2017年08月09日

「終末後」のサブカル2

 70年代以降、作品テーマが「終末」から「終末後」へと移行する先進的な例としては、やはり永井豪の一連の作品を挙げなければならない。

 永井豪の出世作とされているのが68年〜72年まで連載された「ハレンチ学園」だ。
 掲載誌は当時新興の週刊少年ジャンプで、この作品のヒットにより、雑誌の人気も定着している。
 当時の少年誌としては「過激」なエロ描写を導入したギャグ作品で、永井豪は「先鋭的なギャグ漫画家」、「週刊少年ジャンプの立役者」として、まずは地歩を築いたのだ。
 今の眼で見るとなんということもないエロ描写も、表現の開拓時代には激しい批判にさらされた。
 各地の教育委員会やPTAから目の敵にされ、焚書に近い扱いも受けたという。
 そうした「魔女狩り」にも似たヒステリックな排斥運動は作品にも反映され、作中の「ハレンチ大戦争編」では、排斥側とレギュラーキャラが激しい殺し合いを演じるまでにエスカレートした。
 他愛のないギャグで始まった作品が、一種の「終末」を描く展開へと暴走したのだ。

 ヒット作「ハレンチ学園」に続くのが、73年から週刊少年マガジン連載、日本マンガ史上最大級の問題作「デビルマン」である。
 ギャグ作家としての実績を足掛かりに、この時期からの永井豪は本来志向していたSF作品に傾斜していく。
 テーマがシリアスになり、作画密度が濃くなっていくにつれ、作品で描かれる「終末感」は、さらに強烈に研ぎ澄まされていった。
 前作「ハレンチ学園」でのエロ描写に続き、「デビルマン」ではアメコミ調の筋肉描写、血がしぶき肉が引き裂かれる激しいバイオレンス描写が導入された。
 永井豪は、少年誌における性と暴力の表現の開拓者であったのだ。
 連載時の「デビルマン」は、必ずしも大ヒットした作品とは言えなかったが、後のエンタメ作品に与えた影響は計り知れない。
 現代から近未来を舞台にしながら、神や悪魔や妖怪、科学技術と呪術が混在する「伝奇SF」の世界観は、以後エンタメの一大ジャンルとして成長することになる。

 完膚なきまでに世界を滅亡させた「デビルマン」完結直後、その破滅の風景を引き継ぐように執筆開始されたのが「バイオレンスジャック」だった。
 73年から週刊少年マガジンで連載が開始されたこの作品は、巨大地震で破壊され、隔絶され、戦国時代さながらの無法地帯と化した関東を舞台とする。
 弱肉強食の荒野に忽然と現れた謎の巨人・バイオレンスジャックと、怪異な鎧を身にまとう魔王・スラムキング、そして懸命のサバイバルを続ける孤児集団の少年リーダー・逞馬竜を軸に、野望と絶望、希望渦巻く物語は展開されていく。
 今でこそ「近未来の破壊された無法地帯」という舞台設定は描き尽された感があるが、「バイオレンスジャック」は世界的に見てもかなり発表時期が早かった。
 74年に週刊連載終了後、月刊少年マガジンで77年〜78年まで連載された本作は、続く80年代、奔流のように描かれるようになった「終末後」という作品テーマの嚆矢となったのである。

 70年代の永井豪は、まさに神か悪魔が取り憑いているとしか思えないような「全盛期」にあった。
 当ブログで触れてきた「ハレンチ学園」「デビルマン」「マジンガーZ」「バイオレンスジャック」以外にも、「オモライくん」「キューティーハニー」「手天童子」「凄ノ王」等々、ここにはとても書ききれないほど、マンガ史に残る傑作の数々を集中的に執筆している。

 怒涛の70年代を通過した後の83年、永井豪は「バイオレンスジャック」の掲載誌を青年誌「週刊漫画ゴラク」に移し、再開させた。
 読者の間口の広さと引き換えに表現に制約の多い少年誌を離脱し、性と暴力の描写を存分に叩き込める場を得て、作品世界はビッグバンのような膨張を遂げた。
 永井豪の作品世界の80年代時点での集大成、最長編の大河ドラマとして、90年まで描き続けられることになった。
 それは、バイオレンスアクションであり、SFであり、神話であり、作者の内宇宙を反映したメタフィクションであり、破滅に終わった「デビルマン」への、長大な鎮魂歌でもあったのだ。

 バイオレンスジャックの世界には、「終末後」というテーマでは避けて通れない、注目すべきいくつかの「暗示」があった。

世界が破壊されても、それで全てが終るわけではない。
 カタストロフの後も、なお生き延びる人はある。
 壊れた世界には、虚飾を排した解放感はある。
 しかしそこは、むき出しの本能、むき出しの暴力が支配する阿修羅の世界である。
 それでも人は、その世界で強く生き抜かなければならない。
(続く)
posted by 九郎 at 23:58| Comment(0) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする