2011年11月26日

信長、心の友2

 世に織田信長の関連書籍は数多あり、信長ファンは星の数ほどいる。
 史実としての信長ではなく、「戦国の世に忽然と現れた近代人の感性を持つ男」という一解釈のファンが多いという傾向はあるだろう。
 特に漫画作品に登場する信長はかなりの程度、そうした解釈を下敷きにしてるのではないだろうか。
 漫画における信長像の定番と言えそうなのが、この作品。



●「信長 1 黎明の巻」工藤かずや/池上遼一(MFコミックス)
 信長ファンのニーズに徹底的に応えきった漫画と言えるだろう。
 当代随一の劇画師・池上遼一の描く信長は文句なくカッコいい。
 現在は安定期に入って、目立った変化が見られなくなった池上の絵だが、この作品執筆当時は技術的な「極み」目がけてどんどん絵が上り詰めていた時期なので、なんともいえない色気が漂っている。
 ペン画による戦国表現の、一つの完成形だと思う。
 ストーリーは一応通説に沿っており、大幅な改変は行われていない。
 大人の歴史ファンの鑑賞にも耐える仕上がりになっているし、戦国モノのゲームから興味を持って歴史小説や漫画に入る層が、最初に手に取るものとしては、それほど筋は悪くない。

 ただ、やはり20年程前の通説を下敷きにした作品なので、今読むと細部の間違いが目につく。
 とにかく「孤独で先進的でカッコいい信長像を池上遼一の絵で見せる」ことが第一の作品だと思われるで、そういう意味では大成功している。
 だから一々間違いを指摘するのも野暮なのだが、池上遼一の説得力のある絵で描写されていると、まるで全部が史実に沿っているかのように思えてくるので、再読して気付いた範囲で書きとめておく。
 
 まず何よりもいただけないのは、顕如と一向一揆を、カルト教祖と狂信的な信者のように描いていることだ。
 つりあがった太いまゆ毛で眼光鋭く、悪の秘密結社の首領のように顕如の容貌が描かれているのは、まあ良しとする。「信長と戦った高僧で、息子・教如との路線争いもあった」という要素からか、漫画の中では老人のように描かれることも多い顕如が、それなりに若く描写されているだけでもマシとは言える。
 実際の顕如は信長よりも若くて、石山合戦当時27〜37歳くらいであったとされている。(対信長強硬派の息子・教如は、石山合戦開戦時には12〜3歳)下剋上で叩き上げた戦国大名や、個人のカリスマ性だけで人を集めた宗教者とは違い、年若い頃から世襲でリーダーになった人物なので、既存の巨大な門徒組織をまとめ上げるためには「象徴型」か「調整型」であったと考えるのが順当だろう。
 一般門徒に対しては絶大なカリスマ性を発揮しただろうが、それと巨大組織運営の手腕は全く別の問題だ。

 また、一向一揆のメンバーが、ほとんど「完全に逝った目つきで念仏を唱えながら竹槍を持って突撃してくる農民」であるかのように描写している点は、まったく史実と異なる。
 当時の一向一揆の実態は、本願寺系列の寺を中心とした「寺内町」の国境を越えたネットワークで、農民や武士、とりわけ様々な職能を持つ雑多な民衆が集い、信仰によって一致協力したことが力の源泉だった。
 農具や竹槍を手にした農民だけがいくら熱狂したところで、織田軍の鉄砲の的になって死体の山を築くばかりだっただろうが(池上版「信長」にはそのように描かれている)、実際の主要な戦闘要員は農民ではなかった。強固な経済力や軍事力の裏付けがあったからこそ、信長とがっぷり四つに組み合ったまま十年以上に及ぶ石山合戦を戦い抜くことができたのだ。
 本願寺方を「狂信的なカルト集団」として描くのは、「とにかく信長をカッコよく描く」と言うことと密接に関連していると思われる。
 まともに史実を描けば、読者は伊勢長島等の一向一揆殲滅戦で、門徒衆を非戦闘員も含めて数万の単位で大量虐殺(しかも騙し討ち)したという、主人公信長の剥き出しの狂気と直面せざるを得なくなる。
 その狂気の印象を相対的に「軽い」ものにするためには、虐殺対象である門徒をより不合理に、より狂的に描くことが必要になってくる。あいつらイカレててキモいんだから全部殺さないとどうしようもないんだよとでも言いたげな感じを受ける。
 かくして信長を主人公にした漫画等では、一向宗はカルト教団的に描かれることが多くなってくるのだが、非常に安直かつアンフェアな手法だと言わざるを得ない。
 石山合戦を史実の面からみれば、狂的なカルト教祖とその取り巻きという印象は、むしろ信長とその家中の方にあてはまることが見えてくる。
 信長を「中世に時代を先駆けて現れた近代人」として描きはじめたのは司馬遼太郎あたりでないかと思うが、当の司馬遼太郎は、信長による門徒虐殺をおかしな理屈で正当化したりはしていない。「尻啖え孫市」などでは、信長の異常性はきちんと描き、当時の本願寺の教義の開明的な面についても紹介している。
 池上版「信長」では、作中に何箇所か「念仏」と「題目」を混同しているセリフが見受けられる。よくある初歩的なミスではあるが、日本の宗教を多少なりとも学んだら絶対にやらない間違いなので、こうした表記が散見されると、「ああ、原作者も漫画家も編集者も、その面の意識は低いのだな」と判断せざるを得ない。 

 今読むと、雑賀衆に対する情報不足も目立つ。
 まず「雑賀」を「さいが」と読ませている時点で良くないし、石山合戦をかなり綿密に描いた作品なのに本願寺方の主要な大将である「鈴木孫市」が作中にほんの数回、名前だけしか出てこないのも不思議だ。
 下手に「孫市」を登場させてしまうと、必然的に信長の敗戦シーンが多くなってしまうので、作中の強弱バランスが難しくなるということはあったのかもしれない。
 雑賀衆と根来衆の混同もある。
 雑賀と根来は戦国を代表する鉄砲集団で、地理的に近く、交流も深いことから混同されがちなのだが、武装した海運業者で本願寺門徒の割合の多い雑賀衆と、新義真言宗の僧兵集団である根来衆は、根本的に宗派も性格も利害も異なる。
 石山合戦期間中の雑賀衆は傭兵活動ではなく、多くは「持ち出し」で本願寺方に参戦しているが、根来衆は完全に傭兵集団として、主に信長方に参戦している。

 毛利水軍に大敗した第一次海戦だけ描いて、鉄甲船が登場して石山合戦を勝利に導いたとされている第二次海戦を描いていないのはすごく不自然だ。
 それより以前に琵琶湖で建造したとされる「大船」はきっちり絵にしており、こちらは「鉄甲船」並みの圧倒的な火力で描かれているので余計に不自然さが目立つ。
 私はこの作品を先ごろ完結したコンビニ版で再読したのだが、もしかしたら編集の関係でカットされているのだろうか? 通常版の単行本をお持ちの方は情報をお願いします!

 長篠合戦において「三段撃ち」を描写せず、むしろ「馬防柵」の効果を強調しているのは賢明だと思う。「号令による一斉射撃」の描写はまずいと思うが、長篠の勝利を「物量による守り勝ち」として描いているのは良いと思った。

 色々書いたが「漫画による信長伝」としては、良い出来の作品だと思う。 
posted by 九郎 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 石山合戦 | 更新情報をチェックする