2014年03月29日

マンガ表現の近未来「電脳マヴォ」

 kindleでの読書を続けている。
 amazonで提供される、著作権の切れた青空文庫の無料本や、既に所蔵していたPDF書籍が中心だが、マンガももちろん読んでいる。
 よく読んでいるのが、以前からずっとチェックしていた編集家・竹熊健太郎さんが主催するweb雑誌「電脳マヴォ」掲載のマンガだ。
 竹熊健太郎さんは1989年からスピリッツで連載されていた「サルでも描けるまんが教室」(略称「サルまん」)が代表作で、近年はマンガの近未来について極めて刺激的な発言を連発している。
 主な著作は以下の通り。


●「サルまん サルでも描けるまんが教室 21世紀愛蔵版 上下巻」相原コージ/竹熊健太郎(BIG SPIRITS COMICS)


●「私とハルマゲドン」竹熊健太郎 (ちくま文庫)
●「篦棒な人々ー戦後サブカルチャー偉人伝」竹熊健太郎(河出文庫)

 余談になるが、実は竹熊健太郎さんとはほんのわずかながら縁がある。
 2007年に月刊IKKIで短期間連載されていた続編「さるマン2.0」で、気持ち悪くてかわいいキャラクター(略称きもかわ)のデザイン募集をしていたことがあり、私の応募作も作中で紹介していただいたことがあるのだ。
 昔大好きだったマンガの続編に、一コマだけではあるけれども関与できたことにちょっと感動してしまったことを覚えている。

 その当時からずっとご活躍を追っていたのだが、最近の「電脳マヴォ」掲載作のレベルの高さ、竹熊さんの発言の過激さ、ぶっちゃけぶりには目を見張るものがある。
 一旦覚悟を決めた人間のパワーは底知れないのだ。
 マンガ好きの皆さんはぜひ一度、「マヴォ」や竹熊さんのtwitter、サイトをのぞいてみてほしい。
 ビッグネームの極上の異色短編や、新人の実験作など、いわゆる「売れ線」とは全く違った強烈な価値観に触れる絶好の機会になると思う。

 電脳マヴォ
 竹熊健太郎twitter
 たけくまメモMANIAX

 とくに、往年の「サルまん」ファンは必見である。
 何しろ、つい先ごろtwitter上で竹熊さんご本人が「マヴォはサルまん3.0である」という主旨の宣言を行っていたのだから。


 kindleという端末でマンガ読書を重ねてみて、個人的に感じたことを少しまとめておきたい。
 
 まずは端末のサイズについて。
 文字の本を読むだけならばスマホも十分使えるのだろうけれども、「絵を楽しむ」という要素があるマンガ読書には、やはり最低でも7インチの画面が必要だと感じる。
 このサイズがあれば、だいたい文庫本1ページがおさまる程度の面積が確保されているので、あちこちスクロールする必要がなく、既存の作品を読むのにもストレスが少ない。
 ただ、見開きページを一目で見るには、この画面サイズでも文字が判読できないほど縮小せざるを得ない。
 通常のマンガ本や雑誌面と同様、2ページを一気に表示させるにはそれなりの面積の画面が必要になるが、その場合は移動中でも手軽に開ける「携帯端末」という範疇からははずれる。
 「紙の本」の斜陽がいよいよ顕在化してきた昨今、今後のマンガはスマホや小型タブレットなどの携帯読書端末で閲覧しやすい形に傾斜していくのではないだろうか。
 そうなるといくつかの点でマンガの作画作法に変化が生じる可能性が高い。

 これまでのマンガ表現の主流は、B5サイズの雑誌に安価な紙質と印刷で掲載し、後に単行本にまとめられることを前提にしてきた。
 画面作りは基本的には「B5サイズでの印刷」向けになっており、それを元に原稿サイズや描き込みの度合いも進化してきた。
 日本のマンガの質的なピークであったと思われる70年代、コマ割りは4段組が基本だった。
 その後、絵柄の流行が写実的になり、作画密度が高くなってくると、3段組が主流になった。
 今の時点で携帯読書端末に表示させてみると、4段組時代の作品は、さすがに絵も字も小さすぎて読みにくい。
 現在主流の3弾組作品でも、細かな線による描き込みや、緻密なスクリーントーンによる表現は、意外と見づらい。
 線による描き込みやスクリーントーンは、紙に印刷したときにハーフトーン(グレー)を美しく出すことを前提にした手法だが、液晶画面との相性は今ひとつだ。
 また、web作品を閲覧する場合、数十巻に及ぶような長編作品は、掲載も閲覧も難しい。
 せいぜい数十ページまでの短編や、最大でも単行本一冊程度までがストレスなく読むことのできる「ほどよい長さ」ということになると思う。

 日本のマンガが主にモノクロであることや、数十巻に及ぶ大長編作が多いことも、全て「安価な印刷の紙の本」という大前提があってこそだ。
 もっと言えば、「ページ」という概念そのものが「印刷された紙の本」を前提にしている。
 web配信して液晶画面で見るだけで完結し、間に「紙への印刷」を挟まないならば、モノクロである必要はないし、全く違った原稿作りの作法が生まれてくるだろう。

 web配信と紙の本への移行を両立させるなら、だいたい以下のような形に落ち着くのではないだろうか。
●原稿は基本的に3段組で、見開きは多用しない。
●線やトーンによる描写はなるべくシンプルに。カラーでもOK。
●短編がベター。長くても単行本一冊〜数冊程度。

 既存の作品でイメージするなら、ちょうど貸本マンガ時代の段組や作画密度が適当になってくるかもしれない。

 また、以下の点も将来的には重要になってくるかもしれない。

●翻訳して海外への配信も視野に入れるなら、「横書き、左開き」で最初から制作する。


 以上、現時点での覚書として残しておく。
posted by 九郎 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 電脳覚書 | 更新情報をチェックする

2014年03月30日

耳なし芳一

 長らく放置しながらもずっと気にかかっているカテゴリ「琵琶法師」である。
 kindle無料本で、小泉八雲「耳無芳一の話」を再読して、久々に記事投稿できそうなテンションになった。


●「耳無芳一の話[Kindle版]」小泉八雲(著) 戸川秋骨(翻訳)

 kindle他の読書端末がない場合でも、小泉八雲の著作は青空文庫に収録されているので誰でも読める。

青空文庫 耳無芳一の話 

 この作品は、重層的な構造を持っている。

・まず、日本の中世〜近世に実在したはずの、逸話の元になった琵琶法師の存在。
・それが語り伝えられる間に「耳のない琵琶法師」の物語として、いくつかのバージョンに収斂される。
・小泉八雲という個性が、異邦人の視線で再話する。
・その文章が再度、日本語に翻訳される。

 こうした成立過程の、とくに再話の段階で、物語には自身も左目の視力を失っていた小泉八雲による「心優しい改変」が行われているようだ。

 この「耳なし芳一」という物語には、盲目であるということにまつわる、日本での神話的なイメージが集約されている。

・聴覚に優れ、気配を鋭敏に察知し、この世のものならぬ音(声)を聞くことができる。
・音曲や治療行為に関して才を持つ。
・そうした異能で迷える霊を鎮魂することができる。
・その名に「〜イチ」という符丁を持つ。

 こうしたテーマについては、以前にも紹介した以下の本に、詳しい解説がある。


●「琵琶法師―“異界”を語る人びと」兵藤裕己(岩波新書) 

 
 私が「琵琶法師」というテーマに心惹かれるのも、おそらく幼児のころ弱視であったという原風景が関係していると思う。
 幸い私は周囲の助力で視力回復に成功し、中高生の頃には左右の視力のアンバランスこそ残ったままだったが、かなり「視える方」になった。
 それから長らく視力には不自由しない人生を送ってきたのだが、そろそろ年のせいか文字の小さな文庫本などは避けたくなってきた。(まだ読めることは読めるのだが……)
 元々遠視だったので、老眼は早いのではないかと言われていた。
 これから私は、ゆっくり「視えない」という原風景に還っていくのだろう。
 別に何かを失うわけではない。
 元いた所へ戻るだけだ。

 最後に、以前描いていた「耳なし芳一」のイラストをアップ。

biwa01.jpg
posted by 九郎 at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 琵琶法師 | 更新情報をチェックする

2014年03月31日

久々にやってもた!

 例の腹痛である。
 軽めのものは何度かあったが、これほど酷いのは約3年ぶりだ。
 このタイプの腹痛は、過去にもう何度も何度も繰り返してきている。
 要するに季節の変わり目等で疲労やストレスが重なると、身体の免疫力が低下して、普段抑えられている胃腸の細菌やウイルスが暴れだすということだ。
 睡眠を確保すればほぼ大丈夫とわかっているので、そこそこ気をつけて回避できるようにはなってきていたのだが、今回はまったく前触れなく激しい症状が出たので驚いた。
 朝食事は何ともなかったのだが、食後急激に腹痛が出て嘔吐を繰り返し、あとは坂道を転がり落ちるように体調が悪化して脱水症状になった。
 夕方頃なんとか動けるようになったので、近所の病院で点滴を打ってもらって事なきを得た。
 普段ほとんど医者に行かず、薬も使わないので、たまに使うとよく効く。
 
 まあ、振り返ってみると「ダウンするには今日しかない」というタイミングだったことが、なんとも私らしい。
 前後一日ずれただけでまずかったのだから、自分の身体の「けっこう空気を読む」体質に感謝し、せいぜいいたわらなければならない。
 色々シフトが変わり、ストレスや疲労の溜まりやすい年度初めは、生真面目で完全主義な人間ほど、意識的に「のらくら」過ごすことが肝要だ。


 花粉症はびっくりするほど軽く済んでいる。
 例年3月末〜4月上旬と言えば「地獄」と言っても過言ではなく、VCの大量摂取が欠かせなかったのだが、今年は軽めの症状が出ているものの、対処が必要なレベルではない。
 私史上最悪だった昨年より飛散量自体が少ないということもあるだろうけれども、私の花粉症歴二十年ほどの間にこれほど軽く済んでいるのは初めてだ。
 この程度で済むなら、「ついに花粉症克服!」と言っても差し支えないだろう。

 考えられるのは、この一年弱続けている、ゆるめの糖質制限が効いているのではないかということだ。
 体重の方は減量開始から約9キロ減。
 目標は一年で10キロ減らし、二十代前半の体重に戻すこと。
 後一カ月で1キロなので、なんとかクリアーできそうだが、さすがに中々減らなくなってきた(笑)
 何かを我慢するタイプのダイエットではなく、食習慣自体を変えてしまう手法なので、のんびり構えていればあと3〜4キロほど落ちて体重が定着するのではないかと思う。
 そうなるとほぼ高校生の頃の体重になる。

 まあ、ともかくあと1キロ。
 あとはのんびりこのままの食習慣で。
posted by 九郎 at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 身体との対話 | 更新情報をチェックする