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2012年05月10日

GUREN10

 ライフラインの内、電気は比較的早く復旧した。
 震災当時私が住んでいた阪急沿線は、それより南部にあるJR沿線や阪神沿線に比べると、被害が少ない傾向にあり、その分、電気が通じるのも早かった。
 倒壊・半壊家屋が多く、住人が別の場所に避難してしまったエリアでは、下手に通電すると火災の恐れがあるらしく、なかなか電気は復旧しなかったようだ。
 毎朝汲みに行かなければならないとは言え、水は確保してあったので、電気が通じてからは、よく親元から持ち帰った米を炊いて食べていた。
 被災地では、おにぎりや缶詰、カップ麺、袋入りのパン、紙パックのジュースの類を飲食する機会が多くなりがちだ。
 一日二日ならそういう食事が続いてもどうということはないのだが、三日四日と続いてくると、塩分や砂糖の濃い味付けがどうにも耐えがたくなってくる。
 このあたりは各自の嗜好にもよると思うが、私の場合はそうだった。
 喉が乾いたら何の味も付いていない水が飲みたくなるし、白米や食パン等のプレーンな食べ物がどうしても食べたくなってくる。
 魚の缶詰ならタレのついた蒲焼きなどではなく、サバの水煮なんかの方がありがたく感じるようになってくる。
 欲を出せば、何も味付けをしていない新鮮な野菜サラダが欲しくなってくる。
 2011年の東日本大震災以降、防災グッズへの関心が高まり、非常食の類を備蓄する家庭も多くなってきていると思う。スーパーやホームセンター等でも、手を変え品を変えて様々なものが売られている。
 私の個人的なお勧めで言えば、非常食を準備するならごく普通の生米をメインに考えるのが良いと思う。
 ご飯のパックでも良いが、けっこうかさばって重いし、火や水、電気がなければ温められないので、どうせそんなに美味くは食べられない。
 生米なら保存が効き、比較的軽いので持ち運びやすいし、最悪、生でかじっても良い。
 とくに「非常用」と限定しなくても、日常生活で米を購入するときに一袋余分に買うように気をつけるだけで、まさかのときの非常食になる。
 これは飲料水にも言えることで、ミネラルウオーターなどを買う時に、少し余分に買っておいて日々更新していけば、それだけで十分、非常時対応になるのだ。
 自然災害が起こった場合、最初の三日間ぐらいをとにかく生き抜く備えが重要で、その次の段階のことをあまり綿密に考えても無意味だ。「想定外」が常態化する場面では、その場その場で起こってしまった事態を元にやりくりするしかないのだ。
 自然災害は「快適なアウトドア・レジャー」ではないのだから、欲張ってあれこれグッズを取りそろえても、やたらに使いきれない荷物が増えるだけだ。
 飢えと渇きに対する最低限の備えを、無理なくコンパクトにまとめ、日々更新し続けるのが良いのではないだろうか。
 
 水道、ガスはなかなか復旧せず、被災地では弁当以上の食事を望むのが難しい状態が続いた。
 私の場合は、週に何度か大阪方面にバイトに出ていたので、出勤日の昼食と夕食は、まともなものありつくことができた。
 バイト先の皆さんにも本当にお世話になった。
元々貧乏な劇団員で、その上被災者になってしまった事情から、よく飯を食わせてもらったりした。
 私は神戸の被災地にあってはサバイバルに近い生活を送りながら、週の半分くらいは大阪に出て食事や入浴、排泄に関する「日常」を取り戻し、適度に息抜きをすることができた。
 震度7を経験しながらも、身体や住居の直接的な被害は免れた幸運。
 周囲の理解と助力。
 この二つの要素のおかげで、私はなんとか大震災後を無事に乗り切ることができたのだ。
posted by 九郎 at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする