【巨旦の墓標】
鉄壁の防備を固めた巨旦大王の居城を前に、牛頭天王は内心舌を巻いた。何とか攻略の糸口見つけるために偵察を送ってみると、果たして法力僧の一人が居眠りをして行を怠っていることがわかった。そのため頑丈な防備の中でただ一点、開け放した窓があるということだ。
牛頭天王は空から居城に攻め入り、巨旦大王とその眷属を滅ぼし尽くしてしまった。その際、かつて蘇民将来を紹介してくれた奴隷女だけは救おうと、邪気を避ける札を作って指先ではじくと、たちまち札は女のもとに到着して命を守った。
牛頭天王は巨旦大王の死骸を五つに切り刻み、五節句に配して巨旦調伏の祭礼とした。そして天竺に帰る途中、蘇民将来の家に立ち寄ってみると、貧しかった蘇民将来は数々の宮殿を持つ長者になっており、牛頭天王と八王子は熱烈な歓迎を受けた。喜んだ牛頭天王は、蘇民将来に巨旦の夜叉国を与え、子孫の守護を約束した。
「遠い未来、衆生は煩悩に耽って天地のバランスを崩し、心身は腐れ果てるであろう。私と八王子とその眷属は、その末法の世に疫病神として現れる。もし恐ろしい病から逃れたいと望むなら『蘇民将来の子孫なり』と名乗り、五節句の祭礼を執り行うが良い」
このような予言をのこし、牛頭天王は立ち去ったのである。
(『牛頭天王縁起』概略、了)
【巨旦調伏の祭礼】
牛頭天王の語る五節句の意義は以下のようになる。
・一月一日----紅白の鏡餅(巨旦の骨肉)
・三月三日----蓬の草餅(巨旦の皮膚)
・五月五日----菖蒲のちまき(巨旦の髭と髪)
・七月七日----小麦の素麺(巨旦の筋)
・九月九日----黄菊の酒(巨旦の血)
さらに付け加えて、以下のようにその意義を説く。
・蹴鞠(巨旦の頭)
・弓矢の的(巨旦の目)
・門松(巨旦の墓標)
つまり私たちが日常何気なく眺めている日本の祭礼の多くが、巨旦調伏のための儀式なのだ。