2018年05月31日

分岐点1983(80年代リアルロボットブーム覚書)その5

 この「分岐点1983」の章、書きはじめたきっかけは、実は前回記事で紹介した一冊の本を読んだことだった。


●「MSVジェネレーション ぼくたちのぼくたちによるぼくたちのための『ガンプラ革命』」あさのまさひこ(太田出版)

 本書には、以下のような重要な指摘があった。

 81〜84年のガンプラ〜MSVブーム当時、圧倒的に売れていたのはジオンではなく連邦、ザクではなくガンダムだった――

 往年のファンの間で長らく共有されてきた「ジオン系MSの方が人気」という定説を、180度ひっくり返す「史実」の指摘は、たしか本書が初出ではないはずだ。
 あとがきでもふれてある、同じ著者による2008年のモデルグラフィックス誌の記事「ザ・コンプリート・ワークス・オブMSV」が最初であったと記憶している。
 当時の私は模型誌から完全に離れていたが、なぜかその記事だけは目にとまって(失礼ながら立ち読みで済ませたけれども)、目を見開かされた覚えがある。
 その記事が今回、大幅にボリュームを増し、一冊の読み応えのある書籍の形で残ったのは、本当に価値のあることだと思う。

 表題「MSVジェネレーション」は、たぶん問題の「偽史」を端的に表現したセリフを含む「プラモ狂四郎1999」、またそれを収録した「ガンプラ・ジェネレーション」へのアンサーの意も含んでいるのではないだろうか。


●「ガンプラジェネレーション」五十嵐浩司・編(講談社)

 ブーム当時高校生だったという著者の感性は、どちらかと言えば年長ファン層に属していたのではないかと思う。
 年長ファンにとってのMSVは、様々な意味での「革新」だっただろう。
 バックボーンにアニメ作品を持たないプラモ主導、ユーザー主導のシリーズであり、MSの「リアル」をもう一段階押し進めるシリーズとして捉えていたはずで、それはサブタイトル「ぼくたちのぼくたちによるぼくたちのためのガンプラ革命」にも表れている。
 そうした路線の象徴、シリーズ第一作である「1/144 MS-06R ザクU」誕生前後の記述には、さすがに力がこもっている。
(そもそも本書、極太の帯は1/14406Rの伝説の箱絵だし、表紙カバーは素組み状態の06Rの写真だ!)

 私はと言えば、ブーム当時はまだ「子供」だったので、もう少し無邪気に、「ガンダムの続き」としてMSVを楽しんでいた。
 私を含む年少者のファン層は、どちらかと言えば保守的な需要傾向を持っていた。
 ジオン系MSVはカッコよくてもちろん好きだったが、やっぱりフルアーマーガンダムやパーフェクトガンダムに熱狂していた。
 そしてそうした好みが、尊敬するモデラーや年長ファンの皆さんの「革命の志」とは、少々ズレていることも認識していて、ちょっと「恥ずかしさ」も感じていた。
 ガンダム好きは子供っぽい趣味だと、自分自身で思っていた。
 しかし、年少者はそれで良かったのだ。
 年長者の「革命の志」はそれはそれとして、素朴な保守たる「やっぱりガンダムが好き」という年少者の層こそが、そのムーブメントを「買い支えて」いたのだ。

 アニメ「機動戦士ガンダム」の物語は、スペースノイド(宇宙移民)とアースノイド(旧来の地球人)の対立を基本構造に持っていた。

・搾取からの解放と、母星たる地球環境の保全を掲げる宇宙移民。
・地球を汚染し、資源を使い果たしながらも、なお地球に固執する旧来の人類。

・独立戦争を仕掛けたジオン側の戦力の象徴たるザク。
・急進的な改革(を表看板とした軍事独裁政権)に「待った」をかける戦力の象徴たるガンダム。

・ミリタリー感覚を導入した、純然たるリアルロボットのザク。
・旧来のスーパーロボット、ヒーロー要素を残したガンダム。

・アニメやプラモデルに「革新」を求めた年長ファン
・意外と「保守」的な需要傾向を持つ年少ファン

・作品自体やプラモデルの「質」を担保していたザク。
・ただし、ビジネスを成立させていたのは、あくまで主役機ガンダム。
 
 様々な要素の対立が、危ういバランスでリンクし、シンクロしながら、81〜82年のガンプラブーム、83〜84年のMSVブームを駆動していったのであって、どちらか一つの要素だけではあのブームは成立しなかったのではないか。

 今回「史実」を確認して、様々な疑問と共に、子供時代の自分が感じていた恥ずかしさが解消されたことを、当時の年少ファン層からのアンサーとして書き留めておきたい。

*     *     *
 
 思い返してみればMSVブームの終焉は、私の子ども時代の終焉と重なっていたように思う。
 ガンプラに浸り切った小学生時代は、本当に楽しい日々だった。
 その後、特に深い考えもなく進学した私立中高一貫の超スパルタ受験校では、周りにプラモファンなど一人もいなかった。
 作品鑑賞中心のアニメファンならそれなりにいたが、制作にスキルと時間が必要なプラモ趣味と、詰め込みスパルタ教育の相性は、決定的に悪かったのだろう。
 まず小学校高学年段階でプラモにうつつを抜かしているような子供は、中学受験には不向きである(笑)

 MSVの発売が終った頃の私の感情を今あらためて表現するなら、こんな感じになる。
 
 あんなにみんなで楽しく遊んでいたのに、いつの間にか日が暮れて、気が付いたら周りに誰もいなくなっていた――

 MSVの後を受けた「ゼータ」の頃には、私は二歳下の弟だけをプラモ仲間に、迷走気味(当時の私たちにはそう見えた)のMSデザインやストーリーに葛藤しながら、「後の祭り」を楽しんだ。
 その後はなんとなくアニメやプラモは一旦卒業した。
 プラモにハマりすぎていたせいで、ファミコンブームに乗り遅れ、結局その後の人生で一度もゲーム機を所持しなかった。
 小説やマンガを読み耽り、絵や文章を自分でも描いてみたくなった。
 4年間、子供なりに腕を磨き、考え続けた「プラモ修行」の日々は、その後私が生きていく上での基礎体力、教養になってくれたのだと思う。

(「分岐点1983」の章、了)

追記:「MSVジェネレーション」読んだら、猛烈に06R作りたくなってきた!


●1/144 MSV MS-06Rザク2

 現在制作中!!!

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posted by 九郎 at 18:03| Comment(2) | サブカルチャー | 更新情報をチェックする