2015年12月28日

平田弘史「薩摩義士伝」

 縁日草子的推薦図書、第二弾である。 

 しばらく前にコンビニに立ち寄ったとき、劇画家・平田弘史先生の「薩摩義士伝」が廉価版で並んでいて驚愕した。
 上中下の全三巻。
 内容も絵柄もおよそ「コンビニエンス」という言葉とは対極にある超絶劇画である。
 店内の風景から完全に浮いている。
 同じ漫画本棚内のさいとうたかを作品や「バキ」シリーズと比べても、まだ浮いている。
 実弟のとみ新蔵先生や、ケン月影先生あたりの本が近くに並んでいれば、ようやく座りがよくなる。
 平田弘史先生についてはこれまでにも何度か取り上げて来たが、まだ読んだことがないという人は、竹熊健太郎さん主催のweb雑誌電脳マヴォで、いくつかの作品が無料公開されているので、是非ご一読を。
 どれを読んでみても、あまりに凄絶過ぎる絵柄、作風に目を見張ることになると思う。

 また、作品以上に面白いのが、平田先生ご自身の過剰なお人柄だ。
 同じく竹熊健太郎さんによる訪問記が素晴らしすぎる。
 先生自身の手による公式サイトも必見である。

 これらの無料閲覧サイトを覗くだけでも腹がはち切れそうになること請け合いなのだが、今回はとにかく「薩摩義士伝」の紹介である。
 凄絶を極めた長編平田作品で、年末年始のまったりした空気をぶち壊すのもまた一興だろう(笑)

 物語は、薩摩島津の隠然たる実力を恐れた幕府権力が、薩摩の経済力を削り落とし、血気盛んな藩士の心を折るために謀略を巡らし、無理難題を言い渡す所から始まる。
 すなわち、尾張国中から伊勢湾に注ぐ幾多の暴れ川を治水する難工事の膨大な費用と人手を、薩摩に押し付けたのである。
 元々血の気の多い薩摩武士が、これ以上ないほどの理不尽を課せられて、それでも一切反抗を許されない立場を強いられたとき、そこにはいったいどのような惨劇が現れるか。

 作者自身があとがき的な外伝の中で、以下のように述べている。

 所詮世の人の好む事件ではなく
 沈痛極まりない重苦しい事件であるだけに
 赤穂義士の様に主君の仇を討取ったという
 復讐劇の面白さもない処から
 古来より仮名手本忠臣蔵を著す戯作者はいても
 薩摩義士伝を著す人はなぜか一人も居なかった
 (中略)
 知恵を働かせて出世していく話でもなければ
 達人を目ざす武芸者の道を求めるドラマでもない
 しいたげられて反抗する反逆者のドラマでもない
 そこにあるのは
 幕府権力の圧力の下に黙々と苦痛に耐えて
 最後に自刃して果てた哀れさだけである

 このような物語が、短編連作の形で延々と繰り返されるのだが、救いが皆無というわけでもない。
 逆境に置かれた薩摩の面々は、それぞれの場で理不尽に耐えながら、ただ己の生き方だけはあくまで貫き、生き方を貫くためなら死をもいとわない。
 酸鼻を極めた生き方、死に方の中に、ぎりぎりの爽快さがちらりと垣間見え、そこにこの作品の真価がある。

 先に紹介した訪問記の中で、平田先生は以下のように激白している。

「最近はやりの、ホレ、癒しとかいう言葉があるだろう? 何が癒しだ! ふざけるな!」
「世の中そんな甘っちょろいものではない。人生は厳しいんだよ。俺はな、この世に癒しという言葉がある限り、金輪際、誰一人として癒されないような熾烈でハードな劇画を描いてやろうと思っているんだ!」

 ある程度年を食ってくると、なべてこの世は道理の通らぬことばかりであることが身に染みてくる。
 個人の力でどうにかなることはあまりに少なく、人生は負けっぱなしだ。
 だからこそ、せめて物語の中では単純な勧善懲悪であったり、痛快な義賊の活躍が好まれる。
 今回紹介した「薩摩義士伝」はそのどちらにも当てはまらない。
 しかし、どうにもならない世の中に「己の生き方、死に方を貫く」という一点で対抗するというリアリティーで、ありきたりな凡百の時代劇を超越しているのだ。
 世を変えることは困難だが、己がなすことだけは決められる。
 不自由ばかりの世の中だが、どの不自由を選ぶかを決める自由だけはある。

 ジャンルはまるで違うけれども、「ナニワ金融道」の読後感を思い出す。
 乾ききったリアリズムの果てに、それでも立ち上ってくる「情」や「人間の尊厳」を、しみじみと味わうあの感覚と似ているかもしれない。

●平田弘史「薩摩義士伝」


 現在、kindle版の電子書籍が求めやすいようなので、紙本とともに紹介しておくが、数ある平田御大の作品群の中でも最高傑作と評されるペンさばき、筆さばきは、できることなら紙本で楽しみたいところだ。
 今なら、全三巻にまとめられたコンビニ版も入手可能だろう。
 近所のコンビニを今すぐ巡るべし!

 そして作品以上に面白すぎる平田先生ご自身を知りたいならば、以下のエッセイ漫画がお勧め!


●「平田弘史のお父さん物語」平田弘史
posted by 九郎 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする