2014年03月14日

パワーバランスとしての「心情左翼」

 今週はじめ、期日前にちょっとだけ余裕を持って確定申告完了。
 私にしては上出来である。
 絵描きなのでこーゆー公的な書面作成は最も苦手としている。
「絵描きなので」などと書くと他の絵描きの皆さんに失礼だと思われるかもしれないが、さにあらず。
 私の知り合いの絵描きは軒並みこの時期渋い顔をしている。
 絵描きにしては性格的にかなりきちんとしており、諸事卒なくこなす人であっても、公的な書面作成の場面になると急にそわそわしだしたり、書き損じなどの普段考えられないミスを連発したりする。
 私の中では、自分も含めて「絵描き=根本的にはダメ人間」という公理が抜きがたく存在する。
(もし、自分は絵描きだが公的手続きも平気だという人がいたらゴメンナサイ!)
 そもそも、こうした公的手続きがきちんとできる人は、絵を描くなどというなんの益にもならぬ行為に手を染めたりしないのではないか。
 そんな無駄な時間があれば、他にもっと実利的なことをするのだろう。
 能力の問題というよりは、性格の問題なのだ。
 私も国税のHPでの書面作成作業自体は、一旦はじめてしまえばなんとか完遂する事はできる。
 問題はその作業に取りかかるまでに要する、ぐずぐずだらだらした膨大な逡巡の時間である。
 年末から1月にかけて、確定申告に必要な書類が徐々に送付されてくると、ちょっと浮き足立ってくる。
 期日が迫ってきてもうこれ以上延ばせなくなってきてはじめて、一念発起して書類と向き合う。
 この十年ほどは確定申告用のソフトを使ったり、国税のHPの文書作成フォームを利用することにより、心理的肉体的圧迫は大幅に低減された。
 それでも作業開始直前には「うら〜ら〜ら〜ら〜〜〜!」などと意味不明の雄叫びを上げながら、ともすれば萎えそうになる心を奮い立たせてことにあたる。
 アホである。
 ただ、「税」に関する手続きへのこうした心理的抵抗は、持っていることこそが真っ当であるとも考えている。
 健康保険料や年金を含めた「税」は、本質的には893のミカジメ料と何ら変わることはない。
 法的な裏付けがあるかどうかだけの違いであって、身銭を切った分以上の「見返り」が保証されなければ、たやすく「徴税」は「恐喝」と化し、納税意識が低くなるのは当然のことだ。
 年金などは構造的に破綻することが織り込み済みなのに、安くない金を「合法的に」強制徴収されているのだから非常に悪質である。
 また、徴収された税金が湯水のように史上最悪の公害企業である東電救済に注ぎ込まれ、原発再稼働が画策される現状には反吐の出る思いもする。
 893のことを「反社会」とレッテルをはるのが最近の報道の定番だが、実際のアウトローは社会の矛盾にぶら下がる程度のことはできても、社会それ自体を破壊するほどの力は持ちえない。
 本当に社会が破壊されるのは、「合法的な官」が腐敗した場合だけである。
 国を破るのはいつの時代も「法」と「官」なのだ。

 この時期になると、「左翼マンガ」と表現される作品を読みたくなる。
 青木雄二「ナニワ金融道」、中沢啓治「はだしのゲン」、白土三平「カムイ伝」などなど。
 何かと短絡的なレッテルを貼られがちな作者たちだが、私にとってはいくつになっても感覚的にフィットする大切なマンガ作品だ。
 主張は左翼的でありながら、作者自身は左翼組織とはまったく馴染めない一匹狼気質であり、あくまで地べたを這いずる個人として語り、闘い抜いてきたことも共通していて、そんなところがまた良い。
 弱肉強食、経済格差の広がる今の日本には、「弱きを助け、強きを挫く」という素朴な心情左翼の感性が、パワーバランスとしてもっともっと必要だと思うのだ。


●「ゼニの人間学」青木雄二(ロング新書)


●「はだしのゲン自伝」中沢啓治(教育史料出版会)


●「白土三平論」四方田犬彦(ちくま文庫)
posted by 九郎 at 09:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする