2016年08月06日

マンガ「はだしのゲン」関連記事集成

 本日は8月6日。
 第二次大戦中、アメリカによって広島に原爆が投下され、何の罪もない非戦闘員が大量虐殺された日である。
 核という最強最悪の兵器が、非戦闘員の大量虐殺を目的に実際に使用されたのは、今のところ人類史上で日本の広島と長崎のみ。
 しかし核兵器自体は性能を格段に向上させながら、世界中に拡散し続けている。

 毎年この時期になると、当ブログで何度か投稿してきたマンガ「はだしのゲン」関連記事へのアクセスが延びる。
 この機会に、これまでの記事を再編してまとめておきたい。
 
 
 マンガ「はだしのゲン」の作者である中沢啓治さんは、2012年にお亡くなりになってしまった。
 その何年も前から、視力が弱っていてもう漫画は描けなくなっていたことは知っていた。
 だから長らく構想中だった「はだしのゲン」の第二部、東京編がついに描かれなかったことについては、覚悟はできていた。
 それにしても、子供の頃から読み耽ってきたマンガの作者の訃報を耳にすると、強いショックは感じた。
 
 よく言われることだが、「はだしのゲン」は、作品の周囲にまとわりつく政治性によって毀誉褒貶の激しい漫画だったが、そんな雑音を超えて読み継がれるべき価値のある名作だった。
 ここに紹介されている呉智英の「不条理な運命に抗して」と言う一文に、そのことは的確に表現されている。
 以下、一部引用。
  
 私は他の場所で書いたことがある。「はだしのゲン」は二種類の政治屋たちによって誤解されてきた不幸な傑作だと。
 二種類の政治屋とは、「はだしのゲン」は反戦反核を訴えた良いマンガだと主張する政治屋と、反戦反核を訴えた悪いマンガだと主張する政治屋である。


 私も作品内に一部含まれる「政治性」は、描かれた時点の「時代の空気」みたいなものであって、そこを云々することに大した意味は無いと考えている。
 それはたとえば平安時代の文学作品に対して「方位や日時の吉凶を気にしてばかりいるのは誤った迷信である」などと批判することが無意味であるのと同様だ。
 この作品の凄みは、作者自身が実体験として潜り抜けてきた、戦中の軍国主義や原爆の惨禍、そして国が「国民の生命と生活を守る」という正統性を失った戦後の混乱期の描写が、どれも間違いなく「本物」としての質量を備えているということにあり、その点において空前絶後の漫画作品なのだ。
 それも、現実の悲惨さのみを強調するのではなく、生きるためなら罪を犯すこともいとわず、あくまで明るく「ガハハ」と笑いながら戦中戦後を駆け抜ける爽快さがあり、「生きのびる」ということに対する大肯定があるところが凄いのである。
 こうした爽快さがあってこそ、昨今の「サヨク排斥」の風潮が強いネット掲示板の中においてすら、「はだしのゲン」は根強い人気で年若い読者の心をいまだにつかみ続けているのである。

 私はネットをはじめてそろそろ十年になろうとしているけれども、その最初期に某巨大掲示板の「はだしのゲン」テーマのスレッドを読み、そのあまりのカオスぶりにのけぞってしまった記憶がある。
 何しろ書き込みの大半が広島弁で、無意味に「ギギギ…」とか「ラララ…」とか「ラわーん」とか「くやしいのう、くやしいのう」「おどりゃ、クソ森!」などのレスが連なり、それでも作品への愛情に満ちていて、たまに訪れるネット右翼的な荒らしに対しても「きたえかたがちがうわい!」と余裕の対応を返す、素晴らしすぎる雰囲気だった。
 そうしたネット住人の「悪乗りも含めた作品への愛情」は、「はだしのゲン」の公式サイトにも濃縮されて刻み込まれている。
 子供の頃、一度でも読んだことのある人なら抱腹絶倒まちがいなしの、異常な公式サイトである。
 もう一度書くけど、これ、ファンサイトじゃなくて「公式」ですよ!
 中でも、「はだしのゲン」のあらすじをAAで再現し尽くした「はだしのゲソ」は感動モノとしか言いようがない。
 作者である中沢啓治さんは作中のゲンのイメージそのままに、組織嫌いで頑固な一匹オオカミであったが、ファンに対しては限りなく寛容だったのだ。
 
 結局「はだしのゲン」は戦後の広島編までが描かれ、生き残ったゲン、隆太、勝子それぞれが東京に旅立つシーンで完結となった。
 もし続きが描かれたとしたら、ゲンはおそらくこの後も様々な苦難に遭遇しながらも、絵描きとして身を立てていったことだろう。
 少し心配なのが、隆太だ。
 願わくば、再びヤクザの鉄砲玉になってしまっていませんように……
 隆太なら、戦後広島編でも才能を発揮していた「啖呵売」の腕がある。
 あの才能があれば、たとえば葛飾柴又あたりのテキ屋の親分さんに見出されるかもしれないし、年代的には寅さんとも面識ができていたりするかもしれない。
 そんな妄想とともに、中沢先生の死を悼んだことを覚えている。

 マンガ「はだしのゲン」と、その関連書籍の主なものは以下の通り。

●「はだしのゲン」汐文社版
 他の版は表現に一部修正があるそうなので、「昔読んだものをもう一度読みたい」という場合はこれ。
●「はだしのゲン自伝」
 著者中沢啓治の自伝。「はだしのゲン」は、事実そのものではないものの、元々著者の自伝的な作品なので、描かれなかった続編をあれこれ想像するヒントがここにある。
●「絵本はだしのゲン」
 マンガ版を元に、原爆投下前後をフルカラーで再現した取扱注意な一冊。

 昔は学級文庫にも「ゲン」や「カムイ伝」などの強烈な作品が置かれていたものだが、今はもうそんなことはないのだろうなあ……
 広島の原爆資料館のマネキン人形も撤去されたと聞く。
 3.11後の日本で、今後ますます大切になってくる作品だと思うのである。
 
 この時期になると、コンビニに漫画「はだしのゲン」の廉価版がよく並んでいた。
 かなり以前から恒例化していて、確か刊行されていない年もあったと思うのだが、ほぼ毎年店頭にあった。
 昔の「週刊少年ジャンプ」掲載分の「第一部」のみが集英社から刊行されることが多かったが、続編に当たる「第二部」も中公から廉価版で出されていた年もあった。
 今年はまだ見ていないが、そろそろ棚に並ぶかもしれない。

 何年か前、学校や図書館からの排斥運動が起こったりもしているけれども、何か騒ぎが起きる度に注目が集まり、逆に本は売れ、読者は増え続けている。
 世の中にはいじればいじるほどでかくなる不死身の怪物が存在する。(やや下ネタでスマン)
 漫画「はだしのゲン」もまさにそうした生命力をもつ怪物で、焚書しようと下手に手を出せば、必ず逆効果になる。 

 色々と議論はあっても、作品が数十年にわたって読み継がれるのには理由がある
 単純に、漫画としてむちゃくちゃ面白いのだ。

 反戦反核の内容であるということは、読み継がれている理由の一要素に過ぎない。
 内容が「重要だ」という理由だけでは、多くの人はわざわざ作品を手にとったりしない。
 人は日々生きることに忙しく、いくら重要な事柄が描かれた作品であっても、その重要さだけを理由に鑑賞する意欲を持つのは、よほど真面目な人だけである。
 唯一「読んで面白い」という要素だけが、多くの読者の財布の紐を緩ませ、ページをめくる時間を割かせるのである。

 作者の中沢先生には、そのあたりのことがよく分かっていたのだろう。
 大切なことを描いているということ自体に寄りかからず、甘えず、漫画としての面白さを保持しながら、血を吐くような自信の思いを込めて作品を紡ぐという離れ業をやってのけたのだ。
 その背景にはおそらく、原爆が投下された地獄の広島を、誰にも頼らず生き抜いてきた経験があったことだろう。
 地べたを這いずる庶民の乾いたリアリズムが、作品の内容にも制作姿勢にも貫かれているからこそ、エンターテイメントとして優れた作品が生まれたのだ。

 出版不況の中、コンビニ版が毎年のように刊行されたのも、それだけの売り上げが見込めるということだろう。
 資本主義社会において「エンターテイメントとして優れている」「面白い」ということは最強なのだ。
 売れる本は時代を超えて刊行され続け、いくら内容が良くても売れない本は消えていく。
 
 原爆地獄の広島で、家族や友人たちを虐殺され続けたかつての少年が、その怨念を背負ってたった一人、ペンをとった。
 単身、人類最強兵器や超大国に喧嘩を売ったのだ。
 戦時中の爆撃機VS竹槍どころではない、核兵器VSペンなのだ。
 まともに考えれば勝てるわけがないのである。
 事実、作者が希求した核廃絶への道のりはまだまだ遠い。
 核抑止論という極めて原始的なパワーバランスの在り方は、原始的であるだけに、突き崩すことは容易ではない。
 世界中の頭脳が知恵を結集しても、いまだこの野蛮な理屈をひっくり返せていない。
 それでも、「はだしのゲン」は世界中で読み継がれている。
 野蛮な最強兵器の存在に、ほんの一矢でも反撃し得ているのが、知識人の言説などではなく、一匹狼気質の被爆者が描いた「たかがポンチ絵」なのだ。
 これを「奇跡の善戦」と呼ばずしてなんと呼ぼうか。
 野蛮で巨大な力に対抗できるのは、こちらも原始的な、虐殺された側の「怨」の一念という情動しかないのである。
 
 およそ勝てるはずのない喧嘩を売って、けっこう戦えてしまっている男を見たとき、たとえその男の政治的発言に考えの違うところがあったとしても、私の美意識では「およばずながら助太刀いたす」と呟くのが正しい。
 義侠心とか大和魂とか武士道とか、呼び方はなんでもかまわないのだが、腹をくくって戦いを挑む男を後ろから切りつけるような真似は美しくないのである。

 助太刀と言っても、せいぜいマイナーなブログで本を紹介し、自分でもコンビニ版を購入して再読するくらいしかできないのがなんとも歯がゆいのであるが。

 ともかく、「はだしのゲン」をもっと世界に!
posted by 九郎 at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2016年08月07日

暑い夏に凍えぬために

 とてつもなく暑いのである。
 そして、とてつもなく寒いのである。

 連日酷暑が続いている。
 夏真っ盛りなのだから、それは仕方がない。
 夏は暑いものだし、無理のないよう暑さを楽しみ、凌ぐのが正しい。

 しかし、寒いのである。
 エアコンを効かせ過ぎの屋内のことだ。
 公共施設はさすがにエアコン控えめが多いが、交通機関や商業施設はとんでもなく冷やしている所が結構ある。
 止まらずに通過するだけなら問題ないのだが、喫茶店や映画館、バスや電車などである程度の時間動かずに過ごすと、体が芯から冷えきってしまうことがある。
 外気との落差がまた酷く、体にこたえる。
 
 だから最近、外出時には登山用のストールが手放せなくなっている。


●モンベル シャミース ストール

 この製品は、今年のGWに衝動買いした。
 下界はかなり暑かったので薄着で軽く登山したとき、思いがけず山の上は寒くて困った。
 山頂近くの売店でこのストールが売られており、登山用品としては手軽な値段だったので購入した。
  72×162cmなので羽織るとかなりの範囲をカバーでき、サイズのわりに畳むと軽量コンパクトで、普段使いの小型リュックに入れてもさほど邪魔にならない。
 現物はストールというよりも小型のブランケットという感じだ。
 アウトドアでは常備品になるだろうし、防災にも十分使える。
 夏になってからは、きつすぎる冷房対策に引っ張り出してきて、重宝している。

 暑い夏こそ冷房で体を冷やさないように一工夫!

2016年08月14日

虚構の中にはせめて希望を

 あまり映画を映画館で観る方ではないのだが、個人的に信頼する目利きの皆さんが皆評価しているので、久々に映画館に足を運んだ。
 上映中の「シン・ゴジラ」である。
 噂にたがわず、物凄く面白かった。
 まだ公開から日は浅いが、ネタバレがどうのというような内容ではないと思うので、気にせず感想を書く。

 誰もが一見して、約60年前に公開された初代ゴジラを、現代のリアリティで再現したとわかる作品だ。
 日本映画にありがちな「売るための保険」を極力排除し、カメラはただただゴジラという自然災害に近似した災厄に右往左往する日本と世界の対応を追っている。
 一定数の客を入れることを義務付けられた「ゴジラ」というコンテンツは、数を重ねるごとに「売るための要素」を混ぜ混むことを余儀無くされて、初代を除いて質的にはビミョーな作品を連発してきたのだけれども、現代ニッポンのいままさにこのタイミングで、これだけハイレベルの原点回帰が為されたことは本当に意味深いと思う。
 やや危うく見えた石原さとみの演技も、本人の頑張りで「売るための保険」のレベルは遥かに越えていたのではないだろうか。
 庵野監督にしか為し得なかった偉業である。
 ゴジラというコンテンツは、作り手にとってはある意味で「ふりかかる災厄」そのものなので、今回のキャストもスタッフも、脚本に深く感情移入しながら映画を造り上げたのではないかと思う。

 ゴジラは、60年前の初代から「核」であり、「放射能」であり、「アメリカの生んだ奇形生物」であり、台風のように、火山のように、地震のように、津波のように、そして原発事故のように、日本に突然現れ、破壊の限りを尽くす怪物だった。
 作中のゴジラと悪戦苦闘する日本の官僚や政治家は、一人一人の無力さが非常にリアルなのだが、タカ派もハト派も、保身に長けた調整派も、組織に馴染めない変わり者も、「最後は日本のため、国民のために尽くす」という一線は崩さない。
 その一点において、非常にファンタジックな作品であるとも言える。
 残念ながら、現実の政治家や官僚が、実際の緊急事態にその一線を守ってくれそうもないことは、3.11後の日本の大前提になってしまっているのが、なんとも悲しい。
 そうした悲惨な現状を踏まえてなお、せめて虚構の中だけでも「リアルに映る希望」を語れるところが、90年代に一度「エヴァ」で破滅を吐き出し尽くした庵野監督の成熟度なのではないかと思う。

(一応続編もありえる作りになっていて、翼の生えた奇形的なある怪獣に繋ぎ得る設定になっているのだが、まあ続編は実際には撮らないで、一部の客が妄想の中であれこれ楽しむのが一番望ましいのではないかと思った)


 絵描きの習性として、これだけのものを見せられると、描かずにはおれなくなる。 

gz01.jpg


 観た勢いのまま資料なしでざっくり描いた。
 私の頭の中のゴジラ像に、今回の映画で印象的だった「抑えきれないマグマ」のような質感をプラスした一枚になったと思う。
 今回の映画のゴジラは、古くからのゴジラファンには賛否のあるデザインであろうことは想像に難くないが、私個人としては歴代の中で一番好きかもしれない。
 設定全長の数値とは関係なく、歴代の中で最も「巨大感」のあるゴジラだったのではないか。
 フルCGでありながらも着ぐるみを基本にした立ち姿が見事だ。
 この巨大な破壊エネルギーを溜め込んだ「静」の立ち姿があるからこそ、エネルギーを解放したときのあの凄まじいカタルシスが生まれるのだ。

 久々に模型で造ってみたくなるデザインだ。
 手頃なサイズのフィギュアがあったら、心行くまでドライブラシで塗ってみたいなあ……

 映画「シン・ゴジラ」
 この夏、縁日草子イチオシである!
posted by 九郎 at 23:17| Comment(4) | TrackBack(0) | カミノオトズレ | 更新情報をチェックする

2016年08月15日

旧日本軍の大半は飢えと病で死んだ

 終戦の日という表現にはずっと違和感を持っている。
 本日は「敗戦の日」だ。

 およそ70年前、政治力・外交力の敗北から日本が開戦に追い込まれ、多くの国民を失い、国土を灰塵に帰した後、敗戦が確定した日だ。
 戦争の真実は勇ましげな戦記だけでは理解できない。
 旧日本軍の大半は、ろくな補給もなされないままに、無意味な精神論で追いたてられ、戦闘行為以前に飢えと病に倒れ、命を落としていったのだ。
 そうした悲惨な現実は、実際に南方戦線に兵士として出征し、片腕を失って帰ってきた水木しげるの作品の中に、多数描き残されている。


●「総員玉砕せよ!」(講談社文庫)


●「水木しげるのラバウル戦記」(ちくま文庫)


●「ねぼけ人生」(ちくま文庫)

 先に紹介した中沢啓治「はだしのゲン」とともに、これらは今後もずっと読み継がれるべき作品だと思う。
 
 戦後七十年を越えてなお、我がニッポンは相も変わらず外交力は貧弱で、国民に補給は与えず無意味な精神論ばかり押し付ける国であり続けている。
 このような状態で戦争をやれば、次も必ず負ける。
 国民目線から見れば、負ける戦争は決してやってはいけないのだが、積もり積もった失政のつけを戦争でチャラにしようと目論む奴等は、着々と準備を進めているのである。
posted by 九郎 at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2016年08月20日

本当の「日本の伝統」は「戦前回帰」にあらず

 これまでに何度か書いてきたけれども、「日本の伝統」としてなんとなくイメージ的に受け入れられているものの多くは、実際はさほど「古来」のものではないことが多い。
 たとえば「日本武道」ということで考えると、その代表のように考えられる柔道や剣道が現在のルールで試合が行われるようになったのはせいぜい戦後のことで、目一杯遡っても明治以降にしかならない。
 江戸時代とそれ以前でも、時代によって「武」の在り方はそれぞれ違う。
 だから教育現場で「武道」が必須になったところで、それで「古来の日本の伝統」が身に付くわけではない。
 現代の柔剣道は分類するなら「スポーツ」で、指導者の意識も西欧流のスポーツの在り方が基本になっている。
 むしろ日本流に悪くアレンジされ、非科学的な精神論の横行する劣化スポーツに成り果てているケースも多いのだ。

 日本古来の信仰とは何か?
 この答えも一つではない。
 歴史上のどの時点をスタンダードとするかで様々な考え方が可能だ。
 一応「記紀神話」が日本古来のものとされることが多いが、それは近世になって以降の、国学〜復古神道〜国家神道という一連の流れをくんだ発想だ。
 純粋な本来の神道というものが、歴史上のどこかの時点に存在したわけではない。
 事実だけ視るならば、古事記・日本書紀は成立当時有力だった各氏族の伝承を(かなり政治的に)集大成した「その時点での創作神話大系」だ。
 宗教、宗派に関わらず、改革や中興が行われる時にはしばしば「復古運動」の形が取られる。
 しかしそれは、一種のフィクションでしかない。
 実際の庶民の信仰では雑多な神仏習合の時代の方がはるかに長いし、長さだけで言うなら記紀よりはるか以前から続いたアニミズムこそが「本来の姿」ということになる。
 国家神道などは「きわめて短期間で破綻した近代日本の新興宗教」でしかなく、史実ではありえない神話を現実の天皇制に仮託して強引に「復古」し、その結果国を滅ぼした官製カルト宗教だと言う見方だってできる。

 ところがこの日本史上最悪のカルト宗教を、復活させようと目論む勢力がある。
 しかも、現政権構成員の大半がこの勢力の影響下におかれている事実がある。
 カルトが布教する際の常套手段として、「最初は口当たりのよいマイルドな入り口を用意する」という手口がある。
 ヨガサークルであったり、「聖書の勉強をしてみませんか?」等の、一見問題なさそうな、いつの時代も一定の需要のあるテーマで勧誘し、徐々に内容をすり替えていくのだ。
 国家神道や明治憲法等への戦前回帰を目論むグループの場合、表面上は「日本の伝統を大切にしましょう」とか「皇室を敬いましょう」等の、抵抗の少ないテーマを表看板として掲げる。
 教育現場の「武道必須化」も、こうした流れの延長線上にあるとすれば、注視が必要である。
 

●「日本会議の研究」菅野完(扶桑社新書)
●「日本会議の正体」青木理(平凡社新書)
●「日本会議 戦前回帰への情念」山崎雅弘(集英社新書)


●「国家神道」村上重良(岩波新書)
●「愛国と信仰の構造 全体主義はよみがえるのか」中島岳志,島薗進(集英社新書)
posted by 九郎 at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2016年08月23日

地蔵盆2016

 日が暮れてからの帰り道、この時間帯にしては子供の姿が多いなと思っていたら、地蔵盆栽だった。
 駄菓子がいっぱいにつまったビニール袋を手にした子供たちと、たくさんすれ違った。

 ああ、いいなあ。
 でも、夏休みがもうすぐ終わるんだよ……
 

jizo-11.png
posted by 九郎 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 地蔵 | 更新情報をチェックする

2016年08月28日

特設ブログ「放課後達人倶楽部」書式調整

 児童文学作品「図工室の鉄砲合戦」を公開中の別ブログの書式を微調整しました。
 以前より少し文字を大きくし、行間を開いて「縁日草子」とほぼ同等にしました。
 これで多少読み易くなったと思います。

 特設ブログ放課後達人倶楽部
posted by 九郎 at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年08月30日

鼠径ヘルニアその後

 三か月前、鼠径ヘルニアをこじらせ、緊急入院、緊急手術をした。
 これまでの経緯のまとめはこちら
 体調、体重ともに、ほぼ原状に回復した。
 この夏の、かなり続いた酷暑も乗り切り、少々旅行なども楽しんだ。
 手術跡はかなり落ち着いた。
 退院直後はかなりデコボコして引きつれていた傷跡が、だいぶすっきりした。
 たまに「じんわり」と跡の存在を感じることもあるが、日常生活はほぼ気にせず送れている。
 ただ、調子にのって無理をしないよう、気を付けてはいる。
 まあ、三時間半の開腹手術を受けたのだから、それなりのダメージは覚悟している。
 全身麻酔を受けるとそれだけで寿命が縮むという話もあるし、腹を開いて一週間近く入院し、何もかも以前のままとはいかないだろう。
 それでも、医療の整わない時代だったら死んでいたかもしれないレベルの重症である。
 そこそこ元気になれただけでも、ありがたいと思わなければならない。

 加入している生命保険の入院給付金で、医療費+αはまかなえた。
 給付金の請求書類を読んでいると、「鼠径ヘルニア根治治療」という項目がちゃんとあった。
 保険会社の担当の人に聞くと、やはり請求内容の中でもよくある病気らしい。
 症例としてはかなり多いのだが、下腹部あたりが患部になるので話題に上りにくく、「知名度」が低いのが鼠径ヘルニアなのだ。
 入院騒ぎをネタにした雑談をしていると、「実は私も」とか「知り合いがそんなことを言っていた」という感じで、ポコッと出た軽症のヘルニアを手で押し戻した体験談が返ってくることがけっこうあった。
「それ、たびたび飛び出すようなら、一回診てもらった方がいいですよ」
 私はもちろん、そのように勧めた。
 ヘルニアは、軽傷で済んでいるうちは日常生活にさして支障もないので放置しがちだ。
 しかし、何かのはずみで重症化すると、本当に地獄を見る。
 それは明日かもしれないのだ。
 軽症のうちに対処していれば日帰りでもOKの場合があるのに、ずるずる先送りにして死にかけるバカもいる。
 私のことだ。
 バカを眺めて我がふりを直していただくために、この一連のヘルニア記事を書いている。

 治療を受けて、手術前より体調が良くなった面もあるようだ。
 以前はよく腹痛を起こしていたが、その頻度が減ったような気がする。
 あと、ここ数年は夜間に一回はトイレに起きることが多かったのが、だいたい朝まで持つようになった。
 どちらも「年寄りってほどでもないけど、おれももう若くないからな」と、年齢のせいにして簡単に片づけていたが、もしかしたらヘルニアと関係があったのかもしれない。
 胃腸があるべき位置からずれて、あちこち圧迫していたんだろうなと、今は思う。
 
 無病息災は理想だが、「一病息災」という言葉もある。
 自分の身体からは逃げられない。
 なるべく身体の出すサインを見逃さず、折り合いをつけながら付き合っていくしかない。
posted by 九郎 at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 身体との対話 | 更新情報をチェックする

2016年08月31日

風と共に夏は過行く

 夏休み最後の日である。
 もう大人なので、直接夏休みとは関係ないのだが、この年になっても8月末はやっぱり「夏休みの終り」という気分なのだ。
 夏の終りは、朝夕のひんやりとした風と共にやってくる。
 今年は台風の影響もあって、なんだかざわざわしている。

 この時期になると、高校生の頃のことをよく思い出す。
 
 竜巻追想

 蝉時雨追想

 何度か書いてきたが、高校生の頃の私は「一人美術部」だった。
 夏休み明けすぐにある文化祭にむけて、一人で教室一部屋を作品で埋めるために、休みの間中せっせと描き続け、造り続けるのが常だった。
 孤独に浸ると言えばカッコ良すぎるけれども、ともかく十代の少年らしいレジャーとは全く無縁の夏だった。
 大学に進学してからの夏休みは多少楽しく遊ぶようになったが、強く記憶に残っているのは、求道者のごとく過ごした高校生の夏の方だ。
 
 その記憶があるので、今でも夏の間はなるべく作品と向き合うように心がけている。
 さすがに少年時代のように毎日朝から晩まで作品に浸ることは不可能だが、仕事の合間を縫って、とにかく絵筆をとる。
 絵筆をとれた時間がそのまま、夏の充実感につながる。
 遊ぶより、休むより、絵がいい。
 自分はやっぱり絵描きなんだなと思う。
 絵だけ描いて生きていける立場ではないが、絵を描かずにいると、たぶん精神が病む。
 絵が描けていれば、たいていのことには耐えられる。
 
 遅々とした歩みながら、今100号キャンバスと相対している。
 年明けごろから断続的に描き続けてきた絵が、この夏でどうやら「完成に向けての尻尾を捕らえる」程度までは進捗した。
 いつか描き上げたいと思っていたテーマの一つ。
 行けるかもしれない。
 このまま黙々と描き続けられれば、完成するかもしれない。




 ここまで書いたんだから、部分的にチラ見せ。
geho-00.jpg

 キマイラ「外法曼陀羅」
posted by 九郎 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする