2009年09月28日

雑賀衆に関する参考図書2

 戦国時代に特異な光を放った「雑賀衆」を単独で扱った書籍は数少ない。しかし一旦「雑賀衆」の存在を知り、それを前提に「中世」や「一向一揆」をテーマにした本を読んでみると様々な発見があり、バラバラのパズルピースが次々に頭の中で繋がり合い、思ってもみなかった「雑賀衆」の姿が描き出される不思議な体験をすることになる。

 主に扱っている時代は戦国以前になるが、中世社会を独自の視点で見つめた網野善彦の本は、「雑賀衆」が生み出された時代背景を理解するために欠かせない。
 数ある著作の中から手に取りやすい入門書的なものを紹介しておこう。



●「河原にできた中世の町」網野善彦/司修(岩波書店 歴史を旅する絵本)
 一冊目は絵本である。しかし単なる網野本の「絵解き」ではない。名手・司修が網野史学と真っ向から切り結び、様々な絵巻物から自在に風景を引用・再構築し、現代の目からは異様に映る中世を巧みに描き出している。
 河原は水と陸の境であり、人と神の境であり、境に生きる流浪の人々が仮の宿を求める所であった。そうした無縁の地であればこそ、日頃がんじがらめの縁に繋がれた里の人々が解放され、市が開かれてその場限りの後腐れのない商行為が可能になり、仮設の小屋では一夜の夢としての芸能が催された。
 この絵本には直接「雑賀衆」は登場しないが、雑賀衆が本拠地とした紀ノ川河口部は巨大な「河原」であった。そこに集まった人々がどのような出自を背負っていたかを感覚的に捉えるのに、絶好の一冊である。
 巻末の解説も分かり易い。
 
●「日本中世に何が起きたか」網野善彦(洋泉社MC新書)
 文章であれば数十ページ、数百ページを費やす内容を、たった一枚の絵が感覚的に伝えてしまうこともあるが、同時に絵だけでは伝えるのが困難な事柄も多い。
 本書は網野善彦が自身の仕事を「語り」で紹介する調子でまとめてあり、網野本の「一冊目」としてお勧めだ。



●「瀬戸内の民俗誌―海民史の深層をたずねて」沖浦和光(岩波新書)
 陸路の交通機関が発達しきった現代人には理解しづらくなっているが、中世において「水路」は交通・物流の中心だった。とりわけ西は関門海峡から東は紀淡海峡にまで及ぶ「瀬戸内」は、交通の大動脈であった。海や河川の道を中心に据えてみれば、現在は僻地にしか見えない孤島や浦が、交通の要地として賑わっていた事実が浮かび上がってくる。
 この本にも「雑賀衆」はほとんど登場しないが、同じ瀬戸内の非常に緊密に交流し合っていた「海賊」「水軍」に関する記述を読んでいると、「海の民」としての雑賀衆が理解できてくる。
 何故こうした「海の民」に本願寺の信仰が広まり、一向一揆、そして石山合戦を戦い抜いた力の源泉になったのかが明らかになってくる。

 司馬遼太郎「尻啖え孫市」に登場する「雑賀孫市」は、ほとんど陸上で傭兵活動を行っているだけで、せいぜい小舟に揺られながら釣りをする程度だ。しかし実在の雑賀衆・鈴木孫一の場合は、おそらく「本業」は海運業で、傭兵活動は「割のいい副業」だったのではないだろうか。
posted by 九郎 at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 和歌浦 | 更新情報をチェックする