2012年06月28日

GUREN12

(当ブログではカテゴリ90年代で、私自身の阪神淡路大震災の被災経験を、断続的に書きとめています。)
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 被災生活は、精神的・物質的には耐乏の日々が続いた。
 確かに不便なことは間違いなかったが、私自身は実を言うとそれほど困っているわけでもなかった。
 元々ビンボーな劇団員だったので、何も失うものがなかったことが逆に幸いした。
 震災の前後で劇的に生活が急変したわけではなく、せいぜいが「ビンボー一割増し」ぐらいなものだったのだ。
 仕事が減り、金もなかったのだが、所属していた劇団が休止していたので、時間だけはたっぷりあった。
 バイトのない日、私はあてもなく破壊された神戸の街を、ただウロウロと歩きまわった。
 この際、未曾有の大震災というものを、自分の目で見尽くしてやろうと思っていたのだ。
 今振り返ってみても、その経験は得難いものだったと思うのだが、一点だけ書いておかなければならないのは、古いビルが倒壊した時に撒き散らされるアスベストのことだ。
 阪神淡路大震災当時、アスベストに対する注意喚起はまったくと言っていいほどなかった。少なくとも私は、そのように認識している。
 私も含めて街ゆく人々はみな、マスクもなしにもうもうと埃の舞う廃墟を歩き回っていた。
 おそらく、あの当時神戸の被災地にいた人間は、一様に発癌性物質を吸い込みまくってしまったはずだ。震災から十七年、影響があるとすればそろそろデータとして出てくる頃かもしれない。
 昨年の東日本大震災では、アスベストについての警告もそれなりに出ていたと思う。福島第一原発から放出された放射性物質とともに対策が徹底されるべきで、とくに年少者には外出時の専用マスク着用を習慣づけた方が良いだろう。
 私のように後から知識だけ得たとしても、手遅れである。

 ともかく、私は破壊された街を憑かれたように歩き回った。
 ときには被災地外から神戸を訪れた知人を、案内して回ったりもした。
 当時私はバイトの関係で、建築・造園畑の皆さんと付き合いがあり、現地調査の手伝いみたいな話がちょくちょくあったのだ。
 震災後の神戸には、様々な形で現地調査に入ったり、もっと露骨に言えば、物見遊山に来ている人々がたくさんいた。
 被災者の皆さんの中には、そうした「見物人」に対して不快な思いを抱いている人も多かったと思うが、私自身は「見物でもなんでもいいから、機会があれば大震災の現場は一回見ておいた方がいい」と思っていた。
 百聞は一見にしかず。
 巨大地震がいかに都市を破壊するかということは、連日の報道を読み漁り、TV画面を何十時間と見続けても、本当の所は到底わかるものではないのだ。
 映像や写真として広く報道するには適さない悲惨な光景が、震災の現場には多数あるということもある。
 実際に被災地に身を置き、360度壊滅した街を、空撮ではなく地べたから見上げてみる。
 ほんのわずかな時間でも、現地を歩き回ってみる。
 その体験は、必ず心の中に化学変化を起こす。
 堅牢そのものに見える鉄筋コンクリートの近代的建造物が、信じがたいほど脆く崩れやすい「こわれもの」にすぎないという事実が、理屈抜きで頭に叩き込まれるのだ。
 私は今でも道を歩いていて、日常風景の中にある建造物と、震災当時の倒壊の情景が重なって見える瞬間がある。
 とくに一階部分が駐車スペースになっていて柱だけで支える構造になっているビルや、老朽化してコンクリートのあちこちが剥離している高架等を通りかかったとき、その「幻視」は起こる。そんな風景は日本中どこにでもありふれているので、つまりはけっこう日常的に「見ている」ことになる。
 もちろんそんな「幻想」が見えたからと言って、普段から一々他人にしゃべったりはしない。
 たまたま自分の被災体験について綴っているところなのでこうして文章にしているが、そうした私的な空想が、なんらかの予知能力だと主張したいわけではないのだ。
 おそらく、こういうことではないかと思う。
 住み慣れた街の、よく知った建造物が破壊されたケースを、私は震災後に敢えて見すぎてしまったのだ。
 無数のケースを驚きをもって頭にインプットし続けた結果、似たような建物や高架を通りかかったときに、震災後の風景が連想として蘇ってくるような回路が、知らぬ間に脳内に作られてしまったのではないだろうか。

 私の空想癖はともかくとして、建造物の耐震偽装が蔓延したこの地震国では、どこで何が起こるかわかったものではないことだけは確かだろう。
 街を歩く折に、少し注意深く鉄筋コンクリートの建造物を観察してみると良い。
 ひび割れ、剥離し、赤錆びた鉄筋をのぞかせた箇所が無数に目につき、背筋の凍る瞬間がいくらでもあるはずだ。
(つづく)
posted by 九郎 at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする