作家の山本兼一さんが、今月13日お亡くなりになった。
57歳、40代半ばを越えてからのデビューだったので、まだまだこれからのご活躍が期待されるなかの訃報だ。
代表作は映画化もされた「火天の城」「利休にたずねよ」。
当ブログでも雑賀孫一に関連して作品を紹介したことがある。
代表2作に劣らぬ力作なので、追悼再掲しておきたい。
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もう一人の孫市
●「雷神の筒」山本兼一(集英社文庫)
映画化された「火天の城」「利休にたずねよ」と同じ著者による一冊。
「火天の城」は安土城築城に関わった技術者を主人公にした物語で、大名の華々しい活躍に焦点が向きがちな戦国時代小説として異彩を放っていた。
この「雷神の筒」は、織田信長の領国尾張で流通業を営んでいた橋本一巴が、商いの途中に出会った鉄砲の威力に魅せられ、やがて信長の鉄砲の師匠となり、織田軍鉄砲隊の中心人物になっていく様子が描かれている。われらが雑賀孫市も作中に登場し、主人公の手強い好敵手として活躍している。
主人公・橋本一巴は主に陸運業者として活動しているのだが、鉄砲の火薬に使用するため品薄になった塩硝を求めて旅するうちに、紀州から種子島、琉球までを股にかけて手広く海運業を営む雑賀孫市と出会うことになる。
雑賀孫市は鉄砲隊のリーダーとしての面ばかりが注目されがちであるが、実在の鈴木孫一一党は本業が海運業で、他に割のいい副業として傭兵活動も行っていたというところが実像に近いと思われる。
そうした生業を史実に近い形で描写してある作品は珍しく、孫市を扱った作品の中で最も名高い司馬遼太郎「尻啖え孫市」にも描かれていない部分である。
流通業者であり、鉄砲隊を率いるリーダーでもある橋本一巴は、いわば織田家中の「もう一人の孫市」なのだ。
中でも興味深いのは、それまで海外からの輸入に頼るほかなかった火薬の原料になる塩硝が、国内で独自に精製され、流通に乗り始める描写だ。戦略物資の調達ルートの確保が物語の核になっている所など、知的興奮を呼び覚まされる。
鉄砲戦術についても詳細で、長篠の戦における有名な「織田鉄砲隊の三段撃ち」を冷静に否定する描写があり、リアリティに徹した姿勢は読んでいて心地よい。
孫市の登場する最近作の中では白眉だろう。