2016年01月10日

祭礼の夜8

 今夜は十日戎本宮。
 祭礼の夜にふさわしい、奇想の物語にまつわる本を御紹介。 


●「中世の貧民―説経師と廻国芸人」塩見鮮一郎(文春新書)
 中世の廻国芸人が街角で喜捨を募りながら説いて回った「説教節」。
 その演目の中から「小栗判官」のストーリーを主軸に、「山椒大夫」「しのだ妻」といった代表的な演目を絡めながら、奴隷、病者、芸人など中世の貧困層の生活や感情を概観する一冊。
 内容とタイトルがあまり合っていないような気がする。
 あくまで「小栗」の道行きがメインの旅ガイドのような本で、タイトルほどに固く重い内容ではない。
 文春新書からは同著者で各時代の貧困層の生活を詳述する「〜の貧民」という本が何冊か出ていてシリーズになっているようで、便宜上それに合わせたタイトルになっているのだろう。
 重い内容ではないとうっかり書いてしまったが、扱う対象はどれも現代人の心に突き刺さる。
 試みに本のオビ裏面に並ぶ言葉を引用してみると、以下のようになる。

 ◎蔓延する疫病と頻発する一揆
 ◎遊女と奴隷を確保する人身売買
 ◎生活のために放浪する賤民
 ◎合戦にともなう略奪と暴行
 ◎店を張れず、物を売り歩く行商人
 ◎障害者を使った「人間カカシ」
 ◎ホームレスや病者が流れ着く「こじき町」

 どれもかつての日本では、また世界では当たり前に見られる光景であるけれども、現代ニッポンでは表面上「あってはいけないもの」とされ、多大な手間隙をかけて綺麗に包み隠されている社会の有り様である。
 この上もなく悲惨で重い現実の中、それでもしぶとくしたたかに生き抜いてきた貧民たちの、諦念混じりの軽みがこの本の語り口の中にはあるのだ。

 ほんのひととき太平の夢、清潔で健康的な世にまどろめたこのニッポンも、儚い夢から覚めなければならない刻限が、そろそろ迫る。
 中流社会、皆保険、皆年金、稲作がなんとか支えてきた食料自給、里山、麗しの山河、みな総崩れになる世がやって来る。
 中世物語を再び開き、用意なされよ。
 庶民の感情豊かでしぶとい心性をもう一度。


●「説経小栗判官」近藤ようこ(ちくま文庫)
●「説経 小栗判官」近藤ようこ (ビームコミックス) [Kindle版]
 中世の説教「小栗判官」そのままの語り芸は、現在もう伝承されていない。
 文字化されたものや、やや表現形態の変わったものが伝わっているのみだ。
 魅力的なモチーフであることは変わらないので、現代でも「小栗」に着想を得た数々の「新作」が制作されている。
 その中でも、余計なアレンジのない、無印良品的な佳作が、このマンガ版だと思う。
 線の少ないシンプルな絵柄は、過去に制作されてきた絵巻物や奈良絵本を思わせるし、ストーリー全体を過不足なく網羅してあるのも素晴らしい。
 絵描きのハシクレから見ると、こうした原典に忠実な「我を抑えた表現」は、描き手に物凄い勉強量と実力を要求することが分かるだけに、凄みを感じてしまうのである。


●「説経節―山椒太夫・小栗判官他」(東洋文庫)
 現代語訳されていない古典原文は、普通に楽しみとして鑑賞するには敬遠されがちだが、中世以降の物語の場合、実際読んでみるとさほど難読ではない場合が多い。
 説教節もその例に漏れず、声に出して音読してみると、わりとすんなり意味が入ってくる。
 とくに上で紹介したマンガ版などを先に読んでいれば、なんの困難もなく原文を楽しむことができる。
 中高生の頃の古文漢文学習法で、色々な古典のマンガ版を読んで内容を把握し、世界観や考え方を体得しておくと、細かな文法が苦手でも読解問題は解けるという手法がある。
 この方法は、単にテストで点を取るだけに使うのはもったいない。
 古典原文を「楽しむ」ことにも、十分有効なのだ。
 説教節の文章化された名品の数々を楽しむには、やはり平凡社東洋文庫版がお勧めだ。

 
 烏帽子を被り、顔に墨を塗った美女
 長い髪を振り乱し、裾をからげ
 笹の葉に幣をつけて物狂い

 えいさらえい
 えいさらえい
 
 照手の姫に先導されるのは
 子供に引かれた土車
 一引き引いたは千僧供養
 二引き引いたは万僧供養

 えいさらえい
 えいさらえい

 その土車にのせられるのは
 小栗のなれの果て
 餓鬼阿弥陀仏
 熊野を目指して引かれます

 えいさらえい
 えいさらえい
posted by 九郎 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 縁日の風景 | 更新情報をチェックする