2007年10月20日

須弥山

 七金山を越えると、そこには金輪上の世界の中心、須弥山が聳えている。

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(クリックすると画像が大きくなります)

 水面から上の須弥山は、縦横高さ全て8万由旬(約56万km)とされている。図像では伝統的に、中央部のくびれた砂時計のような形状で表現される。

 須弥山は金輪上と地続きだが、神々の住む天界はもう始まっている。これを「地居天(じごてん)」と呼ぶ。
 金輪水面から最初の天界「四大王衆天」までの高さが4万由旬で、それ以上の天界は、順に高さが二倍の地点に展開されていくことになる。
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2007年10月25日

地居天

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 須弥山は神々の住む天界の始まり。中腹までの四段の張り出しの最上階には、東西南北を守る四天王が住んでいる。
 東は持国天、西は広目天、南は増長天、北は多聞天(毘沙門天)で、下の三段や七金山等にはそれぞれの眷属が存在している。
 海中の阿修羅から天界を守る精鋭軍だ。

 須弥山の頂上は一辺8万由旬の正方形になっており、神々の宮殿が立ち並んでいる。三十三の神々が居を構えるので「三十三天」と呼ばれる。
 三十三天の中心部は「善見城」で、神々の王「帝釈天」の住いだ。
 帝釈天はインド神話のインドラ神を発祥とする。手に雷撃を意味するヴァジュラを構え、千の目を持つとも伝えられる。
 仏教に読み替えられてからは優美な貴神の姿で表現されることが多いが、密教図像では元々の雷神の性格を想起させる武装した姿で描かれることもある。
 
 三十三天上空には、更に何層もの天界が重なっている。
 金輪に地続きの地居天に対し、これより上の天界は空中に浮揚しているので「空居天(くうごてん)」と呼ばれる。
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2007年10月27日

夜摩天

 金輪上の海面から続く二層の天界、四大王衆天と三十三天の上空には、第三の天界にして空居天の第一層「夜摩天(やまてん)」が浮揚している。海面からの高さは16万由旬、面積は三十三天と同じ8万由旬×8万由旬だ。
 夜摩天は閻魔(えんま)と同意で、インドの古い神話における最初の人間、ヤマを起源に持つ。最初の人間=最初の死者なので、ヤマは死の国の王になった。ヤマは仏教に読み替えられて夜摩天となり、須弥山上空で衆生の生死を支配するようになったらしい。
 仏教では天界の神々も不死ではなく、人間よりはるかにおおきな能力と寿命を持っているが、欲望からは離れておらず、いずれ死に行く者であるとされている。
 夜摩天が神々の王・帝釈天の宮殿の、更に上空に住まいしているのはその構図を表現しているのかもしれない。

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 夜摩天の図像にはいくつかの種類があるが、水牛にまたがり、三日月の上に人頭を掲げている姿で表現されることが多く、閻魔大王とも同体であるいう。
 閻魔大王は地獄の支配者で、地獄は金輪上の贍部洲の地下にあるとされている。つまり、衆生の輪廻する六道の世界は、地下と須弥山上空で同じ支配者に挟まれて管轄されていることになる。
 チベットで広く見られる六道輪廻図は、その支配の構図をもっとはっきりと表現してあるので、概容を紹介してみよう。

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 巨大な夜摩天が抱え込む時間の輪の中に六道の世界が展開され、最下部には地獄、最上部には天界が配置されている。天界の部分には須弥山が描かれ、地獄の上部、時間の輪の中心のやや下部には閻魔大王が描かれている。
 時間と生死、欲望に縛られた六道の世界を、巧みに視覚化した図像だ。
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2007年10月28日

兜率天

 夜摩天のさらに上空、金輪水面から32万由旬の高度に、第四の天界「兜率天(とそつてん)」がある。これも面積は三十三天と同じ。

 六道輪廻を支配する夜摩天を超えたこの天界では、弥勒菩薩が修行を積んでいるとされている。お釈迦様もこの世に生まれる前にはこの兜率天で修行をしていたと伝えられる。

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 弥勒菩薩は釈迦如来によって「五十六億七千万年後に人間界に生まれ、悟りを得て仏となる」と予言された未来仏だ。
 気の遠くなるような遥か未来の弥勒下生まで、この世に生きた仏が現われることはない。だからせめて弥勒菩薩の修行する兜率天に生まれたいと願う信仰が現われた。
 阿弥陀如来の極楽世界と弥勒菩薩の兜率天は、かつて二大浄土として人々の憧れを集めていた。
 
 お釈迦様に続いて解脱を果たす菩薩が、夜摩天を超えた天界で現在修行中であるという設定は、物語として確かに納得できる感じがする。
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2007年10月31日

第六天

 弥勒菩薩が56億7千万年後の下生に備えて修行している第四の天界「兜率天」の上空には、更に第五第六の天界が存在している。第二の天界「三十三天」以上は面積が全て同じだが、高度は倍々に高くなっていく。

 第六の天界以下の世界を「欲界」と呼ぶ。欲界は、神々の世界であってもいまだ欲望からは自由ではない、迷いの世界であるとされている。

 第五の天界は楽多い世界で、「楽変化天(らくへんげてん)」または「化楽天(けらくてん)」と呼ぶ。互いに微笑し合うだけで新しい神々が生まれる世界。

 第六の天界は「他化自在天(たけじざいてん)」で、単に「第六天」と呼ばれることもある。
 ここには欲界を支配する魔王が住んでいると言う。

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 魔王の名前は天界の名前と同じ「他化自在天」または「第六天魔王」と呼ばれる。
 魔王は欲界の衆生が生み出す様々な欲望や快楽を、自分のものとして自在に楽しむことが出来るとされる。(私はドラえもん世代なので、こういう話を聞くと「おすそわけガム標準装備?」とか、ついついアホなことを考えてしまう)
 衆生が快楽に囚われていれば、魔王はそれだけ自分が楽しむことが出来る。だから欲界からの脱却を説く仏道修行を敵視して、様々な妨害を行うという。お釈迦様の悟りを開く直前、誘惑を仕掛けて調伏されたとも伝えられる。
 未来仏・弥勒菩薩の修行する兜率天より上空に魔王の住む天界があり、それが欲界の頂点であるという構図は、ちょっと想像力をかきたてられる。
 他自在天については第六天魔王でも触れているので、参照してみてほしい。

 他自在天は密教図像では両手に弓と矢を持った姿で表現される。
 仏教での「弓と矢」は、「欲望」を視覚化したものとしてイメージされることが多い。このあたりは西洋のキューピットとも似ている。
 
 
 第六天のさらに上空にも、まだまだ天界は続くが、ここからは仏道修行を積んだ禅定者の世界になる。設定が「物語」の世界から徐々に哲学的なものに変わっていくため、図像で表現するのが難しくなってくる。
 目一杯背伸びして神々の世界にまで足を踏み入れてみたものの、そろそろ私の想像力のキャパシティを超える範囲になってきた。 
 しばらくお付き合いいただいた、このカテゴリの「須弥山宇宙ツアー」だが、ここで一旦日程を終了。
 いずれまた、続きをカタルことが出来る日まで……
posted by 九郎 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 須弥山 | 更新情報をチェックする