学生とか劇団員とかアルバイトとかいう肩書を外してもなお、私にはただ一つ「絵描きである」ということだけは残る。
絵描きは絵を描けばよい。
まとまった作品にならなくとも、スケッチでもメモでも何でも良い。
他にやれることがあるとすれば「学ぶこと」ぐらいだ。
描き、本を読む。
最後と思い定めた次の公演まで、そしてその公演が終った後も、当面はそれだけ続けられれば十分だ。
心折れずにやっていける。
94年11月。
私は何度か衝動的に、カラースプレーによるライブペインティングをやっていた。
過去にも学祭などで飛び込みで敢行していて、経験はあった。
カラースプレー各色、パネルとブルーシート、クラフト紙をつないだ大きめの紙を何枚か用意する。
あまり迷惑にならないようなほど良い場所で、用紙をパネルに貼り付けて立てるか、ブルーシートの上に敷いてセットする。
あとはCDラジカセ(これも90年代的なアイテムだ)で好きなBGMを流しながら、描く。
あまり事前にネタは用意しない方が良い。
その時その時の気分と手の動きと、あとは見物人の反応を見ながら、即興で描くのだ。
当時ライブペインティングで描いたものの写真が何点か残っている。
サイズは大体135cm×180cmくらいだろうか。
白、黒、赤、シルバーを多用しているのは、単純にその四色がホームセンターで安く手に入りやすいからだ。
今見るといい年こいてかなりの「中二病」だが(笑)、まあわざとそのように描いている面もあった。
屋外で人目を引いて立ち止まってもらうためには、あまり細かく繊細なことはやっていられない。
なるべくインパクトの強い、分かりやすい絵の方がいいし、「ちょっとイカれた絵描き」というイメージがあった方が、好奇心をもってもらいやすい。
当時の私は実際に少々病んでいたし、震災とカルト事件で騒然とした世紀末の世相もあって、上掲のような怪しい絵柄もけっこうウケた。
投げ銭でカラースプレー代くらいは出ることが多かったのだ。
こうしたパフォーマンスが、たまたまある大学の学園祭実行委員の目に留まり、声をかけられたこともあった。
何組かのスプレー絵師が一斉にパネルに描画、見物人の人気投票で優勝を決めるという企画に参加してみないかとのこと。
面白そうなので「出ます出ます!」と即答。
カラースプレー代は出るし、パネルも用意してもらえるしで、私は当日、足取りも軽く会場へ向かった。
現地では水を得た魚だった。
CDラジカセで「幻惑されて」なんかを流しながら、酒をあおって好き放題に描く。
見物人が面白がって周りの出店で酒を買ってきてくれるのを、「いえ〜い!」とか言いながら一気飲みしてまた描く。
フラフラになりながら描き続けると、投票ではぶっちぎりで優勝だった。
優勝賞品は洋酒各種合計10本。
(なんぼほど飲まされんねん……)
と苦笑しながらも、当時はけっこう飲む方だったのでありがたく頂いた。
(続く)