2008年02月01日

2008年2月の予定

【2月の予定】
 引き続き、これまでのカテゴリの継続記事を書いていきます。
  
【ロゴ画像変更】
 2月と言えば節分。
 当ブログでは開設最初期にカテゴリ節分で取り扱い、思い入れの深い民俗行事です。
 節分神話の中から、風土記逸文の「蘇民将来神話」を基に、flashを作ってみました。

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2008年02月03日

バグ

 2月3日は節分。
 本来は陰暦でないと意味合いが薄れるが、ともかく節分。
 鬼の来る日。

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 来訪する異形の神を向かえる民俗には、いくつかのバリエーションがある。
 節分の鬼はその代表だし、このカテゴリ節分で扱ってきた蘇民将来説話や、ナマハゲもそうだ。
 私は個人的に、このタイプの民俗は「免疫機能」を象徴していると考えている。異物を完全に排除するのではなく、神事に組み込むことで受け入れ、福を得るという構図だ。

 ところで2007年末から年始にかけて、このタイプの民俗にバグが発生している事例がニュースで流れた。
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posted by 九郎 at 09:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 節分 | 更新情報をチェックする

2008年02月09日

中春こまわり君、再び

 今から2年近く前、70年代に一世を風靡したギャグ漫画「がきデカ」の、同窓会的作品「中春こまわり君」を取り上げた。
 最近この「中春こまわり君」が、週刊ビッグコミックで再び復活した。現在発売中の2.25号で、連載第二回目。四回で完結の予定。

 今回もまた、面白い。
 連載2回目にしてエンジンが温まってきたのか、繰り出されるギャグの「間」やテンポが絶妙だ。往年のハイテンション・ハイスピードではないが、「間」で笑わせる芸が素晴らしい。

 まだ連載中なので引用はしないけれども、何十年という時間を経過した作品だからこそかもし出された味わい深いセリフも多く、良い感じの枯れ方だ。
 同じ雑誌に載っている「ゴルゴ13」が、何十年と変わらない姿で活躍していることと好対照に見える。

 あと2回、期間限定でこまわり君と再会できることに、感謝。

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posted by 九郎 at 13:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする

2008年02月13日

まつりあい

 日本の祭、縁日の風景は、聖と俗、正気と狂気、日常と非日常など。相反する要素がバランスをとって共存しているところにそのパワーの源泉がある。
 強大な複数のベクトルが危うい均衡を保つ「真釣り合い」が「まつり」の本質だ。
 昨今の「市民まつり」には、聖性も狂気も乏しい。突出した非日常がきれいに削除されていて、清潔だがつまらない。日常の買い物と大差がない。法的に怪しいもの、市民社会と異質なものを排除し、身奇麗に行事だけを執り行っても、そこに熱は生まれにくい。
 どこやらの裸祭で、警察が猥褻だ何だと横槍を入れたらしい。
 厳密に法に照らして取り締まればそうなるのだろう。しかし、人間はそもそも「法を守るために生きている」のではない。猥雑な人間の暮らしを破綻なく守るために法があるのであって、その逆ではありえない。
 一見愚かで非合理に見える祭でも、それが存在することによって保たれてきた地域の微妙なバランスと言うものがある。杓子定規に取り締まって見えないバランスを踏みにじる者こそが、真に愚かだ。



●「ヤクザと日本―近代の無頼 」宮崎学(ちくま新書)
 この本には、私が懐かしく思う縁日の風景の淵源が、あまさず解説されている。先日紹介した「香具師口上集」とともに、祭の熱はどこから生まれるのか考えさせられる一冊。
posted by 九郎 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | カミノオトズレ | 更新情報をチェックする

2008年02月14日

祭の始まり、祭の終り

 ポスターの掲示自粛や、警察から公然猥褻で警告されたりと話題を呼んだ岩手の蘇民祭が、ひとまずは大きな変更もなく実行されたようだ。
 警察の介入も見送られたようで、「だったらはじめから余計なことを言うな」とは思うが、祭に便乗した外来者が羽目をはずすことへの牽制だったような気もする。そうであれば理解できるので、批判はここまで。
 
 以前から大好きだった漫画家・諸星大二郎の作品を、最近また読み返している。その中に、最近の祭関連のニュースに関連するテーマの短編があったので一つ紹介しておこう。 



●「天孫降臨」諸星大二郎 (ヤングジャンプコミックス)
 諸星大二郎の代表作の一つ「妖怪ハンター」シリーズ中の一冊。
 この本は短編連作集で、収録作のうちの「闇の客人(まろうど)」が、伝統的な祭の再生を扱った作品になっている。
 主人公の学者・稗田礼二郎は、とある山村で伝承の絶えた祭の再生に協力する。しかし再生された祭は、観光誘致を主目的とした地元業者の都合で、様々な点で本来とは違った形の物となってしまった。祭の準備が進む中、数々の怪事件が村を襲い始める……
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posted by 九郎 at 23:50| Comment(2) | TrackBack(0) | カミノオトズレ | 更新情報をチェックする

2008年02月15日

最期にひとつ

 2月15日は「涅槃会(ねはんえ)」で、お釈迦様がこの世から涅槃へ入ったとされる日。
 今昔物語天竺部では、お釈迦様の最期にあたって、実の息子にして十大弟子の一人でもあるラーフラとの関わりが描かれている。

 間もなく師である父がこの世での時を終えると知ったとき、その事実に耐えられなくなったラーフラはこの世界から逃げ出した。悲しみと向き合いきれずに別の仏国土に逃避したのだが、その世界の仏に「すぐに元の世界に帰って顔を合わせるべきだ」と諭される。
 泣く泣く戻ったラーフラは、横たわる父と対面する。
 迎えた仏は息子の手をとり、最期の言葉を残した。
 
このラーフラは私の息子
十方の仏よ
どうかこの子にあわれみを


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 あらゆる執着を離れたはずの仏の、らしからぬ言葉。
 教理はひとまずさておいて、民間で愛されたお釈迦様の最後の物語は、このようなものだった。


【関連記事】
はなまつり
成道会
涅槃会
托胎霊夢
降魔成道
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2008年02月23日

夜道の灯

 梅の蕾も膨らみ、少し暖かくなったと思ったら、また寒さが戻った。
 寒い夜道を身震いしながら歩いていると、思い出すことがある。

 以前、私は風呂無しトイレ共同の安アパートに住んでいて、よく風呂屋のしまい湯に行っていた。近所の風呂屋は深夜十二時まで開いていて、寒い季節に帰って来ると、ちょっと湯冷め気味になった。
 帰り道に神社の近くを通りかかると、よくワンボックスカーが停まっていて、たこ焼の移動販売をやっていた。
 朱の暖簾と裸電球で、たった一台の車が小さな縁日の風景を作っていた。

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 その灯を見かけると、私はついつい立ち寄ってしまう。
 顔馴染みになった大柄なおじさんが、「いつも店仕舞のいい時間帯に来るなあ」と笑いながら、よく売れ残りのたこ焼をいくつかサービスで入れてくれた。
 トッピングで「どろソースを少々」が、私の好みだった。
 どろソースはほぼ危険物レベルの辛さなので、あくまで「少々」にしておかなければならない。
 しかし、暖に乏しい安アパートの夜には、ぜひともこのトッピングが必要だった。
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2008年02月24日

お地蔵さま関連CD

 神仏与太話と称する当ブログだが、2年以上にわたって語り続けるうちに、いくつか思い入れのある神仏キャラクターが立ち上がってきた。
 お地蔵さま第六天魔王だ。
 そのうちのお地蔵さまに関連するCD2枚を、ここに紹介しておこう。神仏のお話に「音」や「声」は欠かせない。

●「賽の河原地蔵和讃 〜御和讃・御詠歌集〜」正木義完(市原栄光堂)
 お地蔵さまをテーマにした賽の河原地蔵和讃をはじめ、様々な和讃が収録された一枚。
 表題和讃は日本における地蔵信仰の、一つの到達点だが、あらためてデジタル音源を探すと、意外と見つからないので貴重。
 他にも日本版「チベット死者の書」とも言える内容の「中陰和讃」や、お地蔵さまの基本設定をわかりやすくまとめた「地蔵菩薩御和讃」など、十の和讃を収録。約54分。
 発売元の市原栄光堂の「お経、ご詠歌のお部屋」で購入可能。

●地蔵菩薩 勤行式(在家用) ポニーキャニオン
 「地蔵菩薩本願功徳経」や真言、和讃を収録。約25分。


 
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2008年02月25日

謡曲「雷電」

 昨年末に大道芸のカセットテープを聴いて以来、日本語の声による「語り」にハマッた。図書館やワゴンセールで、落語や浪曲などの昭和演芸や、古典芸能のCDを漁ったりしている。
 昔、風呂無しトイレ共同の安アパートに住んでいた時、2年間ぐらい部屋にTVが無かった期間があった。NHKの受信料徴収に来た人に、「あ〜うちTV無いっスよ」と言ったら、びっくりしてスゴスゴ帰っていったこともあった。
 その当時はもっぱらラジオを聴いて過ごしていて、深夜放送の昭和演芸紹介が好きだった。その時以来のマイブームだ。

 日本語による「語り」を聴き込んでいくと、必然的に辿り着くのは古典芸能の能・狂言の世界だ。恥ずかしながら今までほとんど興味を持っていなかったけど、調べだすとやっぱり面白い。
 謡曲の中には「縁日草子」向きの、怪しの神仏物語もいくつか見つかった。その中から季節にちなんだ演目を紹介してみよう。

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●謡曲「雷電」
 本日2月25日は天神様・菅原道真の命日と伝えられる。
 菅公については、当ブログでも断続的に語ってきた。
 (天神様北野天満宮天満大自在天神
 私はこれまでの流れの中で、天神様と第六天魔王の関係に興味を持っているのだけれど、まだ整理はついていない。

 謡曲「雷電」は菅公が死後、天神様になる過程を直接扱った演目だ。穏やかな姿で現れた菅公の霊が、昔なじみの僧と語るうちに恐ろしい怨霊の姿と化し、激しいバトルを演じる。
 カッと口を開いた「顰(しかみ)」の面に、炎のような赤い髪を燃え立たせ、金色の雷を思わせる模様の装束を身につけて、だん、だん、と足を踏み鳴らす。
 最後は「天満大自在天神」として天に昇って行く。私はTVでちらっと見た程度だが、能の中ではかなり激しい部類に入るだろう。

 この演目は、各種古典文学大系の謡曲集には中々収録されていないが、和綴本が割りに入手しやすいので、原文を読むことはできる。



 現代語訳はついていないが、演目の解説や簡単な図が添付されているので、読むのにさほど苦労はない。黙読よりも音読の方がお勧め。声に出して読むと、不思議とストーリーが頭に入ってくる。
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2008年02月27日

謡曲「第六天」

 天神様を題材にした「雷電」に続いて、当ブログ好みの謡曲をもう一つ紹介しよう。

●謡曲「第六天」
 名前の通り、第六天魔王が登場する演目。
 高伊勢神宮を訪れた高僧・解脱上人は、忽然と現われた不思議な女性の託宣を受ける。すると俄かに風雨雷電鳴り響き、天空から第六天魔王の率いる軍勢が伊勢神宮に攻め寄せてきた。
 解脱上人が合掌して念じると、そこに現われたのは素盞嗚(すさのお)。かくして仏教の魔王と、日本神話の英雄神のバトルが幕を開ける。
 さすがの魔王もヤマタノオロチを退治した素盞嗚には恐れをなし、須弥山に飛び上がろうとする。素盞嗚はそれを引きとどめ、大地に打ち伏せる。二度とこの地を訪れないと誓わせると、魔王は虚空に消えていく。

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 この演目については、なかなか詳しい資料が見つからなかったのだが、さいわいなことに「雷電」とおなじく和綴本で本文を読むことはできる。



 機会があれば、ぜひ観てみたい演目だ。
posted by 九郎 at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | カミノオトズレ | 更新情報をチェックする