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2017年06月19日

モノクロ原稿、印刷、カラー化

 久々につげ義春の作品をまとめ読みしてみて、マンガの絵について色々思うところがあったので、覚書にしておく。

 まず、つげ義春というマンガ家に絞って言えば、「モノクロ印刷」の状態こそ、最も味わい深い状態だと思った。
 原稿の写真版も何作品分か見たことがあるが、ペン、ベタ、ホワイト、トーン等の詳細が分かるのは大変勉強になったけれども、それは「舞台裏」への興味であって、素直な作品鑑賞とは違う。
 つげ義春の絵を存分に堪能するなら、黒は黒、白は白ではっきりと印刷された状態が最上で、つげ義春自身も当然そうなるように意図して原稿を作成していることだろう。
 しっとり黒い闇や、繊細なペンタッチは、やはり状態の良い印刷物として鑑賞したい。
 マンガ家やイラストレーターは、印刷物になった段階で完成するように計算しながら原稿を描くものだ。
 中には手塚治虫や永井豪のように、原稿段階の絵に独特の魅力が感じられる描き手もいるけれども、つげ義春はそうしたタイプとはまた違う。

 日本のマンガは基本的にモノクロのペン画表現だ。
 これはやはり、戦後の手塚治虫らの活躍により「子供向けでストーリー主体の長編マンガ」が主流になってきたためで、ページ数の多いマンガを安価に売ろうとすれば、必然的にこの形態になる。
 雑誌媒体に発表し、後に単行本として発行する利便性もあって、日本のマンガは版下原稿作成術の進化形として発展してきた。
 原稿はあくまで「版下」で、真筆としての価値はもちろんあるけれども、完成品ではない。
 印刷物こそが「作品」になる。

 つげ義春のペンタッチに酔いたい時は、ある程度のサイズが必要だ。
 文庫版はちょっと小さすぎる。
 なるべく大きなサイズの版型で、とにかく「黒」を美しく出してほしい。
 青林工芸舎の作品集は、サイズも収録作品も申し分ないのだけれども、大変惜しいことに印刷が「紺色」なのだ。


●「ねじ式―つげ義春作品集」(青林工芸舎)

 代表作「ねじ式」は、初出が二色カラーだったこともあって、近年の出版物では二色カラーとして印刷されることが多いが、私はモノクロの方が好きだ。
 赤が入っているのも面白いのだが、ペンタッチがピークの時期の絵を堪能するには、色は「夾雑物」ではないかと感じてしまうのだ。

 つげ義春の作品は「ねじ式」以外にもいくつかカラー化されたものがあり、以下の作品集に二色版が収録されている。


●「紅い花 つげ義春カラー作品集」(双葉社)

 再読体験として楽しめることは楽しめるのだが、「やっぱりつげ義春はモノクロがベスト」という思いを新たにした。
 中には「紅い花」のような、いかにも二色カラー向きに思える作品もあるのだが、不思議にモノクロの方が「深い紅」を感じる。

 唯一の例外は「外のふくらみ」だ。
 この作品は元々原稿段階から絵の具で着彩された状態で描かれており、モノクロ印刷では伝えきれていない要素が見受けられた。
 現在入手しやすい中では以下の本にカラー版が収録されている。


●「つげ義春: 夢と旅の世界」(とんぼの本)

 もともとモノクロ前提で完成した原稿は、質の良いモノクロ印刷で鑑賞するのがやっぱり良い。
 後付けでカラー化すると、トゥーマッチと言おうか、画面がうるさすぎになり、絵の焦点がぼけるということはよくある。
 大友克洋の「AKIRA」がオールカラー化され、横書き右開きになった「国際版」が刊行された時も、期待に震えながら手に取ったが今一つだった。
 大変な労作であることは分かるし、これが世界中で絶賛されるであろうことも分かったけれども、どうしても作品に入り込めなかった。
 これなら印刷が今一つの「日本版」全6巻を、モノクロのまま品質アップしたものを出してほしいと思ったものだ。



 つげ義春で言えば、一冊の本の中にどんな作品を、どの順で収録するかも大切だ。
 レコードのアルバム作りのように丁寧な編集の本は、何度もしみじみと読み返すことができる。
 私が好きなのは、以下の作品集。
 サイズ、厚み、収録作品、収録順が実に良いのだ。


●「定本・夢の散歩」
●「隣りの女」


 つげ義春の作品を、自分で選んで自分で並べ、品質の高いモノクロ印刷で本にしてくれるサービスがあったら、多少高くても絶対注文する!
 一生の宝にするだろう。

 このサービス、実際にあったら私だけでなく軽く万単位で需要は見込めると思うのだが、どこかでやってくれないかなあ。
posted by 九郎 at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 神仏絵図覚書 | 更新情報をチェックする