
昔、家の周りは田んぼだらけだった。
5月6月あたりには田んぼに水が入り、オタマジャクシやカブトエビ、ホウネンエビやタニシ、アメンボやイトトンボ等々、数限りない小さな生き物が田んぼの泥の中から湧き出してきた。
泥の中に手を突っ込み、ニュルッとした感覚とともに掴み出して広げてみれば、半透明のザリガニの幼生や、名も知らない小さな水生生物がいくらでも居た。
私は幼い頃から図鑑の類が大好きで、とくに生物の進化を扱った一冊がお気に入りだった。生命の始まりから原生動物、魚類、両生類、爬虫類……と続く奇抜な形の古生物の進化を、図鑑のページを繰りながら自分が追体験していくような感覚が面白くて、飽きずに何度も繰り返し読み耽った。図鑑の扉絵からページを繰り続け、最後に現代の地球に辿り着いたときには、満足感とともに50億年ぐらい一気に時間が流れてしまったような寂しさのようなものを感じていた。
家の周囲の田んぼの風景は、図鑑で見た「おおむかしの地球」と、どこか重なって見えた。生物の進化の過程が、自分の家の近所の、手の届く小さな空間で繰り返されているような気がした。
泥に手を突っ込む。
泥に足を突っ込む。
時には座り込んでみる。
そのまま泥に埋もれてしまいたいような衝動を、今でも田んぼの近くを通りかかったとき、感じることがある。