2018年12月16日

上手(かみて)と下手(しもて)

 日本の演劇の用語に「上手(かみて)」「下手(しもて)」というものがあります。
 客席側から舞台を見て、右が「上手」、左が「下手」になります。
 昔、少しだけ関西小劇場の舞台美術をやっていたのですが、恥ずかしながら上手下手の区別にいつも数秒かかってました。
 迷わなくなったのは、実をいうと劇団から手を引いた後、ようやく見分け方に気付いてからです。
 それは以下のようなもの。

「吉本新喜劇で三色チンピラが出てくる方が下手!」

 今から思うと劇団時代の私は、上下を自分から見て右左で暗記しようとしてわちゃわちゃしてしまっていたのです。
 今なら「方向」としてではなく、「機能」「概念」としてわかる気がします。

 日本の伝統的な舞台では(たぶん絵巻物から受け継いだのだと思いますが)、基本的に上手から下手方向に時間が流れています。
 だから主役、主人、上位者は上手から登場し、敵や客は下手から向かってきます。
(現代の新作芝居はそのあたり、もっと自由になっています)
 吉本新喜劇などに今でも残っている観客から見て舞台の「上手から下手へ」という基本的な物語の進行方向は、お芝居の「わかりやすさ」を担保する約束事として機能しています。

 同じ構成は、絵巻物の系譜に連なる縦書き右開きの日本のマンガや絵本の世界でも守られています
 日本のマンガで、主要キャラの顔が「左向き」が多いのは、下手に向けてお話が進行しているからです。
 マンガ好きの中高生が、ちょっと本気でマンガ絵を描き始めようとする時も、右手で描きやすいこともあって、左向きの顔が多くなり、右向きキャラを描くのが、技術的な最初の壁になったりします(笑)

 日本以外の横書き左開き文化圏のマンガは、上手下手が逆転し、お話は右方向へ進行します。
 日本のマンガを海外向けに翻訳する場合、本格的にやると言葉の翻訳だけでは済まず、上下の進行方向まで根本的に逆転する必要があるため、かなり高い「障壁」になっています。
 コンピューターゲーム(たとえばマリオなど)の横スクロール画面も同じ「上下(かみしも)逆転」の形式が多くなっていますが、これはコンピューターがそもそも横書きに対応して作られているためでしょう。

 マンガであれ絵本であれ、右開きであれ左開きであれ、キャラがお話の進行方向の流れに沿って動く分には、絵は描きやすいです。
 難しいのは、その流れに逆らうような動きを描く必要がある時で、たとえば「ひっぱる」という行為をそれらしく見せるのは、意外に難しいです。
 名作絵本「おおきなかぶ」は彫刻家・佐藤忠良が絵を担当し、横書き左開きで進行します。
 話の流れは右向きなので、当然目的物である「おおきなかぶ」は、右側に配置されています。
「ひっぱる」という行為はページ進行、読者の視線の動きと逆向きになるので、どんなに絵で上手く描いても伝わりにくくなります。
 下手すると、同じ絵でも全く逆の動作に見えてきてしまいます。
 重力や力のかかり方、動きの表現のプロである彫刻家・佐藤忠良にとっても「絵本の進行方向と逆にひっぱる」というのは難題だったらしく、描いていてどうしても「押している」ように見えてきてしまい、何度も描きなおしたという逸話があります。
 それほど、お話の進行上の「上下(かみしも)」の感覚は、画面を支配します。
 絵画や一枚イラストと、マンガや絵本等のお話の進行の上下(かみしも)が存在する絵との、一番の違いがこれで、「絵の技術」だけではマンガが描けないのは、このためです。

 時間芸術と空間芸術という分類があります。
 時間芸術は作品内に「時間経過」があるもの。
 広く捉えれば音楽や映像、演劇、文学もこれに入ります。
 空間芸術は絵画や彫刻など、基本的に静止した作品を鑑賞するだけで成立するジャンルを指します。
 絵巻物、絵本、マンガ等は、手法としては絵の要素が大きいのですが、分類としては時間芸術の方に入るのです。

 現代演劇では舞台の「上手下手」の機能は薄れつつあります。
 また実写映像や3DCGでは、物語が「画面奥」へと進行していく、あらたな「上下(かみしも)」の基本形があるようです。
 ただ「シンプルな分かりやすさ」という点においては、まだまだ横スクロール型の物語進行は有効性をもっているわけです。
posted by 九郎 at 00:04| Comment(0) | 妄想絵画論 | 更新情報をチェックする