2015年12月26日

UFO

 夢を見た。

 中学生の中でおれだけ大人なのだが、なんとかバレずに潜入している。
 これからも決して見破られないように、隠密行動をとらねばならない。
 一見中学生でも中身は大人なので、機密保持もお手の物だ。
 中学生当時果たせなかった無念の作戦を、今何としても遂行するのだ。

 授業の終りのチャイムとともに、おれは階段を駆け上がる。
 最上階に重要な秘密が隠されているはずだ。
 しばらくすると昼礼のサイレンが鳴る。
 全校生徒は即刻、前庭に集合、整列しなければならない。
 少しでも遅れると、体育教師に殴られたりする厳しい学校なのだ。
 しかし大人のおれには何ほどのこともない。
 生徒や教師が校舎から出払った今こそ、絶好のチャンスなのだ。
 階段を駆け上った果ては、校舎外側に張り付いた非常階段につながる。
 更に上ると、校舎の隙間に非常階段は入り込み、中空の頼りない梯子のような状態を進まなければならなくなる。
 最後の最後には、下からはちょうど死角になる校舎の壁に位置する、底の抜けた箱のようなコンクリート付属物に到着する。
 おれは忍者のように手足を突っ張りながらコンクリートボックス内部に入り、下界の様子をうかがう。
 そこからは、校舎の裏手にある広い池を、一望の元に見渡すことができる。

ud10-01.jpg


 しばらく見ていると、茶色に淀んだ水面を、何かが小石で水を切るように跳ねている。
 よくよく見ると、手の部分がトビウオのようになった小さな亀だった。
 一匹しかいないようだが、水面を自由自在に跳ねまわっている。
 このような珍しい生物を捕まえなければ一生後悔するに違いない。

ud10-02.jpg


 おれは思い切ってコンクリートボックスから飛び降りる。
 ふわりと落下の快感があった後、おれは水しぶきをあげて池に突っ込む。
 池はさほど深くなく、膝あたりまでしかなかった。
 跳び亀はどこに行ったのかと見まわしたが、水音に驚いたのか姿が見えない。
 仕方がないので池を出て、薄暗くなった山道を奥へと向かう。
 木々の間を何か光るものが飛び回っている。
 よく見ると直径二十センチくらいのUFOだった。
 今度こそ捕まえようと、UFOを追って更に山奥へと進む。
 途中、なんだか両手がむずむずするのでUFOの灯りに照らしてみると、デカい蝉のような嫌な虫が、何匹も何匹もおれの指先に管を突っ込んで中身を吸っていた。

ud10-03.jpg


 おれはゾッとして、そいつらを一匹ずつ引きむしり、地面に叩きつけて踏みにじる。
 しかし、指先に差し込まれた管だけは、抜けずにそのまま残っていつまでもズキズキ痛んだ。
posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2015年12月27日

漫画「センゴク」シリーズ

 そろそろ暮れも押し迫ってきた。
 12月中続けてアップしてきたカテゴリは一旦小休止。
 まだまだネタはあるのだが、夢についてあまり思い詰めると、消耗したり厭世的になったりするので、休み休み行く。

 年末年始のお休みに何かまとまった読書をと考えている人も多いと思う。
 縁日草子的推薦図書を紹介しておきたい。
 今回はヤングマガジンに現在も連載中の人気戦国漫画「センゴク」シリーズ(宮下英樹)を取り上げる。

 このシリーズは、織田軍羽柴(木下)家中の仙石権兵衛を主人公とし、その視点と成長を通じて戦国合戦や統治の在り方を描くという構図を持っている。
 作者自身も率直に語っているが、連載開始当初は戦国時代についての知識はほぼ白紙に近い状態だったそうで、作品も「戦国時代に舞台を借りた青春もの」と言った趣が強かった。
 しかし連載が進むにつれ、この作品は、おそらく作者自身も予想しなかった進化を遂げる。
 商業誌の週刊連載という日本特有の過酷なシステムは、数限りない淘汰の中で、時として極少数の作品と作者に「大化け」を促す。
 主人公のセンゴク少年の成長とともに、作者の「戦国」への認識は広まり、深まり、作品は恋のロマンスも含めた青春物語という器に収まりきれずに、堂々たる合戦絵巻へと変貌する。
 
 その時点でも質的に申し分なかったのだが、作者の貪欲な知的欲求はさらなる高みを目指し、作中で描かれる戦国武将の所領の広がりと同期して、描かれる内容は進化する。
 拙ブログでは以前battleとwarという記事の中で、局地戦(battle)と、より大局的な戦争(war)の違いについてまとめたことがある。
 その分類を当てはめるならば、作者の関心は主人公の青春物語からbattleへ、そしてwarや国の統治の在り方そのものへとじわじわ拡大していったのだと思う。
 入り口が青春物語であったことは、この作品にとってベストだった。
 連載開始当初から「統治の在り方」では、一部のマニアしかついていくことができない。
 長期連載に必要な読者数を確保し、読者とともに成長することで、ここまでのレベルの戦国漫画を、毎週読めるという奇跡を起こすことができたのだ。

 このシリーズは以下のような構成になっている。

 第一部「センゴク」全15巻
 第二部「センゴク天正記」全15巻
 第三部「センゴク一統記」
 第四部「センゴク権兵衛」(最終シリーズ 現在連載中)

 外伝「センゴク外伝 桶狭間戦記」全5巻

 特に第二部以降は、大人の歴史小説ファンを十分満足させ得るものになっている。
 拙ブログでこだわっている石山合戦についていえば、「天正記」で描かれる顕如上人や雑賀衆は、主役クラスの信長とは違う価値観を叩きつける存在として、非常に魅力的に描かれている。
 この作品を特徴付けるのは、描かれるどの合戦でも、勝者よりむしろ敗者の方の理に重点をおき、決め細かに感情移入して描く姿勢なのだ。
 あえて難を言えばこの作品、作者の興味の持ち方にかなり濃淡があって、凄まじくきめ細かに描かれる人物・事象がある一方で、歴史上かなり重要な人物・事象があっさりパスされてしまうことも多々ある。
 期待して連載を追っていたファンとしては、思い入れのある人物やエピソードがあっさり流されると、ちょっと残念な気がする。
 石山合戦については、第一次、第二次の木津川合戦などの水軍の描写が抜け落ちていることや、教如上人が本願寺退去のあたりで少ししか登場しないことなどだ。
 ライブ感覚重視の週刊連載マンガなので、ある程度ムラが生じるのは、まあ仕方がない。

 長大なシリーズの中から今回お勧めするのは、コンパクトに作品の魅力が凝縮された外伝「桶狭間戦記」だ。



 若き日の信長の青春の彷徨も、津島という魔都で発達した貨幣経済も、今川家の先進な法による統治も、謀略も局地戦も全て叩き込んだ、流し読み不可能、歯応え抜群、特濃の全五巻である。
posted by 九郎 at 00:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする

2015年12月28日

平田弘史「薩摩義士伝」

 縁日草子的推薦図書、第二弾である。 

 しばらく前にコンビニに立ち寄ったとき、劇画家・平田弘史先生の「薩摩義士伝」が廉価版で並んでいて驚愕した。
 上中下の全三巻。
 内容も絵柄もおよそ「コンビニエンス」という言葉とは対極にある超絶劇画である。
 店内の風景から完全に浮いている。
 同じ漫画本棚内のさいとうたかを作品や「バキ」シリーズと比べても、まだ浮いている。
 実弟のとみ新蔵先生や、ケン月影先生あたりの本が近くに並んでいれば、ようやく座りがよくなる。
 平田弘史先生についてはこれまでにも何度か取り上げて来たが、まだ読んだことがないという人は、竹熊健太郎さん主催のweb雑誌電脳マヴォで、いくつかの作品が無料公開されているので、是非ご一読を。
 どれを読んでみても、あまりに凄絶過ぎる絵柄、作風に目を見張ることになると思う。

 また、作品以上に面白いのが、平田先生ご自身の過剰なお人柄だ。
 同じく竹熊健太郎さんによる訪問記が素晴らしすぎる。
 先生自身の手による公式サイトも必見である。

 これらの無料閲覧サイトを覗くだけでも腹がはち切れそうになること請け合いなのだが、今回はとにかく「薩摩義士伝」の紹介である。
 凄絶を極めた長編平田作品で、年末年始のまったりした空気をぶち壊すのもまた一興だろう(笑)

 物語は、薩摩島津の隠然たる実力を恐れた幕府権力が、薩摩の経済力を削り落とし、血気盛んな藩士の心を折るために謀略を巡らし、無理難題を言い渡す所から始まる。
 すなわち、尾張国中から伊勢湾に注ぐ幾多の暴れ川を治水する難工事の膨大な費用と人手を、薩摩に押し付けたのである。
 元々血の気の多い薩摩武士が、これ以上ないほどの理不尽を課せられて、それでも一切反抗を許されない立場を強いられたとき、そこにはいったいどのような惨劇が現れるか。

 作者自身があとがき的な外伝の中で、以下のように述べている。

 所詮世の人の好む事件ではなく
 沈痛極まりない重苦しい事件であるだけに
 赤穂義士の様に主君の仇を討取ったという
 復讐劇の面白さもない処から
 古来より仮名手本忠臣蔵を著す戯作者はいても
 薩摩義士伝を著す人はなぜか一人も居なかった
 (中略)
 知恵を働かせて出世していく話でもなければ
 達人を目ざす武芸者の道を求めるドラマでもない
 しいたげられて反抗する反逆者のドラマでもない
 そこにあるのは
 幕府権力の圧力の下に黙々と苦痛に耐えて
 最後に自刃して果てた哀れさだけである

 このような物語が、短編連作の形で延々と繰り返されるのだが、救いが皆無というわけでもない。
 逆境に置かれた薩摩の面々は、それぞれの場で理不尽に耐えながら、ただ己の生き方だけはあくまで貫き、生き方を貫くためなら死をもいとわない。
 酸鼻を極めた生き方、死に方の中に、ぎりぎりの爽快さがちらりと垣間見え、そこにこの作品の真価がある。

 先に紹介した訪問記の中で、平田先生は以下のように激白している。

「最近はやりの、ホレ、癒しとかいう言葉があるだろう? 何が癒しだ! ふざけるな!」
「世の中そんな甘っちょろいものではない。人生は厳しいんだよ。俺はな、この世に癒しという言葉がある限り、金輪際、誰一人として癒されないような熾烈でハードな劇画を描いてやろうと思っているんだ!」

 ある程度年を食ってくると、なべてこの世は道理の通らぬことばかりであることが身に染みてくる。
 個人の力でどうにかなることはあまりに少なく、人生は負けっぱなしだ。
 だからこそ、せめて物語の中では単純な勧善懲悪であったり、痛快な義賊の活躍が好まれる。
 今回紹介した「薩摩義士伝」はそのどちらにも当てはまらない。
 しかし、どうにもならない世の中に「己の生き方、死に方を貫く」という一点で対抗するというリアリティーで、ありきたりな凡百の時代劇を超越しているのだ。
 世を変えることは困難だが、己がなすことだけは決められる。
 不自由ばかりの世の中だが、どの不自由を選ぶかを決める自由だけはある。

 ジャンルはまるで違うけれども、「ナニワ金融道」の読後感を思い出す。
 乾ききったリアリズムの果てに、それでも立ち上ってくる「情」や「人間の尊厳」を、しみじみと味わうあの感覚と似ているかもしれない。

●平田弘史「薩摩義士伝」


 現在、kindle版の電子書籍が求めやすいようなので、紙本とともに紹介しておくが、数ある平田御大の作品群の中でも最高傑作と評されるペンさばき、筆さばきは、できることなら紙本で楽しみたいところだ。
 今なら、全三巻にまとめられたコンビニ版も入手可能だろう。
 近所のコンビニを今すぐ巡るべし!

 そして作品以上に面白すぎる平田先生ご自身を知りたいならば、以下のエッセイ漫画がお勧め!


●「平田弘史のお父さん物語」平田弘史
posted by 九郎 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする

2015年12月29日

2015年、今年の一冊

 年末ということで本の紹介をしてきた。

 もう一冊、覚書にしておきたい本がある。
 今年9月に刊行された本で、書店でタイトルを見た瞬間に衝撃を受けた。
 著者名を見て即買いし、読み耽った。
 読後「これは今年の一冊になるな」と思い、ブログでも早々に紹介したいと思っていたのだが、なかなか語る言葉が見つからずにいた。
 実は今も、適切な紹介の言葉が出てこないので、ごく簡単な覚書として書き留めておきたいと思う。 


●「ふたり 皇后美智子と石牟礼道子」高山文彦(講談社)

 メインタイトル「ふたり」に表されている通り、様々な「ふたり」の関係がルポされている。
 中でも主軸になるのが、二人のミチコ、サブタイトルの「皇后美智子と石牟礼道子」である。
 皇后と、水俣の語り部にして「苦海浄土」の著者・石牟礼道子。
 立場も含め、全てが遠く隔たった二人に、いかなる関係が存在するのか?
 私は水俣と天皇家について多少の知識があったので、息を殺しながら、時間をかけて丁寧に読み進めた。
 結果、確かに二人のミチコの間には強い絆が存在すると納得した。
 それも、簡単にお互いへの敬意とか友情とか表現できるような絆ではない。
 そうした感情はもちろん含まれているだろうけれども、それはもっと激しく鋭利なものなのではないかと感じた。
 孤独な二人の幼女が、泣き叫びながら白刃を突き付け合って、それでもお互いから目を離せないでいる。
 あくまで私の勝手な想像だが、そんなイメージが浮かんでくる。
 
 今はこんな感想の断片しか書けないのだが、これからも折に触れ、読み返したい一冊になった。


 そしてこれまでに読んだ本の中から、今回の一冊と(ごく私的な捉え方として)深く関連すると考えるものを挙げておきたい。


●「黄泉の犬」藤原新也(文春文庫)


●「なみだふるはな」石牟礼道子 藤原新也(河出書房新社)
posted by 九郎 at 07:12| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2015年12月30日

ブログ開設10周年!!!!!

 なんと本日、当ブログ「縁日草子」十周年です!!

 長いようで短い十年。
 記事数1100超。
 年間平均110、月平均9プラスアルファ、週平均2以上の記事をアップしてきたことになります。
 実態はそれほど単純ではなく、私の気分のムラに従って、ながらく放置したり、怒濤の更新を行ったり様々でしたが、地味な個人ブログとしてはまずまず健闘と言ったところでしょうか。

 記事数が千を超えるとさすがに内容の把握が難しくなります。
 最近からの読者の皆さんは、カテゴリブログ・マップを参照してください。
 各カテゴリの内容紹介や、各種まとめ記事など、一応の道しるべが示してあります。

 開設当初は確かブログの流行り始めぐらいのタイミングだったと記憶しておりますが、その後各種SNSやtwitter等の様々なネットコミュニケーションの形態が登場し、流行り廃りがありました。
 現在はブログに一時ほどの勢いはなく、数あるサービスの中の一ジャンルとして定着した感があります。
 私はtwitterやスマホで常時ネットコミュニケーションをとるのが苦手で、できれば普段は誰とも「つながっていたくない」という偏屈者。
 現状の、せいぜい数百人程度の閲覧数の匿名ブログが一番居心地が良いので、今後もこの調子で続けていきたいと思います。

 今年2015年は、個人的にショックの強い訃報が相次ぎました。
 まず、90年代に面倒見てもらっていた師匠が亡くなりました。
 あの時の返事
 ガイジンさん、おはいんなさい
 本当のおわかれ

 そして阪神淡路大震災と同じ日付で、私がこれまでもっとも傾倒してきた作家である平井和正さんがお亡くなりになりました。
 語る言葉が見つからない
 守・破・離
 残り時間と完全燃焼

 10月には、私が中高生の頃衝撃を受け、写実表現の技術を身に付けるきっかけになった、イラストレーターの生ョ範義さんがお亡くなりになりました。
 魔神追悼

 記憶に新しいところでは、11月末に水木しげるさんが大往生されました。
 心の師匠が次々と

 昨年末には中高生の頃から親しかった友人の訃報があり、自分の残り時間を考えさせられたこの一年。
 一般的にはまだまだ死を想うには早いけれども、人生の残量は見えてくる、そんな年齢になりました。

 この十年で体力的にはっきり落ちました。
 糖質制限で十数キロの減量に成功し、二十歳前後の頃の体重まで戻して、おまけに長年の花粉症が劇的に改善されたのはプラス要素でしたが、視力は落ちましたし、持病の胃腸炎やぎっくり腰にはたまに苦しめられます。
 しかし年を取るということはこんなもの。
 色々できなくなるということを前提に、身体と相談しながら粘っていくしかありません。

 やるべきこと、やりたいことのどれほどが達成できるかわからないけれども、とにかくスタートだけは切っておこう。
 そう考えて、新カテゴリを作りました。
 カテゴリマンダラ
 カテゴリ

 たまには外にも討って出ようと、9月には同人誌即売会にも参加しました。
 文学フリマ大阪2015
bf0004.jpg

●「図工室の鉄砲合戦」
 特設ブログ放課後達人倶楽部で公開中の児童文学作品。
 個人的には、久々に「完全燃焼」の感覚が味わえた、現時点の自己ベスト作です。
 角川つばさ文庫の新人賞、二次選考通過作品。
 ブログではカラーイラストを添えて公開中ですが、紙の本にするために約40点の線画をモノクロ印刷向けに描き直し、文章にも少々加筆。
 A5サイズ84ページ、コピー印刷手製本。
 小学校で銃撃戦?! 地味でイケてないメガネ男子、一世一代の大勝負!!
●「怪しき夢路 〜UGLY DREAMER〜」
 カテゴリ「夢」で順次公開中の内容を、先取りして一冊にまとめたもの。
 四半世紀に及ぶ夢記録の中から、厳選した怪夢39点に、奇ッ怪イラスト75点を添付。
 夢だけに、ネット公開せず紙の本限定のネタも多くあります。
 A5サイズ60ページ、コピー印刷手製本。

 このブログを私自身の「道場」とするならば、他流試合や武者修行にあたるのが各種作品募集への応募。
 上で紹介したように、角川つばさ文庫の新人賞で二次選考まで通過できたこともありました。

 今年は第二回全国妖怪造形コンテストに参加して、入賞は逃したものの、最終選考には入れてもらえました。
 山姫の歌声

 実はこの十年の間に地方の新人賞で受賞し、出版まで行った作品もあるのですが、そちらは実名だったのでこのブログでは紹介していません。
 興味のある人はメールで。

 これからも一つでも多く完全燃焼できる作品を完成させるため、このブログでも折々途中経過を発表していきます。

 ということでこの場をかりて、カテゴリ「マンダラ」で描きたいマンダラの一つとして紹介した、胎蔵マンダラをモチーフにした100号の作品の中間報告をしておきたいと思います。
 まだようやく大まかな構図が決まったところで、完成までには最短でも1年ぐらいはかかりそうなのですが、小サイズの画像ならぎりぎり鑑賞に耐える段階になっていると思います。

mandala08.jpg


 年内の記事更新はこれが最後になりそうです。
 皆様よいお年を!
posted by 九郎 at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする