しばらく前の話になるが、アニメ映画「伏 鉄砲娘の捕物帳」を観た。
一言で言うと、「絵作り」の素晴らしい映画だった。
おさえた色彩の人物と、対照的に豊かで鮮やかな色彩の背景画のバランスが絶妙で、パッと見た瞬間から感覚的に作品内の世界観が伝わってきた。
とくに印象的だったのは、やはり江戸城と吉原の風景描写だ。
そびえ立つ石垣と天守閣の江戸城は、まるで西洋の城のように鋭角的。
吉原の極彩色には要所要所にピンクとパープルが配色されて、「和」の領域はギリギリ守りながらも、異国情緒を漂わせている。
どちらも江戸風景の「写実表現」ではあり得ないのだが、これはこれで感覚的にはまっとうな表現だと感じた。
江戸時代当時の人々が天守閣を見上げた時に感じる「高さ」や、不夜城吉原を歩いた時に感じる極彩色から受けたショックの度合いを表現する場合、史実に基づいた「写実」では、超高層や極彩色に飽和した現代人の中に同様のショックを生むことが難しい。
感覚や感情を伝えることが優先されるフィクションの世界では、これぐらいやり切ってしまうことは当然「アリ」だと思う。
忘れてはならないのが、そうした派手な情景と対照的な、おさえた色彩の人物を含む、生活感あふれる下町の風景が、精緻に描きこまれていることだ。
江戸城と吉原の絢爛を際立たせるためには、絶対にこうした「生活感」の描写はおろそかに出来ない。
私がいつか描いてみたいと志している石山合戦の絵解きの際にも、大坂本願寺寺内町のめくるめく都市風景は、これくらいド派手に、そして細やかにやってみたいと、憧れるレベルで素晴らしかった。
シナリオの方は、率直に言うとやや消化不良と感じた。
原作は桜庭一樹「伏 贋作里見八犬伝」で、私はこの原作小説の方は未読なのだが、虚実のはざまを行き来する重層的な物語であるだろうことは推察できる。
今回の映画でもそれは感覚的に伝わってくるほどには再現されているのだが、主人公の少女とその周辺の丁寧な描きこみに比して、物語全体の構造はやや駆け足で流されてしまっている感じがした。
これは単純に、物語の要求する諸要素にたいして、二時間と言う尺が短すぎたということなのだろう。
前半の吉原、後半の江戸城で分割して二部作にしていればなんとかなったのではないかとも思うのだが、それも含めて、スタッフの皆さんは与えられた条件の中で最善を尽くしたであろうことは想像に難くない。
ともかく、見事な江戸の幻を見せてもらえただけでも、納得のできる映画だと思った。