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2008年07月24日

中陰和讃

 仏教では六道輪廻の狭間に「中陰(ちゅういん)」または「中有(ちゅうう)」と呼ばれる状態があるとされる。人が亡くなってから49日の法要が済むまでの期間がそれで、その間に六道いずれに生まれ変わるかが決まるという。
 仏教の考え方に、一般に言われるような「生まれ変わり」が含まれるかどうかは、実はけっこう難しい。「ミリンダ王の問い」なんかを少し読んでみると、スピリチュアルの文脈でよく語られ、一般にも受け入れられ易い「肉体が死んでも魂は永遠に生まれ変わる」と言う意味での生まれ変わりは、否定されているようでもある。
 このあたりはまた機会を改めて考えてみたいが、ともかく仏教では一般に7日ずつ7週間、7×7=49日間の「中陰or中有」という、生まれ変わりのための準備期間が想定されている。

 その期間の情景を歌の形で解説しているのが「中陰和讃」で、宗派や地方によってバリエーションはある。私が知るところでは、真言系のものと浄土系のもの、大きく分けて二つの「中陰和讃」があるようだ。
 真言系のものは祈りの対象がお大師様(空海)になっており、浄土系のものは阿弥陀如来になっているが、一応大筋では共通した内容が伝えられている。おそらく真言系のものが先にあって、どこかの時点で浄土系に読み替えられたのだと思うが、理由はおいおい述べていく。 

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「中陰和讃」
帰命頂礼ありがたや
中陰和讃の心得は
三尊弥陀の教えなり
死して冥土へ赴かば
十万億土のその中に
七つの関所ありときく
(続く)


 以上は浄土系「中陰和讃」の冒頭部分だ。真言系のものは「帰命頂礼遍照尊 七七日の和讃とて 弘法大師の御教なり……」と始まる。
posted by 九郎 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | あの世 | 更新情報をチェックする