヌシノミコト、タケミカヅチノミコトの二神は直面だ。
備中神楽は国津神たちがきわめて魅力的に活躍する神楽なのだが、記紀神話のセオリーに従って、アマテラスを中心とした天津神を正統としいる。だからフナツヌシ、タケミカヅチの二神と、国津神タケミナカタが戦うシーンでは、鬼のような仮面をかぶったタケミナカタを、凛々しい直面の天津神コンビが正義の味方としてやっつける構図になっている。
観る者にとっては、より人間に近い直面姿に感情移入しやすいのはもちろんだが、その場を主導しているのは、仮面をかぶったタケミナカタの圧倒的な存在感や面白さだ。
最後の演目「大蛇退治」のラストシーンでは、さらに突き詰めた形で「仮面と直面」の対決を見ることが出来る。
登場するのはスサノオとヤマタノオロチ。
スサノオはこのラストシーンに至るまでは、大型の仮面をかぶった超人的な存在として演じられるのだが、大蛇退治の戦闘シーンだけは直面に変わる。それまでの大柄なイメージは一瞬にして切り替わり、「国譲り」の天津神二神に近い、俊敏な戦闘神に変化する。
対するヤマタノオロチは、獅子頭にも似た異様な四本の蛇頭を頂き、長大な蛇腹を所狭しとのたうたせる怪物だ。十畳敷きの神楽舞台はグルグルと回転する蛇体に埋め尽くされ、ピューピューと響く大蛇の息吹が空気を振るわせる。そこには大蛇を演じているはずの、四人の生身の神楽太夫の面影すら見えない。
人の面影すら無い「全身仮面」の怪物と、神から一歩人間に歩み寄った直面の英雄の、息もつかせぬ激しいバトルが繰り広げられる。十畳敷きに竹と荒縄・和紙による舞台が、破壊されずに無事であることが奇跡のように思える。
そして最後には、スサノオのヤマタノオロチ退治が成就される。
スサノオが、ヤマタノオロチの首を刈り、高々と差し上げる。
直面が仮面を調伏し、幕の後ろに消え去ることで、特殊な神話の空間は消滅する。
後には、何の変哲も無い「素」の畳敷きの空間が残っている。
仮面無しの素顔を「直面」と、ことさらに表現するのは興味深い。
素顔ではあるけれども、衣装を身に付け、神話のキャラクターになっている。その意味では神の仮面をかぶっており、人間としての「素の顔」ではないのだろう。
私の観る機会のあった備中神楽では、同じ場面の中に仮面をかぶったキャラクターと、直面のキャラクターが混在する場合があった。
演目「国譲り」においては、日本の国土を譲り渡す側の国津神たちは仮面をかぶっており、天津神側のフナツヌシノミコト、タケミカヅチノミコトの二神は直面だ。
備中神楽は国津神たちがきわめて魅力的に活躍する神楽なのだが、記紀神話のセオリーに従って、アマテラスを中心とした天津神を正統としいる。だからフナツヌシ、タケミカヅチの二神と、国津神タケミナカタが戦うシーンでは、鬼のような仮面をかぶったタケミナカタを、凛々しい直面の天津神コンビが正義の味方としてやっつける構図になっている。
観る者にとっては、より人間に近い直面姿に感情移入しやすいのはもちろんだが、その場を主導しているのは、仮面をかぶったタケミナカタの圧倒的な存在感や面白さだ。
最後の演目「大蛇退治」のラストシーンでは、さらに突き詰めた形で「仮面と直面」の対決を見ることが出来る。
登場するのはスサノオとヤマタノオロチ。
スサノオはこのラストシーンに至るまでは、大型の仮面をかぶった超人的な存在として演じられるのだが、大蛇退治の戦闘シーンだけは直面に変わる。それまでの大柄なイメージは一瞬にして切り替わり、「国譲り」の天津神二神に近い、俊敏な戦闘神に変化する。
対するヤマタノオロチは、獅子頭にも似た異様な四本の蛇頭を頂き、長大な蛇腹を所狭しとのたうたせる怪物だ。十畳敷きの神楽舞台はグルグルと回転する蛇体に埋め尽くされ、ピューピューと響く大蛇の息吹が空気を振るわせる。そこには大蛇を演じているはずの、四人の生身の神楽太夫の面影すら見えない。
人の面影すら無い「全身仮面」の怪物と、神から一歩人間に歩み寄った直面の英雄の、息もつかせぬ激しいバトルが繰り広げられる。十畳敷きに竹と荒縄・和紙による舞台が、破壊されずに無事であることが奇跡のように思える。
そして最後には、スサノオのヤマタノオロチ退治が成就される。
スサノオが、ヤマタノオロチの首を刈り、高々と差し上げる。
直面が仮面を調伏し、幕の後ろに消え去ることで、特殊な神話の空間は消滅する。
後には、何の変哲も無い「素」の畳敷きの空間が残っている。
2007年05月13日
神話の時間
私の観た備中神楽の演目は以下の順番で演じられた。
1はオープニング。2は「猿田彦」という、日本神話の「天孫降臨」に登場する神が踊るのだが、これもその場の邪気を切り祓う意味合いのオープニングの印象。
3〜5は記紀神話を元にしているが、エピソードやキャラクターの時間軸で言うと前後が入れ替わっている。「古事記」に描かれる順番に並べなおすと、こうなる。
このように書くと混乱した状態に見えるかもしれないが、お神楽を観ている最中に不自然を感じることは無い。むしろ一貫したストーリーの流れを感じる。演目全体をアマテラスとスサノオの物語として捉えると、それなりの整合性が見えてくる。
まず「天の岩戸開き」で、(スサノオ自身は登場しないが)スサノオが高天原を追放された顛末が語られる。
次の「国譲り」では、直接スサノオもアマテラスも登場しないが、スサノオの子孫である国津神たちと、アマテラスの名代である天津神が戦い、国津神が国土を献上させられる過程が描かれる。これは「天の岩戸開き」においてはっきり表現されなかったアマテラスとスサノオの相克が、代わりに表現されていると見ることが出来るかもしれない。
最後の「大蛇退治」では、追放され、行き場を失ったスサノオが、ヤマタノオロチ退治という殊勲を挙げて、英雄神としての地位を勝ち取る過程が描かれる。
こうした神々の物語は、舞台上で演じられるだけではなく、常に客席に座る私たち人間との関わりも意識されている。
仮面をかぶり「神」となった神楽太夫は、要所要所で客席に語りかけ、実際に言葉のやり取りをする。お神楽が「はるか昔の出来事」ではなく、今現在進行中の物語であるかのように、人間たちを巧みに巻き込んで行ってしまうのだ。
演目「国譲り」のオオクニヌシは、打出の小槌を持った大黒様そのものの姿で客席に餅を撒く。今は衛生上の理由からか、ビニールで包装された紅白餅だ。昔は餅そのままを撒いていたのだろう。餅を拾った子供たちは夜分遅くにそれを家に持ち帰り、神様から直接もらった証拠品、神話が本当にあったことの証拠品を、大切に味わってから眠りについたことだろう。
演目「大蛇退治」に登場するアシナヅチ(翁)テナヅチ(媼)の二神は、娘を嫁にやる年老いた父母そのものだ。介護や年金などの時事ネタも絡めながら、客席の人間たちと全く同じ立ち位置で、共感と笑いを誘う。
中でも「神話現在進行中!」を印象付けるのが、同じく「大蛇退治」に登場する松尾(マツノオ)明神だ。
タレ目でひょうきんな風貌のこの神様は酒造りの守護神で、スサノオが大蛇退治に使うための濁酒を醸す役回りだ。しかしその本来の役回りはどこへやら、登場した時間の大半を、観客に向けてのおしゃべりで使ってしまう。綾小路きみまろばりの軽妙なトークで大いに場を暖め、スサノオと大蛇の最終決戦に向けて客席の心を舞台に集中させてしまう。
そして迎えた最終決戦の顛末は、先回紹介した通り。
激しい戦いの末、スサノオが大蛇の尾から取り出した剣は、アマテラスに献上される。
これはもしかしたら、「天の岩戸開き」から続く長い姉弟の相克の、和解のイメージなのかもしれない。
登場する神々の持つ感情がひとまず清算されてこそ、神話の時間に巻き込まれた私たち観客も、日常の時間に戻ることが出来るのだ。
1、導きの舞
2、猿田彦の舞
3、天の岩戸開き
4、国譲り
5、大蛇退治
1はオープニング。2は「猿田彦」という、日本神話の「天孫降臨」に登場する神が踊るのだが、これもその場の邪気を切り祓う意味合いのオープニングの印象。
3〜5は記紀神話を元にしているが、エピソードやキャラクターの時間軸で言うと前後が入れ替わっている。「古事記」に描かれる順番に並べなおすと、こうなる。
3、天の岩戸開き
5、大蛇退治
4、国譲り
このように書くと混乱した状態に見えるかもしれないが、お神楽を観ている最中に不自然を感じることは無い。むしろ一貫したストーリーの流れを感じる。演目全体をアマテラスとスサノオの物語として捉えると、それなりの整合性が見えてくる。
まず「天の岩戸開き」で、(スサノオ自身は登場しないが)スサノオが高天原を追放された顛末が語られる。
次の「国譲り」では、直接スサノオもアマテラスも登場しないが、スサノオの子孫である国津神たちと、アマテラスの名代である天津神が戦い、国津神が国土を献上させられる過程が描かれる。これは「天の岩戸開き」においてはっきり表現されなかったアマテラスとスサノオの相克が、代わりに表現されていると見ることが出来るかもしれない。
最後の「大蛇退治」では、追放され、行き場を失ったスサノオが、ヤマタノオロチ退治という殊勲を挙げて、英雄神としての地位を勝ち取る過程が描かれる。
こうした神々の物語は、舞台上で演じられるだけではなく、常に客席に座る私たち人間との関わりも意識されている。
仮面をかぶり「神」となった神楽太夫は、要所要所で客席に語りかけ、実際に言葉のやり取りをする。お神楽が「はるか昔の出来事」ではなく、今現在進行中の物語であるかのように、人間たちを巧みに巻き込んで行ってしまうのだ。
演目「国譲り」のオオクニヌシは、打出の小槌を持った大黒様そのものの姿で客席に餅を撒く。今は衛生上の理由からか、ビニールで包装された紅白餅だ。昔は餅そのままを撒いていたのだろう。餅を拾った子供たちは夜分遅くにそれを家に持ち帰り、神様から直接もらった証拠品、神話が本当にあったことの証拠品を、大切に味わってから眠りについたことだろう。
演目「大蛇退治」に登場するアシナヅチ(翁)テナヅチ(媼)の二神は、娘を嫁にやる年老いた父母そのものだ。介護や年金などの時事ネタも絡めながら、客席の人間たちと全く同じ立ち位置で、共感と笑いを誘う。
中でも「神話現在進行中!」を印象付けるのが、同じく「大蛇退治」に登場する松尾(マツノオ)明神だ。
タレ目でひょうきんな風貌のこの神様は酒造りの守護神で、スサノオが大蛇退治に使うための濁酒を醸す役回りだ。しかしその本来の役回りはどこへやら、登場した時間の大半を、観客に向けてのおしゃべりで使ってしまう。綾小路きみまろばりの軽妙なトークで大いに場を暖め、スサノオと大蛇の最終決戦に向けて客席の心を舞台に集中させてしまう。
そして迎えた最終決戦の顛末は、先回紹介した通り。
激しい戦いの末、スサノオが大蛇の尾から取り出した剣は、アマテラスに献上される。
これはもしかしたら、「天の岩戸開き」から続く長い姉弟の相克の、和解のイメージなのかもしれない。
登場する神々の持つ感情がひとまず清算されてこそ、神話の時間に巻き込まれた私たち観客も、日常の時間に戻ることが出来るのだ。
2007年05月14日
2007年05月16日
五帝五龍王
中世陰陽師の伝説の秘伝書「金烏玉兎」の巻之二には、中国神話を元にした独自の創世神話が語られている。登場する天地創造の神「盤牛王」は、続いて東西南北と中央のあわせて五方の宮を構え、それぞれ五人の子供を生んだ。これが五帝五龍王である。
この五帝五龍王は、中国起源の五行説を下敷きにしている。世の万物を「木火土金水」の五つの要素に分類する考え方だ。この分類には色や時間・方位も含まれる。以下に基本的な分類パターンをまとめてみよう。
「木」・・・色では青。方位では東。時間では朝・春、人生では「青春」
「火」・・・色では赤。方位では南。時間では昼・夏、人生では「朱夏」
「土」・・・色では黄。方位では中央。
「金」・・・色では白。方位では西。時間では夕・秋、人生では「白秋」
「水」・・・色では黒。方位では北。時間では夜・冬、人生では「玄冬」
この五分類に陰陽二元論を加味すると、こうなる。
「陽」・・・「木」(陽中の陰)、「火」(陽中の陽)
「陰」・・・「金」(陰中の陽)、「水」(陰中の陰)
「陰陽半ば」・・・「土」
模式図にまとめてみよう。
五行の中では中央の「土」が、やや特殊な扱いになっていることが分る。この特殊さが、次回記事以降に述べる「五帝五龍王」の、とりわけ「黄帝黄龍王」の特殊な扱われ方に表現されていくことになる。
五行説は近代科学の目で見れば根拠の無い分類ではあるけれども、感覚的には非常に納得しやすいものだ。特に色の分類は「三原色+白黒」になっており、物の色を「三原色+白黒」の五色で分析することが習い性になっている私のような絵描きには、非常に親近感が持てるのである。
この五帝五龍王は、中国起源の五行説を下敷きにしている。世の万物を「木火土金水」の五つの要素に分類する考え方だ。この分類には色や時間・方位も含まれる。以下に基本的な分類パターンをまとめてみよう。
「木」・・・色では青。方位では東。時間では朝・春、人生では「青春」
「火」・・・色では赤。方位では南。時間では昼・夏、人生では「朱夏」
「土」・・・色では黄。方位では中央。
「金」・・・色では白。方位では西。時間では夕・秋、人生では「白秋」
「水」・・・色では黒。方位では北。時間では夜・冬、人生では「玄冬」
この五分類に陰陽二元論を加味すると、こうなる。
「陽」・・・「木」(陽中の陰)、「火」(陽中の陽)
「陰」・・・「金」(陰中の陽)、「水」(陰中の陰)
「陰陽半ば」・・・「土」
模式図にまとめてみよう。
五行の中では中央の「土」が、やや特殊な扱いになっていることが分る。この特殊さが、次回記事以降に述べる「五帝五龍王」の、とりわけ「黄帝黄龍王」の特殊な扱われ方に表現されていくことになる。
五行説は近代科学の目で見れば根拠の無い分類ではあるけれども、感覚的には非常に納得しやすいものだ。特に色の分類は「三原色+白黒」になっており、物の色を「三原色+白黒」の五色で分析することが習い性になっている私のような絵描きには、非常に親近感が持てるのである。
2007年05月18日
五帝五龍王2
「金烏玉兎」における天地の創造神・盤牛王の五人の子供たちは五帝五龍王と呼ばれ、東西南北と中央の五方を治めた。さらに、この五帝五龍王の子供たちには、十干・十二支などの代表的な暦法が配され、神話の中のキャラクターとして組み込まれている。
この五帝五龍王とその子供たちを「ともかく絵で描いてみる」ことを目指してみる。占術の詳しい内容は、藤巻一保著「安倍晴明占術大全」を参照のこと。
絵図の無い神仏を絵にする場合、その神仏と同体とされる神仏や、関連が深いと思われる神仏の姿を引用するしかない。一応の理屈付けはしておくので、当ブログにありがちな、こじつけの「神仏与太話」としてお楽しみください。
【青帝青龍王】
盤牛大王と第一の妻の間に生まれたのが青帝青龍王である。大王はこの息子に春の七十二日間を支配させた。青帝青龍王が妻と結ばれて生まれたのが、甲(きのえ)乙(きのと)丙(ひのえ)丁(ひのと)戊(つちのえ)己(つちのと)庚(かのえ)辛(かのと)壬(みずのえ)癸(みずのと)の十干である。
十干は、木火土金水の五行を、それぞれ陰陽に分けたものだと考えられている。
【図像について】
今回の青帝青龍王の図像は、中国神話の伏羲(ふっき)・女媧(じょか)像から引用している。
中国神話は同じ神名の説にも様々なバージョンがあって一定しないのだが、伏羲を「天界を治める五人の天帝」の中の、東を治める一人として数える説もあるので、今回はそれを参考にした。
伏羲と女媧は、元々は中国の一地域で「人類の祖」として伝えられてきた神で、直角定木とコンパスを持ち、蛇体を絡み合わせた姿で表現される。
本来、伏羲と縁が深いのは「十干」よりも「八卦」なので、十干は八角形の中に配置してみた。
この五帝五龍王とその子供たちを「ともかく絵で描いてみる」ことを目指してみる。占術の詳しい内容は、藤巻一保著「安倍晴明占術大全」を参照のこと。
絵図の無い神仏を絵にする場合、その神仏と同体とされる神仏や、関連が深いと思われる神仏の姿を引用するしかない。一応の理屈付けはしておくので、当ブログにありがちな、こじつけの「神仏与太話」としてお楽しみください。
【青帝青龍王】
盤牛大王と第一の妻の間に生まれたのが青帝青龍王である。大王はこの息子に春の七十二日間を支配させた。青帝青龍王が妻と結ばれて生まれたのが、甲(きのえ)乙(きのと)丙(ひのえ)丁(ひのと)戊(つちのえ)己(つちのと)庚(かのえ)辛(かのと)壬(みずのえ)癸(みずのと)の十干である。
十干は、木火土金水の五行を、それぞれ陰陽に分けたものだと考えられている。
【図像について】
今回の青帝青龍王の図像は、中国神話の伏羲(ふっき)・女媧(じょか)像から引用している。
中国神話は同じ神名の説にも様々なバージョンがあって一定しないのだが、伏羲を「天界を治める五人の天帝」の中の、東を治める一人として数える説もあるので、今回はそれを参考にした。
伏羲と女媧は、元々は中国の一地域で「人類の祖」として伝えられてきた神で、直角定木とコンパスを持ち、蛇体を絡み合わせた姿で表現される。
本来、伏羲と縁が深いのは「十干」よりも「八卦」なので、十干は八角形の中に配置してみた。
2007年05月19日
五帝五龍王3
【赤帝赤龍王】
盤牛大王と第二の妻の間に生まれたのが赤帝赤龍王である。大王はこの息子に夏の七十二日間を支配させた。赤帝赤龍王が妻と結ばれて生まれたのが、いわゆる十二支である。
【図像について】
今回の図像は、中国神話の「神農(しんのう)」を参照した。神農は人間に農業や医薬の知識を与えた温厚で慈悲深い神で、中国起源であるが日本でも信仰されている、人気のある神だ。
またの名を「炎帝」と呼ばれ、天界を治める五人の天帝のうち、南を治める一人に数えられることもあるので、今回の赤帝赤龍王の参考にした。
五行の「火」にあたる赤龍王と十二支を結びつけたのは、「金烏玉兎」のオリジナルアレンジだと思われる。
赤龍王と言えば、中国漢王朝を開いた劉邦は赤龍の生まれ変わりで、火徳の体現者であるというお話がある。そして漢王朝末期の「三国志」の時代、赤龍王・劉邦の開いた王朝を大いに乱したのは太平道を奉じる「黄巾党」という一種の道教集団だったと伝えられる。
五行説では「火生土(火は土を生む)」で、「土」は色では「黄」になる。このことから黄巾党は、五行説を元に漢王朝を終わらせようとした、とする説もあるようだ。
盤牛大王と第二の妻の間に生まれたのが赤帝赤龍王である。大王はこの息子に夏の七十二日間を支配させた。赤帝赤龍王が妻と結ばれて生まれたのが、いわゆる十二支である。
【図像について】
今回の図像は、中国神話の「神農(しんのう)」を参照した。神農は人間に農業や医薬の知識を与えた温厚で慈悲深い神で、中国起源であるが日本でも信仰されている、人気のある神だ。
またの名を「炎帝」と呼ばれ、天界を治める五人の天帝のうち、南を治める一人に数えられることもあるので、今回の赤帝赤龍王の参考にした。
五行の「火」にあたる赤龍王と十二支を結びつけたのは、「金烏玉兎」のオリジナルアレンジだと思われる。
赤龍王と言えば、中国漢王朝を開いた劉邦は赤龍の生まれ変わりで、火徳の体現者であるというお話がある。そして漢王朝末期の「三国志」の時代、赤龍王・劉邦の開いた王朝を大いに乱したのは太平道を奉じる「黄巾党」という一種の道教集団だったと伝えられる。
五行説では「火生土(火は土を生む)」で、「土」は色では「黄」になる。このことから黄巾党は、五行説を元に漢王朝を終わらせようとした、とする説もあるようだ。