一か月ほど前に映画「GANTZ:O」を観て以来、折に触れ、なんとなく原作マンガの「GANTZ」のことを考え続けていた。
この原作マンガのことは連載完結時に一度記事にしたことがあったのだが、まだ語り残しがあるなと感じつつも長らく放置してしまっていた。
今回の映画鑑賞をきっかけに、もう少し続けられそうなので、心覚えに書き残しておきたい。
私が男性表現者の作品を鑑賞するときの見方の一つとして「心の中の恋人、心の中の友だち」というタイプ分けのことを記事にしたことがある。
そのタイプ分けで見ると、私にとってのマンガ「GANTZ」は、完全に「心の中の友だち」の物語である。
単行本で全37巻の長大な作品なので、「友だち」以外の「恋人」やその他の要素もかなりの比重を持って描かれているが、物語の根幹の構造は間違いなく「友だち」であると考える。
物語は冒頭から、主人公の男子高校生・玄野計(くろのけい)と、旧友である加藤勝(かとうまさる)との、偶然にして久々の再会からスタートしている。
この時点での玄野は、とくにこれといった特徴のない高校生として登場する。
顔立ちは悪くないけれども、チビでイケてない。
自覚している通り「世の中ナメてる」自己中な性格だが、まあ男子高校生というのは大体こんなものなので、つまりはごく普通の十代の少年だ。
通学途中の駅構内で、小学生の頃一番仲が良かったが、その後交流がなかった加藤と偶然再会する。
久々に顔を合わせた加藤は、やせ形ながらかなり身長が伸び、ちょっとこわもての風貌になっていた。
小学生の頃の友人と久しぶりに会ったらグレていて気まずかったという経験は、多かれ少なかれ誰にでもあるだろう。
主人公・玄野もまた、多少の戸惑いとともに、懐かしい記憶をよみがえらせる。
ところがこの加藤、外見とは裏腹に、実は非常に真面目で硬派な少年として成長していたのだ。
事故で早くに両親を亡くし、バイトをしながら年の離れた小学生の弟の面倒を見て、困った人を見かければ助けずにはいられないという、昨今の少年としては珍しいタイプとして描かれている。
不良っぽい外見になったのは、そんな筋を通す生き方の中で必要に迫られてのことで、実はあまり争い事は好きではなかったりする。
そして、逆境にも負けず真っ直ぐに成長した加藤をここまで支えてきたのが、小学生の頃の親友「計ちゃん」、すなわち玄野との思い出だったのだ。
どんなピンチに陥っても、無茶な糞度胸と機転で切り抜け、決して負けない親友。
加藤の記憶にはそんな「憧れの男、計ちゃん」の雄姿が刻み込まれていて、いつか自分もあんな風になりたいという思いを胸に、自分を磨き続けてきたのだ。
おそらく、加藤の記憶の中の「計ちゃん」は、かなり美化されていたのではないかと思う。
子供時代の記憶というものは、何割増しにも感じられるものだ。
まだ育ち切らない体は相対的に外界を巨大に感じさせるし、体力に比して軽い体重のバランスは、大人よりはるかにアクロバットな動きを可能にする。
ごく普通の子供の遊びの世界も、理想化してふり返ってみれば、輝かしい冒険の日々になり得るのだ。
その後の成育歴の中で環境に恵まれなかった加藤にとって、「計ちゃん」と過ごしたごく短い日々は、最大限までイメージアップされ、宝石のように大切な記憶になったのだろう。
過酷な境遇にもめげず成長した加藤に対し、かつての「憧れの男」であったはずの玄野は、日常に埋没してすっかり腐ってしまっていた。
そんなタイミングでの二人の偶然の再会だったのである。
そして二人は、生死を賭けた異常な戦いの世界に巻き込まれることになる。
その非日常の世界で、玄野は徐々に子供時代のサバイバルの力を取り戻していく。
玄野は、自分に憧れてそうなったという加藤の真っ当な姿にショックを受け、むしろそんな加藤の背中を追うことで、本来の個性を回復していく。
二人は戦いの中で生死を潜り抜け、疑似的な輪廻転生を繰り返すことで成長していくことになる。
どちらかというと「日常」の中で強く生きるタイプの加藤と、「非日常」にあってこそ力を発揮できる玄野の交流が、お互いを大きく成長させるのだ。
執筆十数年、全37巻の長大な物語なので、他にも様々な要素が盛り込まれているが、私なりに「GANTZ」という物語を要約するなら、以上のようになる。
だから、途中経過のハードな描写に比べると、ややあっさりとした印象があり、「期待外れ」という感想も多かったあのラストの展開も、私にとっては非常に納得のいくものだった。
玄野と加藤という二人を軸に「心の中の友だち」の物語と読むならば、いい年こいたおっさんが週刊連載マンガのラストで涙のにじむのを抑えがたいという不覚をとることになるのである。
世界の命運を託されて最後の決戦にただ一人臨む玄野。
連載開始当初の「世の中なめてる」姿とは全く違う、完全無欠のヒーローの姿である。
そして、最後の最後に救援に間に合う加藤。
絶対に負けない、必ず生き残る「おれの憧れの男、計ちゃん」は、やっぱり凄かった。
加藤の驚きと歓喜の視点の中、最後の戦いは決着する。
しかしそのヒーローである玄野の姿は、本来は加藤の記憶の中だけに存在する「夢」だったかもしれないのだ。
実際の玄野はむしろ、しばらく会わないうちに「男の中の男」に成長していた加藤に逆に憧れることでヒーローとして成長したのだが、加藤自身はそのことに全く気付いていないのがまた良い。
そんな二人が最終決戦後、生還し、波間に漂うラストシーンは素晴らしい。
友だちとの再会で始まった物語は、やはりどうしても二人の帰還で終わらなければならない。
限りなく拡散しきった物語を力技でここまで収束させて見せたマンガ家の力は凄まじく、「広げた風呂敷の畳み方」としては見事であったと、改めて感じるのである。