【巨旦大王】
使者の知らせに喜んだ牛頭天王は、三日間かけて心身の穢れを祓い、眷属とともに馬車で南海、八万里の彼方の竜宮へと出発した。三万里ほど進んだ一行は休息のために一夜の宿を求めた。
そこは夜叉国。鬼の王、巨旦大王(こたんだいおう)の支配する魑魅魍魎の国だった。巨旦大王は牛頭天王を激しく罵倒し、追い返してしまう。 疲労困憊した一行は、さらに千里進んだところで巨旦大王の奴隷の女と出会う。女は牛頭天王に「蘇民将来という老翁の元を訪れるように」と伝えた。この貧しいが慈悲深い老翁は、天王一行を快く迎えた。不思議なことにそのあばら家に大勢の眷属は残らず入ることができ、瓢の中のわずかな粟は残らず一行にいきわたった。こうして牛頭天王はようやく休息することができた。
天王は喜んで老翁に千金を与え、竜女を求める旅の目的を語った。まだまだ長い旅の行く末を案じた老翁は、一瞬にして数万里を走る宝船を天王に貸し与えた。天王は喜び勇んで出発し、たちまち竜宮城に到着した。
【図像について】
後に詳しく述べるが、巨旦大王は牛頭天王に滅ぼされ、最強の祟り神「艮の金神(うしとらのこんじん)」となる。
今回の「巨旦大王」の図は、高御位神宮所蔵「鬼門大金神」図を参照した。「金神」の図像としては関連書籍等でよく紹介されているもので、異様な迫力のある図像だ。構図もそのままに踏襲しているので「見たことがある」と感じた人もいると思う。
私は神仏の絵を描くために様々な資料にあたっているうち、この元図像にも出典が存在することに最近気付いた。密教の資料である「仁王経法本尊像」を採録した図版の中に、「鬼門大金神」とほとんど同じ姿の仏尊を発見したのだ。
神仏の姿は伝統的な図像を引用し、受け継いで行くことでその呪力をも継承する。私もそうした神仏絵師達の末席に連なってみたいと思っている。
【追記】
この図像について新たに気付いたことを、以下の記事にメモ。
「東寺密教図像の世界」展