どんとの死後、廃盤になっていたバンド時代のCDが再発されたり、新たな音源が何枚か発表された。
表現者の死後発表される作品については「但し書き」をつけて考えるべきだと思うのだが、ベスト盤「一頭象」のように、既に公開済みの作品の中から自分で選曲したものは「どんとの作品」と呼んでほぼ差し支えないだろう。
また、生前その表現者が明確に公開の意志を持っていたものについては、一応「完成作品」として扱えるはずだ。以下に紹介する一枚は、どんとが二十歳代のころに作成したデモ音源ではあるけれども、生前のどんとが「沖縄三部作」につづいて「公開したい」という意志を表明していたとされる作品だ。
●「原色音楽 DONT SPACY SONGS 1985~1986 DEMO」
どんとが23〜24歳の頃、一人で歌、演奏、録音を行ったデモテープを、死後CD化したもの。
雑多な楽曲が詰め込まれたデモテープをそのままCD化したものだが、後のバンド活動で発表された曲も多く、個々の曲の完成度が物凄く高いので、普通にアルバムとして聴ける。
たった一人で宅録したという点では、沖縄移住後のソロアルバムの雰囲気と共通したものを感じる。極私的な空間で制作されたこの音源を起爆剤に、その後のどんとは、文字通り広く日本〜世界を回遊し、大きく成長して、最後に行き着いた沖縄の地で、原点のアプローチに立ち返ったように見える。
POPSとして十分に完成された「魚ごっこ」「眠る君の足もとで」「さわるだけのおっぱい」などとともに、どんと特有の、無意識の領域からこぼれて来たような、怪しく「変」な音も存分に収録されている。
怖い童謡のような味わいの「おさにさん」や、じっと一人で聴こえない何かに耳を傾けているような「荒くれ男の一人言」といった曲は、まさにどんとならではの楽曲だと思う。
生前最後の公開作品となったライブ盤「サマー・オブ・どんと実況録音盤 1998」に、沖縄民謡「道三世相(みちさんじんぞう)の唄」をどんとが歌ったものが収録されている。
沖縄民謡と言えば一般には「安里屋ユンタ」「てぃんさぐぬ花」のような曲がイメージされることと思うが、色々聴いてみるとかなり怪しげな雰囲気の曲もけっこうある。
この「道三世相の唄」などはその最たるもので、どんとのカバーはたぶん神谷順公の歌ったものをほぼそのまま踏襲していると思うのだが、元歌の持つ怪しさと、どんとの怪しい物好きな持ち味が見事にマッチしている。
「道三世相」というのは、大和言葉に無理矢理翻訳すれば、「辻占い師」とか「山伏」とか「民間陰陽師」「拝み屋さん」などの概念に相当するだろう。私は沖縄言葉の歌詞を正確に理解することはできないけれども、大意で言うと、そうした民間宗教者が手を変え品を変えて客をひっかける様子をネタにしている歌ではないかと思う。
太鼓のリズムが普通の沖縄民謡ともまた違った無国籍な感じで、物凄く怪しげだ。
私は当ブログ「縁日草子」をつらつら綴ってくる過程で、民間宗教者と芸能民の根深い関係について徐々に理解しつつあるのだが、どんとのようなミュージシャンがその遍歴の果てに、こうした土俗的なモチーフを扱った民謡にたどりついていることは、非常に興味深い。
そうした傾向の萌芽は二十歳代の頃のデモテープの、たとえば「おさにさん」などにも見て取れるので、もし2000年以降にもどんとの地上の生命に続きがあったとしたら、こうした「土俗」に入りこんだ楽曲ももっと聴けたかもしれないと思う。
どんとは「音」以外にも「絵」という表現手段を持っていた。
歌詞カード等の添付イラストにその片鱗は見られるが、自伝的なマンガ作品も残している。
●「どんとマンガ」
どんとは二十歳代の頃、バンドのメンバーの部屋にずらっと並んでいた「ガロ」を読み耽っていた時期があったそうで、その影響はこの自伝的マンガ作品にはっきりと見て取れる。
技術的に「上手な」絵ではないけれども、少ない描線でちゃんと何を描いているかが伝わる「マンガの絵」になっている。私も絵描きのハシクレなのでよくわかるのだが、この「少ない線で意を伝える」というのが中々の曲者で、それができるのは生来の絵心のある人だけだと思う。
内容は一応、自伝的な体裁をとっているけれども、事実ともフィクションともつかない不思議な世界だ。おそらく「どんと」というキャラクターにとっての「まこと」であるのだろう。
絵の端々にちらちらと奇怪なイメージが出現しているのだが、上掲「原色音楽」を聴きこむと、いくつか「ああ、このことだったのか」と気付くものもある。
この本は同人誌のような作りで一般書店での入手は不可能だと思うが、公式HP内のゴマショップで、今でも購入可能のようだ。
どんとの死後、いくつかの書籍で「至近距離から見たどんと」が回想された。
●「クイック・ジャパン (Vol.30)」
どんと追悼特集。
近しい関係者の証言から構成された記事自体も読みごたえのあるものなのだが、何よりも表紙に使用されたどんとの「晩年」の写真が良い。これ一枚で、どんとが最後にはどのような境地に達していたのか感覚的にわかる気がする。
ベスト盤「一頭象」のジャケットにも同じ写真が使用されているが、どんとの背後の、おそらくガジュマルであろう樹が切れている。
背後の樹は、画面内にどうしても必要だと思うので、ファンはこの写真一枚だけでも「買い」ではないだろうか。
どんとの、最も至近距離にいたパートナーである小嶋さちほさんの著作は、どんとの「音」を聴いて、その体験を深める時、やはり大切なものだと思う。
●「竜宮歳事記 どんとの愛した沖縄」小嶋さちほ (角川文庫)
以前、カテゴリ沖縄の参考図書として紹介。
●「虹を見たかい? 突然、愛する人を亡くしたときに」小嶋さちほ(角川書店)
(どんとレビュー 終)
以上で、ささやかながら綴ってきた「わたしの垣間見たどんと」についての筆を置くことにする。
どんとの個々の楽曲、作品については、おいおい記事にしていくこともあると思う。