戦国ブームが浸透している昨今、統計を取ったわけではないが、若い世代の一番人気はやはり織田信長ではないかという感じがする。
漫画やゲームでキャラクター化された「魔王・信長」が活躍するにつれ、「信長を最も手こずらせた男」としての「雑賀孫市」にも注目が集まるようになってきた。
現在連載中、もしくは最近発表作の中にも、たくさんの孫市像や、雑賀衆の活躍が描かれつつある。
●「戦国八咫烏」小林裕和(週刊少年サンデー連載)
主人公は「雑賀孫一」名義になっており、日本神話の中に登場する導きの神「八咫烏」の末裔としての性格が強調されている。来るべき外国勢の日本侵略に備え、国内の英傑を導いて成長させることを行動原理としている。少年漫画としては中々面白いアプローチで、今後避けがたく描かれるであろう本願寺との関わり方が注目される。
●「雷神孫市」さだやす圭(隔週刊プレイコミック連載)
戦国時代を舞台に、雑賀孫市を使っておなじみのさだやす無頼派ヒーローの活躍が描かれている。登場する孫市は、もちろん非門徒だ。
●「孫市がいくさ」わらいなく(月刊COMICリュウ掲載)
同誌の主催する新人賞受賞作品。
何よりも絵が素晴らしい。新人らしく荒削りなタッチだが、この作者にしか出せない強烈な個性がある。ちょっとデビュー当時の三浦建太郎(「ベルセルク」作者)を思わせる勢いを感じるので、今後必ず活躍する人だと思う。選評でも触れられているが、絵・物語ともに、作品中に現われている以上の、奥行きと余裕がありそうだ。歴史物ではなく、完全なフィクションに向いているのかもしれないが、今回の作品の背景に横たわる、まだ描かれていない巨大な物語も、十分な商業漫画の経験値を積んだ後に、いつの日か見てみたい。
私が見た範囲に限って言えば、ここ数年の新人漫画家の中では突出したものがあると感じた。
●「雑賀六字の城」(歴史街道増刊「コミック大河」連載)
カテゴリ和歌浦これまでにも度々紹介してきた作品。現在発売中の号で、ついに「鈴木孫一」が登場している。
原作小説を書いている津本陽の作品では、「孫一」の扱いはどれもそっけない。おそらく先行する司馬遼太郎作品との差別化をはかる意味もあるのだと思うが、漫画版では「本願寺方の猛将」として描かれるようだ。数少ない「門徒としての孫一」が見られる作品。
比較的史実に沿った石山合戦を漫画で見たい場合は、この作品が現時点ではベストだと思う。
実在の人物としての「鈴木孫一」も、キャラクター化された「雑賀孫市」も、ともに主戦場は信長と本願寺の戦いであった。徐々にではあるが、初心者向けの解説本などにも「石山合戦」や「大坂本願寺」「顕如」についての記事が出始めている。
しかし現存する特定宗派(浄土真宗本願寺派)の教義とも絡んでくるせいか、あまりそのあたりに踏み込んだ作品や解説は出ていないようだ。
信長の宿敵「雑賀孫市」の設定も、本願寺の信仰とは一線を画した形で描かれることが多い。
そうした人物設定の嚆矢は、やはり司馬遼太郎「尻啖え孫市」だろう。この作品に描かれる、女性を愛し、何物にも縛られない非・門徒の「自由な孫市」像があまりに魅力的だったため、以後登場した孫市像の下敷きになっているのだろう。
実在の「鈴木孫一」の場合は、いくつかの状況証拠から、本願寺の熱心な門徒であった可能性が高いと私は考えているが、現代の物語作品で広く一般に「ウケる」ヒーロー像としては、あまり宗派性を出さない方が良いと判断されることは理解できる。
一方で、司馬遼太郎以前の物語の中で描かれた「孫市」は、全く違う姿だった。たとえば司馬遼太郎自身も参照していると思われる「石山軍記」等の中での孫市は、本願寺を守る門徒のヒーロー的な存在だ。
実在の人物としての鈴木孫一が、史料に乏しい人物であることが、逆に様々な読み替えを可能にしているのだろう。
それぞれの時代、求められるヒーロー像は様々だ。いずれまた、「門徒としての孫市」が輝きを放つ時期が来るかもしれない。
また、中世において身分制を超えた自由都市であった「寺内町」や、その在り方の中核としての親鸞・蓮如の思想も、何かと息苦しい格差社会たる現代に、プラスのイメージで描かれる時期が来るかもしれない。
実在の「孫一」や史実としての「石山合戦」に関心がある人は、以下の本をお勧めしておく。
●「戦国鉄砲・傭兵隊―天下人に逆らった紀州雑賀衆」鈴木真哉(平凡社新書)
●「信長と石山合戦―中世の信仰と一揆」神田千里(吉川弘文館 歴史文化セレクション)
●「織田信長 石山本願寺合戦全史―顕如との十年戦争の真実」武田鏡村(ベスト新書)
2010年06月22日
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