blogtitle001.jpg

2017年01月16日

祭をさがして1

 さて、これからどうしようか?
 93年末、私はぼんやりと考えていた。
 この年の春から親元を離れ、秋には半期遅れで大学を卒業。
 引越し、新生活、卒業論文、卒業制作等、バタバタしていたいくつか事柄が収束し、アルバイト生活もなんとか軌道に乗っていた。
 何よりもこの頃、二年ほど断続的に手がけてきたある作品を完成させてしまったことが、私のぼんやり気分の原因になっていた。
 荒削りな、あちこちで破綻した未熟極まりないものだったが、当時の私が自分なりに「全て」を叩き込んだ完全燃焼の作品だった。
 二年という年月の重さに耐えかねて、もう完成しないのではないかと半ば諦めていたのだが、終わりは意外にさらりと、一抹の寂しさとともにやってきた。

 さて、これからどうしようか?
 ぼんやり考えながら、バイトから帰ってアパートの階段をのぼる。
 建築基準法はクリアーできてるのかと心配したくなるほど、凄まじく急な階段だ。
 3階の部屋に帰るたびに足がパンパンになり、バイト帰りの疲れにダメ押しをくらう。
 部屋は風呂無し・トイレ共同・四畳半一間に、流し台と押入れ付き。
 これで家賃二万五千円なら上等だ。
 駅から直近で、南向きの結構広いベランダがあり、大阪湾が一望できることを考えれば、格安物件だったと思う。
 眺望さえあれば、狭い部屋でも心は広い。
 蛍光灯を点け、リュックを降ろすと、机の上に放っておいたハガキが目に入った。
 劇団の公演を知らせるDMが一枚。
(ああ、そう言えばクリスマス公演だっけ……)
 学生時代に舞台美術の手伝いをしていた演劇サークルの、一年下の後輩達が中心になって旗上げした劇団が、順調に滑り出しているようだ。
 当時、私自身は演劇活動から離れていた。
 2年ほど前に舞台美術で「完全燃焼」と言えるほど力を尽くせた公演があった。
 その学生劇団が一度限りの公演で解散してしまったこともあり、「ああ、これで自分の芝居参加は一段落かな」という思いがあったのだ。
 お呼びがかかれば細かな手伝いはやったし、気が向けば知り合いの公演に行ったりはしていたので、何かあれば連絡は来ていた。
(たまには顔を出しておこうかな……)
 あれこれやり切ったという虚脱感と、学生時代の人間関係がひとまずリセットされた空白の中で、私は何か次の「祭」をさがしていたのだと思う。

 ちょうど世相も下り坂にあった。
 学生時代は「バブル崩壊」のニュースは耳にしながらも、まだ辛うじて景気はもっていたのだが、90年代も半ばに差し掛かると、途端に新卒の就職状況にも陰りが見えてきた。
 企業が学生を求めて右往左往するような、今から思うと「異様」としか言いようのないバブルの残り香が、完全に消え失せようとしていた。
 天人五衰のような退潮の兆しが、徐々に近づいてくる世紀末の感覚とあいまって、あちこちで垣間見えるような雰囲気があったと記憶している。
 
 久々に観に行った芝居に、私はすっかり感心していた。
 沿岸部にある地区の赤レンガの建物の中での公演で、場所の選択がまず面白かった。
 凝った構成のシナリオで、楽器演奏等も折り込んである。
 正直、演出や芝居はまだ荒削りだったけれども「あれもやろう、これもやろう」という貪欲な志が感じられて本当に面白かった。
 帰り道、散歩がてらにその界隈を回りながら、ずっと今観たばかりの芝居のことを考えていた。
 あそこは……、会場は……、舞台の造りはこう……
 気付いてみれば夢中になって、「ああしたい、こうしたい」と、自分のことのように作戦を練っているのに気づいてしまった。

 数日後、パンフレットに挿まれていた「劇団スタッフ・役者募集」のチラシを見ながら、私は電話に手を伸ばした。
 当時は携帯電話はまだ一般的ではなく、電話と言えば固定電話か公衆電話だった。
 私の部屋の電話は固定であるだけでなく、当時ですら骨董品級の緑のダイヤル電話だった。
 今の若者がダイヤル電話を見ても、それが何の機械であるかすらわからないかもしれない(笑)
 当時の写真が残っていた。

ms001.jpg


 目と口が描きこんである。
 もちろん自分で描いた。
 ダイヤルを回すと、口の中に指を突っ込んで掻き回している風になる。
 部屋を訪れた友人が、「これで電話かけるのはイヤだ」と言っていたことを思い出す。

 ともかく私は、チラシに書いてある連絡先に、素知らぬふりでコールしてみた。
「もしもし、夜分失礼します。Kさんですか?」
「はい、そうです」
「あの〜、この間のクリスマス公演を観に行った者なんですけど、すごく面白くて、できれば劇団のお手伝いをしたいなと思いまして……」
「あ! それはありがとうございます! あの、失礼ですが、お名前はなんとおっしゃるんですか?」
「Hと申します」
「Hさん? もしかして先輩ですか?」
「そうそう(笑)」
「なんや! じゃあ今度、ゆっくり話しましょうよ!」
 こうして私は、その劇団に参加することになった。
(続く)
posted by 九郎 at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする