世代的には信者の下限あたりと重なっていて、興味の対象も近い。
当時のサブカル界隈で生息していたり、ある程度の学歴があったりする若者の多くがそうであったように、直接の知人はいなくても「知り合いの知り合い」くらいの距離感の教団信者は何人か確認でき、人のつながりの面でもさほど遠くはない。
そうした諸条件から考えて、自分と彼らがかなり近い立ち位置にあるのはわかる。
同時に、感覚的には「ぜんぜん違う」という思いもある。
何が同じで何が違っているのか、言葉にできないもどかしさのようなものを感じていた。
かの教団・教祖は自らを「仏教」あるいは「密教」であると言い、幾人かの宗教学者も、事件前の段階ではそうした見解を肯定的に評していた。
教団信者の述懐としてよく紹介されるものに、以下のような言葉があった。
「日本の寺は風景でしかなかった」
言わんとしていることは、わからないでもない。
真理を求めて取り組めるような「教え」や「行」が、そこにはないように思えたというのは、当人にとっては事実なのだろう。
主体的に求めれば「教え」も「行」もちゃんとそこにあったのではないかとも思うけれども、「見ようとしない者には見えなかった」ということは十分考えられる。
私の場合はそうした日本的な「風景としての仏教」が、嫌いではなかった。
盆暮れの里帰りの時に御経や和讃、御文章を唱えたり、たまに法事があったりという風景が、わりに好きだったのだ。
そんな私から見ると、かの教団は、少なくとも私の中の「仏教」とはかけ離れて見えた。
教義的には日本の大乗仏教ではなく、初期仏教やチベット密教を導入しているから違って見えるのだという説明は、言葉としては理解できる。
しかしそれでも、「違うのではないか?」という感覚的な疑問はぬぐえなかった。
自分の持つ違和感の正体を確かめたくて、様々な仏教書を渉猟し始めた。
当時は入門書やムック本、雑本の類まで、手当たり次第に数えきれないほど読んだ。
あれから時は流れ、仏教全般ということであれば、今でも手元に残し、たまに読み返しているのは、以下のようなオーソドックスな入門書だ。
●「仏教 第2版」渡辺照宏(岩波新書)
自分なりに勉強し始めた頃、何から読んだらよいのか全くわからなかったので、とにかく岩波新書のスタンダードなら間違いなかろうと手に取った。
結果的には大正解だった。
厚過ぎず、薄すぎないほどよい分量で、インド〜中国〜日本の仏教全般を、比較的平易に解説してある。
最初期に内容の確かなこの一冊に目を通していたおかげで、その後の読書の筋を大きく外さず進めることができたのではないかと思う。
仏教で何か一冊と人に聞かれた時は、この本を紹介することにしている。
若者相手だと、岩波新書の青版はちょっと地味に映るようで、ビミョーな反応が返ってきたりすることもある(笑)
しかし、作りのいい加減なムック本に手を出すくらいなら、オーソドックスな一冊をしっかり読んでおいた方が絶対良いのである。
どこの図書館にも標準装備されているだろうけれども、岩波新書の一冊くらいはまず買って手元に置くべし。
さらに詳しく知りたい場合は、角川文庫に収録されている以下のシリーズが良いと思う。
●「仏教の思想 全十二巻」(角川文庫ソフィア)
【インド篇】
1「知恵と慈悲〈ブッダ〉」増谷文雄・梅原猛
2「存在の分析〈アビダルマ〉」櫻部建・上山春平
3「空の論理〈中観〉」梶山雄一・上山春平
4「認識と超越〈唯識〉」服部正明・上山春平
【中国篇】
5「絶対の真理〈天台〉」田村芳朗・梅原猛
6「無限の世界観〈華厳〉」鎌田茂雄・上山春平
7「無の探求〈中国禅〉」柳田聖山・梅原猛
8「不安と欣求〈中国浄土〉」塚本善隆・梅原猛
【日本篇】
9「生命の海〈空海〉」宮坂宥勝・梅原猛
10「絶望と歓喜〈親鸞〉」増谷文雄・梅原猛
11「古仏のまねび〈道元〉」高崎直道・梅原猛
12「永遠のいのち〈日蓮〉」紀野一義・梅原猛
全十二巻、四冊ずつの構成でインド、中国、日本の仏教の流れを紹介したシリーズ。
70年代に刊行されたものだが、90年代後半に文庫化された。
かのカルト事件後、筋の良い仏教書が次々と刊行されたり復刊されたりしていた記憶がある。
私が感じた「そもそも仏教って何なんだろう?」という疑問は、カルト事件のリアクションとして、わりと広く一般に共有されていたのかもしれない。
これらの本を(全部理解できるかどうかはともかくとして)一度体感しておけば、次に何を読むべきかということがわかってくる気がした。
また、仏教のみを扱ったものではないが、当時よく読んでいた本の中に、以下のものがある。
●「宗教を現代に問う〈上中下〉」毎日新聞社特別報道部宗教取材班(角川文庫)
1975〜76年にかけて、毎日新聞紙上で274回にわたって連載された記事の集成。
単行本は76年、文庫版は89年に刊行された。
70年代半ばの時点での宗教状況について、広範に取材された労作である。
上巻には当時の水俣の取材も含まれており、今そこにある地獄の中で、地元で多くの門徒をかかえる浄土真宗や、民間宗教者がどのように苦闘したかが記録されている。
私が本書を手にした時には初出から20年が経過していたが、ほとんど違和感なく「現代」の内容として読み耽ったことを覚えている。
そこから更に20年が経過した今読んでみても、多くの内容で「現代」そのものを感じる。
仏教に関して言うなら、やはり最初はある程度評価の定まったスタンダードな本から読むのが良い。
岩波文庫で刊行されている様々な経典のシリーズも、読んでみれば思った以上に読み易く、面白いものだ。
よくあるタイトルに「早わかり」みたいなことをうたっている本は、結局心に何も残らないことが多い。
何を学ぶにしてもそうだが、やたらに近道を探したりせず、幹線をただひたひたと進むのが一番だと、あらためて思う。
(続く)