2011年07月23日

黒い背中のブルース

 先日、俳優の原田芳雄さんがお亡くなりになったという。
 私は原田ファンと言うには程遠いのだが、それでもいくつか心に残る作品がある。

 個人的には、なんといっても映画「どついたるねん」のサジマさん役が記憶に残っている。



 阪本順治監督と俳優・赤井英和のデビュー作として名高い名作なのだが、本物の関西弁で、とにかく喋ってボケたおす「動」の赤井と、「静」を担当する寡黙なボクシングコーチ役の原田が、対照的な演技で作品に深みをつけていた。

 当時の私はアマチュア演劇をかじり始めていた頃で、演技と言えば何よりもまず「セリフをいれること」だと思っていた。
 初歩の初歩としてはそれは全く正しいのだけれど、その段階にいる者にとっては、ほとんど何にも喋らないのに、主役クラスの存在感を示せる原田芳雄に驚愕したものだった。

 この映画の時点で、原田芳雄は50歳前後だったはずなのだが、自分のトレーニングも欠かさずサンドバッグを一人黙々と打ち続けるコーチ役を、肉体まで見事に再現していた。
 鍛え上げた背中だけが映し出されるシーンがあって、それがこの映画の核心部分にもなっていたと記憶している。

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 鍛え上げた肉体としての「背中」だけではなく、原田芳雄には「背中」を見せた演技のイメージが強くある。
 少しうつむき加減であるとか、眼鏡越しの視線であるとか、何か強い感情をそのまま表情やセリフに表すのではなく、どこか「背中ごし」に表現し続けていた印象だ。
 
 色で言えば「黒」のイメージ。
 そもそも日焼けした容貌なのだが、「どついたるねん」ではその上にちょっとホームレスっぽくもある黒づくめの衣装を身に着けていて、それがまたカッコよかった。

 味のあるブルースの歌い手でもあった。
 私は子供の頃、アニメ「あしたのジョー2」の後半主題歌「MIDNIGHT BLUES」という曲を聴いたのがきっかけでブルース好きになったのだが、それを歌っていた荒木一郎と原田芳雄がコラボで収録したバージョンがあるのを大人になってから知った。



 夜中に一人でしみじみCDを聴き込む私の頭の中では、ジョーとサジマさんがグラス片手に楽しげに歌っている映像が流れていた(笑)


 原田芳雄の遺作になった映画が、現在公開中であるという。
 タイトルは「大鹿村騒動記」で、主演・原田芳雄。
 監督は「どついたるねん」の阪本順治。
 おまけにエンディングテーマは清志郎!
 ああ、絶対面白いんだろうなあ……。

 あらすじをみると、300年続く農村歌舞伎がテーマになっているようだ。
 私は当ブログ縁日草子をつらつら語り続けるうちに、民間宗教者や民間芸能に、いわく言い難い日本文化の最深部が存在すると認識しつつあるので、そうした面からもこの映画、注目だ。
 キャストには三國連太郎の名前もある。
 作品の舞台を考えると、この人が出演しているのはそれだけで非常に納得できる。

 観たい。
 観たい。

 この「遺作」の撮影中、原田芳雄は癌との闘病中だったという。
 その脳裏に、松田優作の姿が浮かんだであろうことは想像に難くない。
 自分を「兄」と慕い、癌を抱えながら最後まで映画俳優として生きた年若い友人の姿を、どんな思いで回想していただろうか。

 もちろん、病をおして稼業を強行することだけが、正しく美しい道というわけではない。
 病状によって、人生観によっては、力を抜いてゆっくり癌とつき合ってゆく方法もあるだろう。
 それぞれの人生にとって、納得できる死に方、生き方であれたかどうか、または少しでもそれに近づけたかどうかが、大切な点だろう。

 衰えゆく肉体を抱えて、過酷な撮影ともただ黙々と戦い抜いた原田芳雄は、そうした生き方を選択し、全うできたのだと思う。

 訃報を聴き、私が好きだった「どついたるねん」での名演を回想しながら、「ああ、あれからの二十年以上を、サジマさんは最後まで一人、背中から湯気を立てながらサンドバッグを叩き続けていたのだな」と思った。
posted by 九郎 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | カミノオトズレ | 更新情報をチェックする