中世に創作された神仏習合の書の中に「大和葛城宝山記」という一書がある。
冒頭に「行基菩薩撰」と表記されているが、実際には鎌倉時代後期に創作されたものであるらしい。
ごく短い文書だが、大和葛城山周辺を舞台に、壮大な宇宙の開闢神話が展開されており、当時の宗教者達には重視されたようだ。
中世の神仏習合の書らしく、インド神話の神々や仏教尊、日本神話の神々が複雑に読み替えられて登場し、葛城山脈の峰々が神話の舞台として紹介されている。日本の古都のほど近くに、世界の神々や宇宙と繋がる神話が伝えられていることになり、非常に面白い。
特殊な文書だが、岩波書店「日本思想体系」に収録されているので、原典にあたるのにさほど苦労は無い。
葛城は役行者の出身地であり、修験道の中心地だ。
仏教・神道・儒教など、宗派の判然とした状態を見慣れた現代人の眼で見れば、修験道は正体不明の「ごちゃまぜ」宗教の代表のように受け止められやすい。しかし日本の宗教史上では、そうした「ごちゃまぜ」の神仏習合時代の方が遥かに長かった。そうでなかった時代の方が珍しい。
とくに神道については、明治期にかなり人為的に「記紀神話」の内容にまで復古させた経緯があり、現在の「神道」の在り方が古来からずっと継続しているわけではない。
葛城の信仰の歴史的厚みを理解するには、こうした中世神話をおさえておくことも必要だろう。
●「中世神話」山本ひろ子(岩波新書)
中世神話一般を扱った入門書だが、「大和葛城宝山記」についても各所で触れて詳細な解説を施してある。「宝山記」はごく短い文書なので、中心的な内容についてはほぼ全て語られていると言って良い。その他の文書と関連付けられているので、中世神話の持つ世界観特有の傾向を掴め、理解しやすくなる。
●「神仏習合の本」(学研Books Esoterica45)
以前にも一度、紹介したことがある一冊だが、「大和葛城宝山記」についても何箇所かで言及がある。
図版が非常に豊富なので、当時の人々が中世神話についてどのようなビジュアルイメージを持っていたのか、よくわかる。
●「日本思想大系19 中世神道論」(岩波書店)
今回紹介した「大和葛城宝山記」本文を読みたい場合はこの一冊。
このシリーズは日本宗教の原典資料を探す場合、非常に重宝する。図書館に所蔵されていることが多く、古書店で探せばたまに安く見つかるので要チェック。
2009年06月06日
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『中世神道論』は、存覚上人の『諸神本懐集』ばっかり読んでおりましたので、このご紹介を元に、その「宝山記」を読んでみたいと思います。
『諸神本懐集』は前から気になりながら、まだ読めていません。
法然上人以降の浄土信仰は「阿弥陀一仏だけを他から切り離して選び取る」と言う印象があるのですが、存覚上人の場合は「諸神の中から選抜して阿弥陀一仏に統合する」というアプローチかなと思っています。
本願寺の信仰にも蓮如上人に至るまでに色々紆余曲折があったようですね。