そのため漁業や海運業を生業とする者が多く、特殊な副業として鉄砲隊による傭兵活動も行っていたようだ。
そうした農耕民以外の海山の民は、生業に仏教で禁じられた「殺生」を伴うことが多かった。農業を営み、租税を領主に納める「良民」である農耕民からは蔑視の対象になることが多く、また仏教の救いの対象からも漏れがちだった。
しかし河原や沿岸部には地縁・血縁から一旦離れた商売が行われる「市」が立ち、それは農村から離れた都市生活の始まりでもあり、経済力を武器にした中世的自由民が集っていた。
蓮如が中興した本願寺教団は、率先してそうした自由民に布教し、救いの道をもたらし、生活と信仰が一体となった寺内町のネットワークを築き上げて、戦国の世に一大勢力となっていた。
蓮如が布教に使用した「文(ふみ)」(御文章、御文)の中に、それが端的に表れたものがある。
以下に引用してみよう。
一帖の三 猟漁(りょうすなどり)
まづ当流の安心のおもむきは、あながちにわがこころのわろきをも、また妄念妄執のこころのおこるをも、とどめよといふにもあらず。ただあきなひをもし、奉公をもせよ、猟すなどりをもせよ、かかるあさましき罪業にのみ、朝夕まどひぬるわれらごときのいたづらものを、たすけんと誓ひまします弥陀如来の本願にてましますぞとふかく信じて、一心にふたごころなく、弥陀一仏の悲願にすがりて、たすけましませとおもふこころの一念の信まことなれば、かならず如来の御たすけにあづかるものなり。
このうへには、なにとこころえて念仏申すべきぞなれば、往生はいまの信力によりて御たすけありつるかたじけなき御恩報謝のために、わがいのちあらんかぎりは、報謝のためとおもひて念仏申すべきなり。これを当流の安心決定したる信心の行者とは申すべきなり。あなかしこ、あなかしこ。
文明三年十二月十八日
救われない職業の代表として「あきない」「奉公」「猟漁」が挙げてあるが、これは当時の社会通念として蔑視の対象であった身分に、阿弥陀如来への「信」をきっかけとして救いをもたらし、全ての人間に平等をもたらす為の教えだ。
こうした内容の源流は法然、親鸞の言説にも既にあるのだが、蓮如の「文」は蔑視されていた職業をはっきり名指しにすることでより明確に平等を志向していると感じる。
沿海部の雑賀衆は、まさに「あきない」「奉公」「猟漁」を生業とする人々であったので、そうした生き方を肯定し、救いをもたらすこの「文」は力を発揮したはずだ。
また「蓮如上人御一代記聞書」には、蓮如が積極的に門徒同士の会話・コミュニケーションを奨励したと分かる内容がある。
蓮如上人仰せられ候ふ。物をいへいへと仰せられ候ふ。物を申さぬものはおそろしきと仰せられ候ふ。信・不信ともに、ただ物をいへと仰せられ候ふ。物を申せば心底もきこえ、また人にも直さるるなり。ただ物を申せと仰せられ候ふ。
一日の仕事を終えた門徒衆が疲れも厭わず御坊に集い、信仰を深めていったのは、誰もが同じ高さに座して説法を聞き、声を合わせて念仏和讃を唱え、時には飲み食いしながら語らう「楽しさ」があったからに違いない。
そうした雰囲気が、元々の雑賀衆の気質にも合っていたのだろう。
ところで、雅な一騎打ち主体の平安・鎌倉時代に比べ、殺伐とした戦闘ばかりだった印象がある戦国時代だが、まだ「ことば戦い」という慣習も残っていたようだ。
武器による戦闘の前に、互いに大音声で自分達の正当性を述べ合うのが「ことば戦い」なのだが、戦国時代であってもまずは最初に口上を述べ合い、時にはそれだけで勝負が決することもあったという。
本願寺勢力が約百年間の自治を達成したことで有名な、加賀国一向一揆でも守護方と一揆方で激しい舌戦が繰り広げられたという。
日頃の語らいで磨き上げられた一揆衆の「ことば」には、さぞ守護方も苦戦したことだろう。
人気の高い織田信長の視点の物語では、「無知蒙昧な民衆が狂信的なカルトに駆り立てられて戦った」というイメージで描かれることが多い一向一揆だが、いくら中世でもそんな狂信・妄信だけで並み居る戦国大名に対抗できるほどの勢力が成立し、百年の長きにわたって持続するわけがない。
門徒宗には手広く交易を手がける海運業者や、諸国を巡る芸能民も数多く、御坊に集う者は農民も含めて、日々の交流や語らいを通じて、広い視野と相対的には高い知的水準を備えていただろう。
日々の生業に鍛えられた民衆のリアリズムとしっかり結びついていたことが、本願寺教団の強みだったのだろう。
蓮如については、まずはこの本をお勧めしておく。
●「蓮如―聖俗具有の人間像」五木寛之(岩波新書)
恐縮ながら、拙ブログでは以前、蓮如上人に関する一代記の記事を連載したことがありまして、その時にこの辺のことも、分かる範囲で調べた記憶がございます。
その頃の記憶を呼び起こしながら、記事を拝見しております。
2006年に「つらつら日暮らし」を拝見するようになってからの記事は大体読ませていただいていたのですが、それ以前の記事は未見でした。
ご紹介ありがとうございます。参考にさせていただきますね。