先日コンビニに立ち寄ったとき、マンガ「おれは鉄兵」の総集編第一集が刊行されているのを見かけた。
作者であるマンガ家・ちばてつや先生の画業60年記念ということで、「あしたのジョー」と並ぶ代表作「おれは鉄兵」がピックアップされたようだ。
私も子供の頃から大好きで、今でも何年かに一度は読み返す大切な作品だ。
70年代に生まれた私ぐらいの世代になると、物心ついた頃からすでにマンガは生活の一部だった。
だから「本を読んで楽しむ」ということにおいて、小説とかマンガとかの違いは意識しなくなっていると思う。
もっと言うと、メディアミックスも幼児の頃から始まっていたので、アニメや映画も含め、ことさらに分けて考えることはない。
表現手法に関わりなく、面白いものは面白く、つまらないものはつまらないという見方が徹底しているのだ。
この作品「おれは鉄兵」も、ジャンルを超え世代を超えて、子供も大人も誰が読んでも文句なく面白く、「子供時代に必読の読み物」という意味においては、児童文学の傑作の一つに数えても良いのではないかと思う。
このカテゴリ児童文学で紹介するのはそのような理由からである。
この作品、これまでにもコンビニ版として刊行されたことがあるはずだが、「主人公の剣道部での活躍」の部分のみをピックアップした編集だったと記憶している。
一般に「おれは鉄兵」は「剣道モノ」として分類されることが多いだろうし、人気が高いのもその部分だろう。
総ページ数の大半が割かれているのが「剣道部編」なので、総集編が刊行されるときにそこが中心になるのも、正解の一つではあるだろう。
しかし、本来この作品には序章と終章にあたる「埋蔵金発掘編」がある。
そこの部分は総集編で省かれがちなのだが、私はむしろその部分にこそ作品全体のテーマが色濃くあらわれているのではないかと思っている。
できれば初めて「おれは鉄兵」を読む人、とくに年少の読者には、序章と終章を合わせた本来の形で読んでほしいと思っていた。
今刊行中のコンビニ版は、ちゃんと最初から収録されているようなので、期待大である。
このまま「本当のラスト」までノーカットで収録されることを強く望む。
私の分類では、本作「おれは鉄兵」は「剣道モノ」ではなく「冒険モノ」になる。
試みに、その分類に従って作品紹介をしてみよう。
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主人公・上杉鉄兵は野生児である。
物心つく前から父親に連れられて、山奥での生活を続けてきた。
父親は広大な家屋敷を構える旧家の跡取り息子だったが、埋蔵金探しの夢に取りつかれ、全てをなげうって、幼い鉄兵だけを連れて出奔したのだ。
中学生の年代になるまでろくに学校にも通わなかった鉄兵だが、そのかわり驚異的な体力と、「学力」ではないタフな「知力」、どんなピンチでもしぶとく切り抜けるサバイバルの力を身につけ、成長している。
自然の中で育ったとはいえ、主人公・鉄兵はピュアなタイプではなく、年経た野生動物の狡知を備えた手ごわい少年なのだ。
埋蔵金発掘現場の落盤事故をきっかけに父子は実家に帰還し、鉄兵も学校に通うことになる。
良家の子女の通うと思しき私立学園に迷い込んだ、まったく場違いな野生児・鉄兵。
抱腹絶倒の学園サバイバル生活が始まる。
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このように、主要なテーマは「剣道」ではなく、「冒険」にあるというのが私の読み方になる。
ページ数としては最もボリュームのある、鉄兵が剣道部に入部して型破りな活躍を見せる部分は、「文明社会に迷い込んだ野生児の冒険物語」の表現手段として描かれているのではないかと思うのだ。
野生児として育った鉄兵にしてみれば、「普通の学校生活」というもの全てが異文化との接触であり、冒険になる。
そこで巻き起こる事件・事故、一つ一つに鉄兵の感じる疑問・違和感は、根本的には全ての子供が社会に対して感じる疑問と一致している。
生まれたとき、子供はみんな野生児なのだ。
だからこそ年若い読者は鉄兵に共感できるし、巻き起こした騒動を驚異的なサバイバル能力で切り抜ける姿は、たとえようもなく痛快に感じるのだ。
もう少し、作品紹介を続けてみよう。
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やがて物語の舞台は鉄兵が最初に通った王臨学園から、東台寺学園に移る。
いくら剣道で活躍しようと、鉄兵は学業においては紛れもない「オチコボレ」であり、「いいとこの子が通う学校」に居場所はなかった。
徹底的に不似合いなおぼっちゃん学園から、より懐の深いバンカラ学園に転校し、剣道部での活躍は続く。
その過程で、王臨学園ではついに得られなかったオチコボレ仲間にも出会う。
しかし、結局そこでも鉄兵は安住できない。
仲間たちとともに学校から脱出し、再び埋蔵金探しの生活に戻った鉄兵は、やがて最も困難なサバイバルに直面することになる。
そして最後には、広い世界をまたにかけた冒険の旅へと出発するのだ。
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このように文章でまとめてみると、あらためてこの作品は「不適応の物語」なのだなと感慨を新たにする。
野生児・鉄兵の抱腹絶倒の活躍は、ごく普通の子供にも楽しく読めるだろうけれども、なんとなく学校に居づらさを感じる子供には、より深く響くことだろう。
うまく適応できるなら、それに越したことはない。
しかし、たとえはみ出してしまっても、恐れることはない。
一歩飛び出してみれば、学校なんてしょせんコップの中だ。
本当の世界はもっと広くて、冒険に満ちているのだ。
そんなしぶとい生命力を、「おれは鉄兵」は与えてくれるのだ。