多忙に付き、ちょっと更新が滞っている。
つなぎにくだらない雑談を。
猿とはいずれ決着をつけなければいけないと、常々考えている。
子供の頃、猿に泣かされたことがあるのだ。
野生のニホンザルの群れがいる山に、見物に行ったときのこと。
餌場では安全のため人間の方が檻に入る仕組みになっていて、子供心に面白かったのを覚えている。
檻の中には豆の自動販売機があって、外に群れている猿に檻の隙間から餌をやることができた。
小学生の私は近くに寄ってきた子猿が可愛くて、その子ばかり贔屓して豆を与えていた。
私の依怙贔屓に腹を立てたのが、すぐ近くにいた大人の猿だ。
歯を剥き出してキーキー言いながら、突然フェンスの隙間から手を伸ばし、しゃがんでいた私の髪の毛をつかんで引っ張り回した。
痛さというよりは驚きと恐怖で、私は不覚にも泣いてしまった。
あれからン十年。
いつか復讐してやると誓ったものの、いまだ果たしていない。
たまに思い出しては、どのように決着を付けてやろうかと、あれこれ妄想する。
私は執念深いのだ(笑)
そもそも、当の猿はもうとっくに死んでいるだろう。
長生きしたものが勝ちという尺度なら、私は既にリベンジを果たしていることになる。
しかし、まだまだそこまで成熟、達観した精神は持てていない。
いい年こいて、私の精神はいまだ猿並みである。
記憶の中の猿と同程度の大きさの個体と、一対一で相対して猿を圧倒することができば、猿並みの私の復讐心は一応癒されるだろう。
ただ、本当に闘ってしまったら、猿には到底敵わない。
人間の戦闘能力は野生生物とは全く比較にならない。
たとえ武術の達人であっても、技術や身体能力で猿を制圧することは不可能だ。
できることは、見た目の体格差でビビらせて相手を逃走に追い込むことだけだろう。
勝利のヒントは、以前大道芸で見かけた猿回しの人の、猿の叱り方にある。
叱られて逆ギレした猿が、歯を剥き出して反抗すると、若い芸人さんが、
「猿みたいな顔すな!」
と大声で怒鳴り付けながら、手近なもので地面を叩いて大きな音を立て、制圧していた。
ポイントは猿を圧倒する気迫と、大きな物音だろう。
いずれ決着を付けに、あの山へ行く。