野外のライブはこれで終り、後は海の家内の徹夜のライブを残すのみだったのだ。
演劇をやっている身としては、バラシの大変さをよく知っているので、放っておけなかった。
ジョアンに荷物を預かってもらい、手伝うことにした。
モヒカン男に紹介してもらい、他のスタッフに交じって、でかいスピーカーやアンプ等を運んだ。
僕と同じように、スタッフを手伝っている一般客も何人かいた。
一時間ほどで片付けを終えると、夜中の十一時になっていた。
「これからが本番やで」
笑うモヒカン男に案内してもらった。
中ではもうライブが始まっていて、各種布をうまく使って作られた小さなステージでは、一本の古いアコースティック・ギターを回しながら、飛び入りを含めて弾き語りをしていた。
だいたい、ブルース系が多かった。
モヒカン男は進行の仕事があったので、僕はジョアンの店に預けていた荷物を受け取り、ついでにタコスをごちそうになった。
ジョアンはさっきまで野外のライブに出ていたバンドの人達と友達らしく、僕のスケッチブックをその人達に見せてくれていたそうだ。
「すごく褒めてたよ」
そんなお世辞に調子に乗って、近くのベンチで飲んでいたバンドメンバーやどんとの所に挨拶に行き、それぞれを描いたページを受け取ってもらってしまった。
それからしばらく、ビールを飲みながら屋内のライブを見ていると、銀髪の女の人が声をかけてきた。
「あの〜、ずっと絵を描いてた子やんね? 頼んだら似顔絵とかやってくれる?」
後で知ったのだが、昼間からずっとスケッチブックを持ってうろうろしていたので「あの絵を描く人」として顔が売れていたらしい。
「あ、いいですよ。今すぐですか?」
「描いてくれる? じゃあ、お礼はどうしようか」
「え〜と、じゃあ、何か飲み物を」
これでワンドリンクかワンフードで似顔絵を引き受ける、その夜の僕の仕事が始まったのだった。
銀髪の女の人はシャケさんといった。
「絵描きさんは名前はなんて言うの?」
「僕ですか? Hっていいます」
「Hくんね。あ、ごめん。こんなぺらぺらしゃべらずに、じっとしてた方がいい?」
「ぜんぜんかまいませんよ。どっちかというとその方がいいくらいで」
初対面の人にあんまりかしこまっていられると、表情や特徴がつかみづらいものだ。
色々しゃべってもらった方が、キャラクターがつかみやすい。
それが僕の似顔絵スタイルだった。
こんな感じでシャケさんを皮切りに五人ほど描き続け、つまりは酔っ払ってお腹もいっぱいになった。
僕は机に向かって一人で描く絵も好きだが、こうして誰かと向き合って、または誰かを観客にしながら描くのも大好きなのだった。
そのころモヒカン男は、女の子としきりに何かしゃべりながら盛り上がっている様子だった。
ジャマしちゃ悪いし、こっちはこっちで結構忙しかったのでそっとしといた。
午前三時を過ぎた頃、ついに屋内ライブのネタが尽きた。
僕にとっては一日目だが、最初から祭に参加している人達にしてみれば三日目である。
そろそろ体力の限界に来ていたのだ。
海辺の深夜から早朝にかけての時間帯は、想像以上に冷え込んできた。
ライブを終えて、それでもまだ起きているメンバーは、それぞれいくつかのグループにわかれて、焚火や火鉢にあたりながら、暖をとっていた。
「寒いな〜。風呂行こうぜ、風呂」
モヒカン男が誘ってくれた。
僕達は海の家から旅館の風呂場に上がり、夜の海を見渡せる湯につかった。
そこで初めて、ゆっくり話した。
昔の話はほとんどしなかった。
月の祭についての話題ばかりだった。
八年ぶりで会った高校時代の友人と、こんな所で湯につかっていることが、不思議で仕方がないような、当り前のことのような、妙な感覚でくらくらしていた。
まあ、単に酔っ払っていただけかもしれないが……
風呂から上がると、シャケさんが手招きをしていた。
「サンマが焼けたから一緒にどう?」
僕はシャケさんとサンマをつつきながらビールを飲んだ。
いったい今日何本目だろうか?
その後、モヒカン男と、その友達のアーミー服に鼻ピアスの男と一緒に、カルロスと呼ばれていたおじさんのカクテルの店で火鉢にあたった。
するとそこに、ブルースを歌っていたおじさんがふらふら歩いてきた。
「あれ〜カルロスどこ行ったん? おらへんのん?」
「上で寝てるみたいですよ」
と鼻ピアスの男が答えた。
「店ほったらかしてなんで寝てるんや。そこの女の子にカクテル頼まれたんやけどなあ。ちょっと起こしてくるわ」
しばらくするとカルロスと連れ立って帰ってきた。
「いやな、そこの子がなんか飲みたいらしいんよ。え〜と、なんて言うたかな。カ、カ、カルボナーラやったっけ?」
そうとう酔っているようだ。
その場にいたみんなが「それはスパゲティ!」とつっこんでげらげら笑った。
つっこまれた当人は「ああ、そうか」とぽかんとしていた。
注文の「カルボナーラ」がいつまでたっても届かないので、女の子が店までやってきた。
「あの〜、カルーアミルクたのんでたんですけど……」
謎が解けて、またみんな爆笑した。
それから僕達は朝まで飲み明かして、夜明けのゼンザイをみんなで食べた後、それぞれの寝床に着いた。
僕は砂浜に寝袋を敷いて、リュックを枕にした。
(続く)