2016年10月16日

おりがみと積木

 人が何かを習得するとき、最速で能力が伸びるのは「遊び」によってだ。
 義務的に学習するのは効率が悪く、強制されるのは最悪で、苦しみばかり多く結局何も身につかない。
 楽しんでこそ頭も体も集中し、フル回転できる。
 こうした傾向は年少者ほど強い。
 大人になると、やる気の出ないことでも、必要に迫られて最低限習得する術を持つようになるが、子供には無理だ。
 様々な美術表現の基礎体力になる空間認識能力を鍛えるには、それなりに年を取ってからであれば、やはり写実デッサンが有効だ。
 数学の平面や立体図形の学習も、もちろん役に立つ。
 小学生の頃あまり絵が描けなくても、中学高校と学習を進めるうちに、多少描けるようになってくるのはそのためだ。
 しかしそれ以前に、子供時代の遊びの中にも空間認識能力を高めるものはたくさんある。
 そうした遊びの代表が、おりがみや積木ではないかと思う。

 私は幼児から中学生くらいまでの学習指導の経験も長いのだが、算数や数学の図形問題に関していうと、最初からできる子と苦戦する子に分かれる傾向がある。
 同じ算数や数学でも、計算問題はよくできる子が、図形だけは苦手だったりする。
 逆に、他の学習内容は苦手でも、図形だけはできるという子もいる。
 これは、生まれつきの適性というよりは、幼少の頃からどんな遊びをしていたかによるところが大きい。
 図形で苦労しないタイプの子は、私の見てきた範囲ではまず間違いなく、おりがみなどの図形遊びや、レゴやプラレールなど広い意味での積木遊びにハマった経験を持っている。


●日本のおりがみ事典―心に残る伝承おりがみ180作品を次代の子どもたちに


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 これは考えてみれば当たり前のことだ。
 たとえばおりがみで言うと、正方形からはじまり、半分に折ると長方形、一直線を二つに折ると直角、平行、垂直、二等辺など、図形の学習内容は全て、習う前から実際に手を動かして楽しみつつ体験済みということになる。
 レゴやプラレールいたっては、伝統的な積木遊びを進化させた、まさに「空間遊び」そのものだ。
 こうした遊びを存分に体験してきた子にとってみれば、図形の学習はその体験に該当する名称や説明を当てはめるだけになるで、遊びが学習とストレートにつながる。
 未経験の子が「お勉強」として一から学ぶのとは、スタート地点でかなり差がついているのである。

 自分の成育歴を振り返ってみると、私が幼児の頃最初にハマったのはダイヤブロックだった。
 ダイヤブロックはレゴより一つ一つのパーツが大きく、種類が少ないシリーズなのだが、その分「見立て遊び」など抽象度が高いと見ることもできるので、それなりの良さはあったと思う。


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 おりがみも幼児の頃から好きでよく折っていた。
 そして小学生から中学生にかけては、ガンプラブーム直撃の年代だったので、プラモデルにハマっていた。
 つまり、好きでやっていた遊びの大半が「空間遊び」だったことになり、そのおかげで、小中高通して図形問題で困ったことは一度もなかった。
 
 受験期になって写実デッサンを始めた時も、スタートは遅めだったが、上達はかなり速い部類だったのではないかと思う。
 これは今思えば、デッサンで鍛えられる空間認識能力の部分は既に持っていて、鉛筆や木炭を使って「面」で描く訓練のみに集中できたせいだろう。
 ただ、写実デッサン開始以前に、私は自分で描く絵として「線」の訓練を積んでいたのだが、デッサン開始とともにそちらは完全に休止してしまった。
 当時は受験対策で余裕が無く、「線」と「面」の違いを認識していなかったので、せっかく自分なりに練り上げていた「線」の表現が一旦バラバラになってしまい、以後の私の絵は「面」が基本になり、今に続いている。
 写実デッサン以前の絵を久々に見返すと、これはこれで伸ばしていけばいい線画になっただろうなと感じ、少しもったいない気もする。
 空間認識能力は既に持っていたので、「線」に限って言えば、デッサンは必要なかったかもしれないとも思う。
 デッサンを始めた頃に「線」と「面」の違いが認識できていれば、また違う習得の仕方もあったかもしれない。

 その代わり結果として私は、それなりのレベルの写実の技を身につけた。
 金と結びつきにくい美術分野の中では、最も換金されやすいスキルである。
 ともかくこの技で生き延びてこれたのだから、良しとしなければならない。
posted by 九郎 at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想絵画論 | 更新情報をチェックする