2017年10月09日

90年代の手記「月物語」3

「おお!」
 しばらくはこっちが誰かわからなかったみたいだが、二、三秒おいてから返事があった。
「来てくれたんか!」
「うん、昼前からおったんやけどな、みんな寝とったみたいやわ」
「そうそう、昨日徹夜やったからなあ」
「チケット、まだ持ってへんねんけど、ある?」
「あるで。ちょっと待ってな」
 そいつは、腰からじゃらじゃら吊下げている首飾りのうちの一つをはずした。
 それは木片に「月」という焼き印を押し、紐を通したものだった。
「これ、首にかけといて。ちょっと俺、まだ仕事あるから。ごめんな、後で話しょう」
「うん、ほんなら、また」
「また」
 僕はチケットを首にかけて、モヒカン男を見送った。

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 それから手頃な流木の切れ端を拾い、石に絵を描いて売っているおばさんに少しペンキを借りて、ジョアンのタコス屋の看板を描いた。
 彼女のリクエストで「喜」という文字をデザインしてみた。
 石屋のおばさんと世間話をしながら描いていると、モヒカン男がビール瓶を片手にやって来た。
「まあ飲んでーな。せっかく来てくれたんやから、最初の一本ぐらいおごるわ」
 僕がジョアンに看板を頼まれたことを話すと、
「へ〜、そうやったなあ。お前、絵描くの好きやったもんなあ」
 と、しばらく僕のスケッチブックを見ていた。
「あ、ちょっとライブの準備始まったみたいやから行ってくるわ」
「忙しそうやな。悪いな、気ぃ使わして」
「そんなん別にええって。今日のライブはおもろいで〜。どんとも出るからな!」
「うん」
 どうやら本物が出るらしい。

 その後すぐに看板を描き終えたので、僕もステージの方へ行ってみた。
 スタッフの人がマイクを確かめたり、ギターの音の調節をしたりしていた。
 砂浜に座って様子を見ていると、隣にも突っ立って様子を見ている、ジーンズの上下に雪駄ののっぽさんがいた。
 なんか見たことがあるやつだと思ったら、どんと本人だった。
 どんとは立ったりしゃがんだりしながら様子を見ていたが、そのうち飽きてきたのか、その辺りにいた子供を相手に話し始めた。
「みんな年いくつや? へ〜、みんな四才か。ほんなら四才が四人やな!」
 とか、ものすごくテキトーなことをニコニコしながらしゃべっていた。
 ステージ上では女性ボーカルの渋いバンドがリハをやっていた。当時の僕は彼女が誰だか知らなかったが、後にシンガーのHALKO(桑名晴子)さんだったと知った。
 リハーサルとはいいながら、同じ砂浜でフリーマーケットをやっているので、みんな演奏を聴いていた。
 こういうアバウトさは、僕は大歓迎だった。
 みんなもきっとそうだったと思う。
 バンドのリハが終ると、今度はどんとがステージに立った。目の前で軽く三曲ほどやってくれて、ちょっと得した気分になった。
 僕の隣ではいつの間にかモヒカン男も聴いていた。
 どんとの音合せが終ると、後は夕方からのライブを待つばかりとなった。

 日が落ちると、いよいよライブが始まった。
 最初はあの女性(HALKO)のバンドだった。
 座って弾いているスライドギターの人が無茶苦茶カッコよかった。
 どこから湧いて来たのかと思うほど人が集まって来た。
 狭い海岸に、二百人くらいは集まっていたのではないだろうか。
 崖の岩をくりぬいたような所に蠟燭を何十本も並べた、異様にカッコいいステージの周りには、大人や子供や赤ちゃんなど、あらゆる年齢層の人間が集まっていた。
 ライブの大音量とは逆に、空には満月が浮かび、潮が静かに満ちてきて、昼間の情景とはまた違った、独特の雰囲気になってきた。
 座って聴いている人は一人もいなかった。
 みんな踊りながら、思い思いに動き回っていた。
 海に駆け込み、水しぶきを上げながら踊り続ける女の人もいた。
 僕も演奏に合わせて、ミュージシャンの人達のスケッチを描き散らし、何事かと集まってきた人にどんどんばらまいた。
 中盤になり、どんとがステージに駆け上がってきた。
 黒いハットに赤いチェックのスーツ、バカでかい蝶ネクタイに両端のとんがったサングラス、顔にはバシバシのメイクといういで立ちで、
「それではどんとのロックンロールショーをはじめます!」
 と、見た姿そのまんまの宣言をした。

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 そういう派手な登場をしておいて、ちゃんと自分でギターの箱を開け、おもむろに用意を始めたのには爆笑がおこったが、どんと本人は少しも気にせず「スタンドバイミー」という定番中の定番みたいな曲を演奏し始めた。
 あまりの選曲に度肝を抜かれたが、その調子でロックの定番曲をメドレーで演奏されると、嫌でも盛りあげられてしまうのだった。
 それからどんとはギターを三線に持ち替えて一曲やった後、ラストを「ヘイジュード」で盛り上げ、また律儀にギターを自分でしまい「すたこらさっさ」という感じではけていった。
 それからはもうライブはカオス状態になり、再び出てきた女性ボーカルのバンドや和太鼓のグループ、それにどんとも合流して、集団発狂状態になった。
 海で踊り続けていた女の人は、もう寒いのに結局最後まで陸地に上がってこなかった。

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 参加者は全員イカれていたけれども、中でも彼女は凄かった。
 僕は惚れ惚れしながら彼女をスケッチし、ライブが終った時、敬意をこめてお辞儀をした。
 向うからもお辞儀が返ってきたが、残念なことに月の逆光で、彼女がどんな表情だったのかは見えなかった……
(続く)
posted by 九郎 at 21:00| Comment(0) | 90年代 | 更新情報をチェックする