70年代と90年代、そしてもしかしたら2010年代の、とくにサブカルチャーの分野が似て見える理由は、感覚的によく理解できる。
70年代サブカルを空気として呼吸してきた少年少女は、90年代には青年として表現する側に成長し、リバイバルの原動力になっただろう。
70年代の青年は90年代には「先達」となって、表現を志す青年たちに「場」を与える立場になったケースも多かったことだろう。
そしてその「20年後」である2010年代にも、同様のスライド現象があって、何ら不思議はない。
私自身の90年代をふり返ってみても、とくに音楽分野については「70年代リバイバル」にどっぷりつかっていたと思う。
90年代の初頭は、とくにアナログレコードからCDへの移行期でもあり、過去のビッグネームの音源が次々にデジタル化され、CDショップの店頭に現役アーティストと同等かそれ以上の扱いで並んでいた。
若者が過去の作品を手に取りやすい環境があったのだ。
当時の私がそんな「過去のビッグネーム」の一つであるLed Zeppelinに傾倒していたことについては、以前にも紹介したことがある。
70年代ハードロックが日本の90年代に活躍したアーティストに及ぼした影響は多大で、リスペクトをそのまま作品化したようなCDもかなりヒットしていた。
●「王様の恩返し〜王様の日本語直訳ロック集」王様
●「アニメタルのベスト」アニメタル
80年代以降のサブカルは「オリジナル無き世代」などと言われながらも、歩みを止めなかった。
開拓すべきオリジナルが尽きたなら、己の「原風景」に立ち戻り、「おふざけ」「パロディ」「お笑い」等の批判など軽々と乗り越え、ただ遊び狂えばよい。
所詮サブカル、やったもの勝ち、ウケたもの勝ちなのだ。
開き直りが打ち破る閉塞、切り開く地平もあることを、身をもって表現して見せた一連のアーティストの姿には、笑いを突き抜けた涙と感動があった。
私が90年代に最も聴き込んでいた「聖飢魔U」も、そんなバンドの中の一つだった。
●聖飢魔U
地獄から世界征服の使命を帯びて82年結成、85年地球デビュー。
地獄から派遣された本物の悪魔であり、ヘビメタバンドの姿を借りた宗教団体であると自己規定し、アルバムを「教典」、ファンを「信者」と呼ぶ活動スタイルで人気を博した。
86年の「蝋人形の館」のヒットと、リーダーでありボーカル担当のデーモン閣下の当意即妙のキャラクターがウケて一気にブレイク。
デビュー当初は創始者であるダミアン浜田の楽曲の70年代的な志向が強かったが、その後何度かメンバーチェンジを繰り返すことで幅広くテクニカルな音楽性を獲得していく。
89年にはベスト盤がオリコン首位をとり、その年末にはNHK紅白歌合戦にまで登場してしまった。
世間的な人気やCDの売り上げではこの頃がピークだったので、今でも聖飢魔Uは「80年代のバンド」として紹介されることが多い。
実際、90年代初頭の聖飢魔Uは方向性に迷いが見えたり、各構成員のソロ活動が始まったりと、普通のバンドならそこで一旦解散していても不思議ではない状況があった。
しかし聖飢魔Uの本当の意味での「戦い」は、そこからだったと思う。
私はデビュー当時からの「信者」だったけれども、本気で感情移入し、聴き込むようになったのは、人気が一段落した90年代になってからのことだった。
その最も大きな要因は、リーダーであるデーモン閣下の、虚実の狭間を変幻自在に遊ぶ、透徹した知性にあった。
聖飢魔Uが演じたのは、「終末思想を持つ危険なカルト教団」の相対化に他ならず、お笑いを前面に押し出した表現の形をとりながらも、実はかなりシリアスなテーマを含んでいたのである。
CDの売り上げが「低迷」とまでいかないまでも、「そこそこ」のまま、聖飢魔Uが90年代を潜り抜けた原動力は、デーモン閣下の「公約」にあった。
「1999年まではいくら売れてなくとも続ける。1999年にはいくら売れていても必ず解散する!」
これはある意味「予言」である。
放った言葉に責任を持ち、実際その言葉通りに活動を続け、多くの佳曲を世に送り出したデーモン閣下/聖飢魔Uの姿勢は、もっともっと称賛されてよい。
デーモン閣下はキャラクター設定とは裏腹に、信者の間では「オカルト嫌い」として周知されていた。
TVやラジオのトークでは、オカルト的な事象に対しては常に懐疑的、常識的な発言に終始し、信者(ファン)がカルト的な方向に走り始めるとすぐに火消しに努めていた。
地獄から来た本物の悪魔であるというキャラクター設定は、ストイックに守り続け、虚実の狭間に遊ぶ。
一方で、合理的で冷めた視線を常に保ち、信者にも発信を続け、虚実の狭間を峻別する。
私が閣下の持つそうした二面性をはっきり意識化したのは、震災やカルト教団によるテロ事件に激震した95年以降のことだった。
現実と虚構の融合。
終末予言。
悪魔崇拝。
カルト教団とその教祖。
多くの終末カルト的なアイテムを扱いながら、数万の単位の信者(ファン)を、あくまで「遊び」「祭」の中で熱狂させる。
そして公約通り99年末に解散し、祭の幕を下ろして信者を現実に送り返す。
これを「離れ業」と呼ばずしてなんと呼ぼう。
いい加減な終末予言を煽るだけ煽って責任をとらない偽予言者やカルト教祖はいくらでもいたし、今後も数えきれないほど湧いてくるだろう。
90年代、聖飢魔Uとデーモン閣下の「水準」を目の当たりにしてきた信者は幸いである。
その審美眼があれば、程度の低い紛い物に惑わされることは無かっただろう。
他ならぬ私も、その中の一人だ。
90年代当時の聖飢魔Uの最終到達点を楽しめる大教典(アルバム)を挙げるなら、以下の二枚。
●「1999 BLACK LIST 本家極悪集大成盤」
●「LIVING LEGEND」
サブカルに徹し、サブカルを極めることで到達する境地が、多くの人を守ることもあり得るのだ。
解散後、2010年代の聖飢魔Uについては以前に一度記事にしたことがある。
(続く)