2012年10月26日
異界の作家が移住した異界
●「南の子供が夜いくところ」恒川光太郎(角川書店)
架空の南の島、「トロンバス島」と言う異界にまつわる短編集。
各作品間の連環は「草祭」よりやや密接で、一冊まるごとの長編という雰囲気ではないものの、連作短編にはなっている。
タカシと言う、訳あって家族と離れて島で暮らす少年と、ユナと言う女呪術師が一応作品の軸になっていて、「雷の季節の終わりに」で出てきた「穏」という隠れ里の異界との関連も、チラッと匂わされている。
作者の中で「穏」の物語はまだ尽きていないと言うことだろうか。
家族と離れた少年の物語は一応収束しているが、もう一方の女呪術師の物語には、まだ続きがありそうな気がする。
作品をまずは作品だけで楽しむために、なるべくネット等で恒川光太郎の情報を入れないようにしながら読み進めてきたのだが、先日、作者が沖縄に移住していることを知った。
異界にこだわ恒川光太郎が沖縄に移住したのは、ひどく納得できるものがある。
私は二十代の頃、アルバイトで沖縄関連の仕事をすることが多く、何度か現地にも行った。
主に那覇周辺なのだが、古い史跡や御嶽、墓地などを一日中調査して回り、夜は民謡酒場や暗い街路をブラブラと飽きもせずさまよった。
沖縄は、那覇のような都市部ですら、あちこちに「異界」の穴が空いている雰囲気が濃厚だ。
そこで見聞きした記録は、当ブログでもカテゴリ沖縄にまとめてある。
さんさんと太陽の降り注ぐリゾートとしての沖縄と並行して、ドロンと湿った空気に包まれた仄暗い「異界」が黒々と横たわっており、それは確かに恒川作品と親和性が高いと感じる。
そう言えば上掲本の舞台になったトロンバス島は、沖縄そのものではなくもっと南洋の孤島として描かれているが、沖縄を思わせるイメージが随所に描かれている。
●「竜が最後に帰る場所」恒川光太郎(講談社)
五つの短編をまとめた一冊。各作品に直接のつながりは無い。
クオリティはどの作品も相変わらず高い。
リアルな生活感の中で、ふとした瞬間に出会う微妙にずれた異界感覚の漂う「風を放つ」。
読むほどに善悪とは何なのか、答えの出ない迷宮に誘われる「迷走のオルネラ」。
これぞ恒川ワールドと言った趣の民俗的異界作品「夜行の冬」。
「擬装集合体」という一つの着想(妄想?)から始まり、そのイメージから物語を搾れるだけ搾り取ったような「鸚鵡幻想曲」。
最後の「ゴロンド」は、もしかしたら恒川ワールドを飲み込んでしまうほどの広がりを持つかもしれないと感じさせてくれる。
これで六冊読了。
アンソロジーをのぞけば、今現在刊行されている恒川作品はあと一冊。
来月には「沖縄」をテーマにした新刊が出るようだ。