2014年12月20日

剣術と劇画、奇跡のフュージョン

 年末年始にかけて、まとまった分量の本やビデオ等の鑑賞を考えている人も多いと思うので、いくつかお勧めの作品を紹介していきたいと思う。
 まずはごく最近作の中から掘り出し物を一つ。


●「剣術抄1、2(完結)」とみ新蔵
 超ベテラン劇画師による異色の剣術ものである。
 「月刊コミック乱」連載で、私は当初この雑誌を「雑賀六字の城」という作品目当てに読んでいたのだが、途中からこちらの作品の存在感がどんどん増してきて、「六字の城」連載終了後も「剣術抄」が楽しみに雑誌を読み続けるはめになった。
 剣術をテーマにした作品は星の数ほどあるけれども、この作品の特異さは、劇画師自身が「術理としての剣」に熟達している点にある。
 時代・歴史小説家が剣道や居合いの有段者であったり、砲術を修めて作品にリアリティを持たせている例はけっこう多いが、本作の著者とみ新蔵の場合、そうした「現代武道」とはまた違うアプローチの「術」の実践者である。
 連載中から「甲野善紀さんの言説と共通点があるな」と感じていたのだが、あとがきによれば、やはりその流れを汲んでいたようだ。
 小説であればその表現法の特性として、「心・技・体」のうち、やはり「心」の部分の描写に傾斜しがちになるのだが、実践剣術と超絶画力の両方を身に付けた劇画師の手にかかれば、「技・体」の部分に関しても存分に描き尽くすことが可能になる。
 かくして空前絶後、地味と言えばとんでもなく地味なテーマながら、これまで見たこともないようなスーパーリアリズムによる剣術劇画が誕生したのである。
 文字通り皮一枚の差が生死を分ける、ミリ単位、0.1秒単位の間合いの攻防、体捌きの妙が迫真のペンで描ききられている。
 そこには漫画的な「絵になる」大技・美技は何一つ登場しない。
 あとがきによると、テーマの地味さについては著者ご自身も自覚していたようで、担当編集者とも相談の上「様子見」しながらの連載開始であったらしい。
 作品前半に見られる「お色気」や「SF的設定」も、そうした「様子見」の一環であったのかもしれないが、全てメインテーマの「術」の描写に繋げていき、連載を軌道にのせた手腕はさすが超ベテランの貫禄だ。
 一見エッセイ風にすら見える飄々とした趣の作品だが、文字や映像による剣術描写の、掛け値なしで一つの極北と言えるのではないかとすら思う。
 もちろん雑誌連載のエンタメ作品なので、とくに武術経験のない人であっても、何が「剣術」のリアルであるかという面白さは十分に読み取れる内容になっているはずだ。
 しかし、この作品の凄みは武術を「やる方」の読者により強く感じ取れるはずだ。
 私も一応スポーツ剣道の段位を持っており、甲野善紀さんの著作を参考に自分なりの歩き方などを練ってきたのだが、もっと本格的に「やっている」人であれば更に興味深く読めるのではないかと思う。
 もっと言えば、武術を文字や絵で「描く方」の人にとって、鋭利な剣先を突きつけられるように感じられるかもしれない。
 
 2014年発表の漫画の中では、縁日草子イチオシ作品である。

 更に付記しておけば、とみ新蔵先生の実兄で、こちらも超絶画力を誇る劇画鉄人・平田弘史先生の作品も、私のお気に入りサイトである電脳マヴォでいくつか無料公開されている。
 凄絶という言葉がこれほど似合う作家・作品は他になく、時間があれば必見である。
posted by 九郎 at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする

2014年12月27日

「突破者」を読む20年

 ここ数年、90年代によく読んでいた著者、著作を再び手にとる機会が増えている。
 一つには、2010年代今現在の世相が、90年代にかなり似ているのではないかという、個人的な感覚がある。
 もう一つは、90年代の若者であった私がかなり背伸びし、つま先立ちで読んでいた本の内容が、ようやく地に足のついた理解レベルに達してきたような気がすることもある。

 90年代当時、私が最も傾倒していた書き手の一人が、今回紹介する突破者・宮崎学である。
 ちょうど著作が文庫化されているのを書店で見かけ、再読した。


●「談合文化 日本を支えてきたもの」宮崎学 (祥伝社黄金文庫)
 「談合」という言葉からプラスイメージを感じる人は少ないだろう。
 ヤクザ紛いの悪徳土建業者が共謀し、公共事業の受注価格を不当に吊り上げて暴利を貪っている。
 排除されるべき前近代的な陋習であり、法的に規制して透明化、健全化することは絶対的に正しい。
 そんなイメージが一般的であろうし、かくいう私も何の疑問もなくそのように理解していた。
 そして実際に2000年代初頭から始まる小泉構造改革の一環として公共事業の抑制、談合行為の法規制が進み、一般競争入札が徹底されて十数年が過ぎた。
 その間、地方の土建業界では何が起こったか?
 全体に縮小した公共事業の受注を求めて中央のゼネコンの地方進出が激しくなり、過当競争でダンピングが横行するようになった。
 地方経済を下支えしてきた各地の土建業は疲弊し、それまで地元の一員として協力を惜しまなかった災害復旧にも支障を来すようになり、品質、安全性、職人の技術継承もいまや崩壊の危機にある。
 小泉改革の弱肉強食の負の側面が、もろに牙を剥いた形になっている。
 談合とは本当に排除すべきものだったのか?
 そもそも「談合」という言葉の語源が中世のムラの自治的な話し合いを指しており、土建業界の談合もその流れを汲んで、地元を構成する一員としての責任を果たすための互助的、自治的な機能を持っていたのではないか?
 官製談合のような明らかな汚職と、業界の自治的談合は分けて考えるべきだったのではないか?
 これからの地方再生には、そうした「談合文化」の復活にこそ活路が残されているのではないか?
 
 このように、報道などで無批判に流布される「定説」に対し、アウトローの立場から一時停止をかけ、その根本から実例を挙げて反証していく痛快さが、宮崎学の真骨頂だ。

 宮崎学は敗戦直後の昭和20年、京都伏見の解体屋稼業ヤクザの親分の家に生まれた。
 ちょうど私の親の世代に当たる。
 長じて早稲田大学に進学してからは学生運動に身を投じ、共産党のゲバルト部隊を率いる。
 その後、トップ屋などを遍歴し、京都に帰って解体業を継ぐようになる。
 ヤクザでありながら住民運動や組合活動にも手を貸す変わり種であったが、京都はもともと戦前からアウトローと左翼活動家の距離が近い土地柄でもあった。
 著者が世間的に最も注目を集めたのは、グリコ森永事件の最重要参考人「キツネ目の男」として容疑をかけられたことだろう。実際、あの有名な似顔絵は、宮崎学本人をモデルに描かれたという説もある。
  警察との徹底抗戦の結果、アリバイは崩されず逮捕には至らなかったのだが、稼業は大きなダメージを受け、後に倒産。
 バブル当時は地上げなども手掛け、96年、その特異な半生を綴った「突破者」で作家デビュー。
 私はその最初の一冊から熱狂的なファンになり、現在までに著作の9割以上は購読しているはずだ。
 以下に、私の思う宮崎学の主著を紹介しておこう。


●「突破者〈上下〉―戦後史の陰を駆け抜けた50年」宮崎学(新潮文庫)
 作家は処女作に全てがある、とはよく言われることだが、宮崎学の場合もやはりこの一冊がもっとも面白い。
 「アウトロー作家」というよりは、本物のアウトローがシノギの一つとして作家活動をしているスタンスがなんとも痛快で、後に多くの著作で展開される問題意識の全てがこの一冊に濃縮されている。
 宮崎学の著作未読であれば、この作品からがお勧め。


●「突破者 外伝――私が生きた70年と戦後共同体」宮崎学(祥伝社)
 処女作「突破者」の世界を、20年近く経った今の年齢で改めて振りかえる一冊。
 最初の一冊は自伝でありながら血沸き肉躍る活劇だったが、最近作はまた違ったアプローチになってきている。
 出自である伏見の最下層社会に対する視線は限りなく優しく、民俗学の領域とも重なる。
 かなり落ち着いたトーンで、著者の同世代に対しては「まだやれることがあるだろう」と語り、下の世代に対しては「もっと自由に好き勝手をやれ」と呟くような、なんとなく「死に仕度」を思わせる雰囲気があるが、気のせいであってほしい。


●「近代の奈落」宮崎学(幻冬舎アウトロー文庫)
 明治以降の部落解放運動についてのルポ。
 取材の過程で自身のルーツとも向き合う。


●「近代ヤクザ肯定論 山口組の90年」宮崎学(ちくま文庫)
 紹介済み

 当ブログでは他にナニワのマルクス・青木雄二との対談本を紹介したことがある。

 年末年始の読書に、ガツンとした歯応えを求める人に捧げる。
posted by 九郎 at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 縁日の風景 | 更新情報をチェックする

2014年12月30日

ブログ開設9周年!

 年末年始に向けにもう少し本の紹介などしたかったのですが、なんだかんだでバタバタしてしまいました。

 本の紹介と言えば、今年は特設ブログ放課後達人倶楽部も開設したのでした。

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 そちらのブログでは第二回角川つばさ文庫小説賞、二次選考通過作「図工室の鉄砲合戦」を全編アップしています。
 残念ながら最終選考4作品には入れませんでしたが、現時点での私・九郎の自己ベスト作品だと自負しておりますので、よろしければ覗いてみてくださいね。
 特設ブログでは今後も児童文学系の作品を公開していく予定ですので、乞う御期待!

 ともかく、本日でブログ「縁日草子」開設9周年です。
 開設当時から覗いていただいている皆さんも、たまたまなんらかのキーワードでたどり着いた皆さんも、ありがとうございました。

 2014年も多くの著名人がお亡くなりになり、そうした訃報について折々記事にしてきました。
 中でも絵描きとしての私がもっともショックだったのは、H.R.ギーガーさんが5月にお亡くなりになったことでした。
 ギーガーさんは、映画「エイリアン」のデザイナーとして有名で、エアブラシを使い、生物と機会が融合した特異な画風は、世界中の絵描きに衝撃を与えました。
 80年代頃に絵やイラストを志して、直接・間接の影響がない人はいないのじゃないかというくらい、一世を風靡していた記憶があります。
 私の場合、今の絵柄の中にあまりギーガー的要素は残っていませんが、あるいは以下の一枚あたりにその痕跡が見えるかもしれません。
 以前にも紹介した五秘密曼荼羅をテーマにイラスト化したものです。

gphimi001.jpg


 今年の投稿はこれでおしまいになると思います。
 皆様、良いお年を!
posted by 九郎 at 11:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする