70年代の子供は、戦中戦後生まれの両親が既にマンガやTV育ちだった。
家に「親が自分で読みたいマンガ」があるケースも多く、そんな作品の中には、子供が読んでも面白い「利害の一致」した作品がいくつかあり、おそらく「はだしのゲン」もそんな中の一つだった。
広島に投下された原爆の惨禍を、作者自身の実体験をもとに抉り出したこの作品は、70年代後半当時の小学校図書室にある数少ないマンガの内の一つであり、各教室の学級文庫などにもよく置かれている特異なマンガ作品でもあった。
作品の発表形式も、かなり変遷がある。
それぞれの時期の著者・中沢啓治(1939生)の年齢と共に、以下にまとめてみよう。
72年、原形となった自伝的短編「おれは見た」週刊少年ジャンプ掲載。(作者33歳)
73〜74年、「はだしのゲン」本編、週刊少年ジャンプ連載。(34〜35歳)
75〜76年、「市民」連載。(36〜37歳)
76年、汐文社から単行本の刊行開始。
77〜80年、「文化評論」連載。(38〜41歳)
82〜85年、「教育評論」連載。(43〜46歳)
サブカルチャーのまさに最前線である週刊少年マンガ誌から出発し、発表媒体を折々渡り歩きながらも、主人公ゲンの成長とシンクロする形で戦中戦後の広島の苛烈な風景は描き継がれた。
この作品の凄みは何層にも重なっている。
まず基底部分に作者自身の「実体験」がある。
戦中の軍国主義や原爆の惨禍、そして国が「国民の生命と生活を守る」という正統性を失った戦後の混乱期の描写の数々。
どれも間違いなく「本物」としての質量があり、その点において空前絶後である。
エンタメ作品として語る上で多少の脚色はあるものの、「実録」の要素が極めて強いのだ。
次に表現として、現実の悲惨さのみを強調した陰惨な作風ではないところが凄い。
主人公ゲンをはじめとする少年少女たちは生きるためなら罪を犯すこともいとわず、あくまで明るく「ガハハ」と笑いながら戦中戦後を駆け抜ける爽快さがあり、「生きのびる」ということに対する大肯定があるのだ。
反戦反核の内容であるということは、読み継がれている理由の一要素に過ぎない。
内容が「重要だ」という理由だけでは、多くの人はわざわざ作品を手にとったりしない。
人は日々生きることに忙しく、いくら重要な事柄が描かれた作品であっても、その重要さだけを理由に鑑賞する意欲を持つのは、よほど真面目な人だけである。
唯一「読んで面白い」という要素だけが、多くの読者の財布の紐を緩ませ、ページをめくる時間を割かせるのである。
その背景にはおそらく、原爆が投下された地獄の広島を、誰にも頼らず生き抜いてきた経験があったことだろう。
大切なことを描いているということ自体に寄りかからず、漫画としての面白さを保持しながら、血を吐くような自信の思いを込めて作品を紡ぐという離れ業をやってのけたのだ。
地べたを這いずる庶民の乾いたリアリズムが、作品の内容にも制作姿勢にも貫かれているからこそ、週刊少年ジャンプというサブカルチャーの最前線で連載を貼ることが出来たのだ。
売れる本は時代を超えて刊行され続け、いくら内容が良質でも売れない本は消えていく。
出版不況の中、8月の原爆忌が近づくごとに、「はだしのゲン」コンビニ版が刊行されているのも、それだけの売り上げが見込めるということだろう。
資本主義社会において「面白い」「エンターテイメントとして優れている」ということは最強だ。
そもそも、暴虐の現場に作家の魂が居合わせたことこそが、一つの奇跡なのだ。
原爆地獄の広島で、家族や友人たちを虐殺され続けたかつての少年が、その怨念を背負ってたった一人、ペンをとり、単身、最凶兵器と超大国に喧嘩を売ったのだ。
戦時中の爆撃機VS竹槍どころではない、核兵器VSペンなのだ。
まともに考えれば勝てるわけがないのである。
事実、作者が希求した核廃絶への道のりはまだまだ遠い。
核抑止論という極めて原始的な「力には力」のパワーバランスの在り方は、原始的であるだけに突き崩すことは容易ではない。
世界中の頭脳が知恵を結集しても、いまだこの野蛮な理屈をひっくり返せていない。
核兵器自体は性能を格段に向上させながら、世界中に拡散し続けている。
その一方で、「はだしのゲン」は世界中で読み継がれている。
野蛮な最強兵器の存在に、ほんの一矢でも反撃し得ているのが、知識人の言説ではなく、一匹狼気質の被爆者が描いた「たかがポンチ絵」なのだ。
これを「奇跡の善戦」と呼ばずしてなんと呼ぼうか。
この作品の凄みにさらに一つ付け加えるとするなら、それは単行本で広く読まれるようになった70年代後半という時世において、一つの「終末」の様相を想起させたということだろう。
おりしも「終末ブーム」の最中。
東西冷戦激化の中、全面核戦争による「世の終り」は今そこにある現実的な危機として捉えられており、本作「はだしのゲン」は「その時何が起こるか?」を描き出す作品でもあったのだ。
他のサブカル作品で繰り返し描かれる「終末」は、「地球爆発」というような、規模は大きいけれども具体性を欠いた描写でしかなかった。
世の終末、そこに生活する人々が直面する地獄について、「はだしのゲン」の原爆投下直後の描写は、初めて具体的な材料を提示したのだ。
それは歴史上の「過去」であると同時に、これから待ち受ける「未来」として私たち子供にも感じられた。
作者としては「少年マンガとしてかなり抑えた表現」であったとしても、原爆投下直後の凄惨な「絵」は、凄まじい衝撃をもって私を含めた子供たちの脳裏に刻み込まれたのだった。
そしてもう一つ、この時点では知る由もなかったことだが、二十年近く後の90年代、奇しくも私は「はだしのゲン」に描かれたものとよく似た「瓦礫の街」に立つことになるのである。