2009年10月25日

その男の名は「孫一」3

(続き)

 中世から近世にかけて、盲目の僧が「平家物語」等の軍記物を琵琶の音にのせて語る、「琵琶法師」という芸能があった。その姿は、有名な「耳無し芳一」の物語によく表現されている。
 琵琶法師は盲目であるがゆえに「音」に関する特別な感受性を持ち、この世のものならぬ音を聴き、仲介することが出来るとイメージされていたという。「平家物語」も単なる芸能というよりは、浮かばれぬ霊を慰める鎮魂の行為でもあり、また琵琶法師は「地神経」等を唱えて神事を執り行う民間宗教者としての側面も持っていた。
 以前一度紹介した本にはそうした琵琶法師という在り方が詳細に解説されている。


●「琵琶法師―“異界”を語る人びと」兵藤裕己(岩波新書)

 また、下で紹介する本によると、こうした芸能民であり、民間宗教者でもあった琵琶法師が、中世の本願寺教団に多数出入りしていた記録が残っているという。


●「信長と石山合戦―中世の信仰と一揆」神田千里(吉川弘文館 歴史文化セレクション)

 浄土真宗や本願寺教団と言えば、一般には「阿弥陀一仏を信仰する一神教的性格を持ち、雑多な呪術的行為を嫌う」と説明される。もちろん開祖・親鸞の説く教義はそうした説明から大きく外れるものではないのだが、中世以降隆盛を誇った「一向宗」という集団の実態は、必ずしも一般に説明されるように「純粋」な信仰だけで固まったものでは無かった。
 外側から「一向宗」という言葉で括られる念仏集団の中でも、蓮如が再興した本願寺は、多数の門徒を抱える教団組織で中心的役割を果たした。
 本願寺が多数の民衆を結集することが出来たのは、蓮如のある意味「融通無碍」な布教によるところが大きい。
 開祖・親鸞の教えを中核に据え、その方向に教導することに力を注ぎながらも、雑多な信仰を持つ民衆や芸能民、民間宗教者を一旦は丸抱えにする在り方が、寺内町の持つエネルギーの源泉になった。
 また、親鸞や蓮如自身も「声」「うた」「語り」という、芸能の持つ力を重視しており、多くの「声に出して読む」ための和讃や文章を残している。 そこから考えると、当時の本願寺の法要に多数の琵琶法師が招聘されていた記録があることも、さほど不思議ではなく思える。

 ところで、ここで紹介した二冊の本のうちの一冊目「琵琶法師―“異界”を語る人びと」兵藤裕己(岩波新書)によると、中世琵琶法師には、主に三派の流れがあったと言う。
 その三派はそれぞれ名前に特徴があり、所属する琵琶法師は名前の中の一字を共有していた。「○一」を名乗る「一方派」、「城○」を名乗る「八坂方派」、「真○」を名乗るもう一つの派が主だった三派を形成していたそうだ。おそらく物語「耳なし芳一」も「○一(〜いち)」の流れを汲む者であったのだろう。
 名に「〜いち」を持つということは、「盲目である」というイメージの符丁であったふしもある。これは琵琶法師ではないが「座頭市」というキャラクターは、「座頭」も「いち」も「盲目」ということから繋がる名であるのかもしれない。


 ここで思い返すのは「雑賀孫市」「鈴木孫一」と言う名の、我等がヒーローのことである。

 これまでの内容を整理してみよう。
・彼の活躍した時代、そして地域は、本願寺寺内町が繁栄を誇っていた。
・本願寺寺内町にはさまざまな民衆、農耕民以外の職能民、芸能民、民間宗教者が集っており、その中には琵琶法師も多数出入りしていた。
・雑賀衆の中には「〜大夫」という芸能民や民間宗教者を思わせる名を持つ者が多数存在した。
・琵琶法師の有力な三派のうち一派は「○一」を名乗っていた。

 司馬遼太郎の小説から「雑賀孫市」という人物に興味を持ち、さまざまな資料を読んで拾い集めた断片は以上のようなものであった。
 ここからは私の単なる空想であるのだが、「雑賀孫市」「鈴木孫一」という人物は、もしかしたら琵琶法師と縁のある人物ではなかったかと思えてくるのだ。
 もちろん戦国最強を誇る雑賀鉄砲衆のリーダーが、盲目の琵琶法師そのものではあり得ないのだが、近縁の親族の中に琵琶法師、とくに「○一」を名乗る一方派の存在があり、それにちなんだ通称が「孫一」だったのではないか?
 あるいはその琵琶法師は、「孫一」の祖父の代に居たのではないだろうか?

 とりとめもない空想の中、ある情景が浮かんでくる……


 凄腕揃いの雑賀鉄砲衆
 闇夜に蛍を撃ち落とすもの
 庭先ではねまわる小雀を撃ち抜くもの
 吊り下げた針に弾を当てて見せるもの
 遠くの水辺で休息する鶴の首を撃ち抜くもの
 狙った的に二つと穴を開けずに連射するもの
 誰もが歌い踊る宴の中で
 苦もなくそうした芸をやってのける名手達

 そうした郎党の名人芸を
 祖父から譲り受けた琵琶を爪弾きながら眺めていた「孫一」
 おもむろに立ち上がって真打登場
 愛用の鉄砲を受け取り、自分に目隠しをさせてみせる棟梁
 鉄砲を換えながら次々と発射される弾丸は
 見事違わず的の中心を打ち抜いていく
 一同拍手喝采、宴はさらなるたけなわへ……



 これは単なる空想である(笑)

(了)
posted by 九郎 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 和歌浦 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック