たまに、幼少時の記憶がぽっかりと浮かび上がってくることがある。
なぜこんなタイミングで思い出したのか、意味不明なことも多々あるが、表層意識では計り知れない何らかの繋がりがあるのかもしれない。
先日、コーヒーを飲んでいたら、いきなり幼児の頃の「臭い思い出」がよみがえってきた。
コーヒーの「香り」に刺激されたのかもしれないが、全く正反対の悪臭の記憶である。
情景からすると、幼稚園の頃のはずだ。
私は母方の祖父母宅から通える保育園に2年、幼稚園に1年行った後、自宅から通う小学校に入った。
保育園と幼稚園はさほど遠くない別の場所にあり、建物や園庭の様子が違っているので、記憶の情景からどちらのことか判別できる。
幼児の私はその日、園庭の隅にある側溝付近で遊んでいたとき、浅く流れる水の中に小さなザリガニを見つけた。
とっさに手を伸ばすと、あっさりつかまえられた。
喜んで持ち上げてみると、ぐんにゃりして全く動かない。
なんのことはない、死んでいたのだ。
がっかりした瞬間、鼻を突く悪臭が襲ってきた。
「くさっ!!」
私は反射的にザリガニを投げ出した。
水棲生物の水中死体が放つ悪臭は、凶悪である。
田舎の子供は、生育歴のどこかでそれを手酷く体験し、無闇に触ることの危険を学ぶ。
私にとってはまさにその体験の瞬間だった。
触れていたのはほんの数秒のはずだが、私の右手には腐臭がべったりと染み付いてしまった。
あわてて手洗い場に直行し、大量に液体石鹸をつけて洗い流したが、一向に臭いはとれない。
私はべそをかきながら、先生に助けを求めにいく。
「センセ〜! 手ぇくさなった〜!」
いかんせん幼児なので、状況を順をおって説明する能力はない。
「ええ? なんでそんなくさなったん?」
先生、困惑。
たしかに幼児の右手からかなりの悪臭が放たれている。
「ザリガニしんどった〜!」
「???」
記憶はそこまでである。
続きがないところから考えると、まあ、しばらくしたら臭いはとれたのだろう。
幼稚園の先生も大変である。
思い出してみると申し訳なさでいっぱいになる。
幼児に接する機会には、なるべくめんどくさがらずに話を聴くよう心がけることが、今私にできる唯一の恩返しか。。。