明らかに一週間前の徹夜続きが原因だ。
多忙が一段落した土日は、割とのんびり過ごせたのだが、夜になってひどい吐き気に襲われた。
すぐに「来たな!」と思った。
私にとってはおなじみの感覚だ。一、二年に一回、疲労がたまりきった極限に、全部をひっかぶった胃が悲鳴を上げる。
(以下、食事中の人は注意!)
そこからはよく知った症状が始まる。
胃の内容物が空になるまでおう吐は続く。暑いさなか、脱水症状を起こさないように飲んだ水や麦茶も、しばらくすると戻してしまう。
背中と腹筋がギシギシ軋む。
蒲団からの移動がつらくなって、トイレの前に寝転び始める。
傍から見れば重篤に見えるかもしれないが、本人も非常に苦しんではいるけれども「やり過ごせば大丈夫」と分かっているので不安は無い。
賢い体が、阿呆な頭に強制休養を命じているのだ。
私の頭は阿呆に出来ているので、すぐ根性論でなんとかしようとする。本当に危険な状態になる前に体の方がブレーキを踏み、胃の大掃除をしてくれているのだ。
苦しいのは今夜一晩、そのうち嘔吐感より疲労が勝って眠ってしまうだろう。眼がさめれば多少マシな状態になっているはずだ。
それにしても水分を受け付けないのは困りものだ。
なんとかならないか……
回らない頭で「スポーツドリンク!」と思き、マンションの前にある自販まで這って行って、ペットボトルを購入。その場でフタを空けて、一口含む。
喉から胃に流れこんだ感じは悪くない。お茶や水は吸収されるより先に嘔吐感が来てしまうのだが、スポーツドリンクなら吸収が速いので嘔吐感の先を行けるようだ。(あとで医者に聞くと「スポーツドリンクはいいけど、アミノ酸飲料はやめといた方がいいから、気を付けてくださいね」とのこと)
部屋に戻ると体力も尽きて、眠りに落ちることができた。
月曜、朝。
激しい嘔吐は去っていたが、「動けない・飲めない・もちろん食べられない」の状態は続いていた。昨夜の酷使で背中の筋肉がだるく、重い。
しかし、後は一日休んでいれば動けるようになるとわかっており、事実その通りになった。
火曜からは、豆腐やお粥は食べられるようになった。
空腹を感じられればもう大丈夫。体が徐行運転を許可してくれているのだ。
後は調子に乗らないように、ゆっくり動き始めればいい。
休んでいる間、土曜日に購入しておいて後で読もうと思っていた雑誌に目を通していた。
買ったのは「ゴング格闘技」という雑誌。昔はよく格闘技やプロレス誌を買っていて、発売日の早朝にコンビニにダッシュしたりしていたものだが、この十年ほどはほとんど手を出していなかった。
たまたま買う気になったのは、ムツゴロウさんのインタビュー記事が掲載されていたからだ。
ムツゴロウ・畑正憲さんは、何人かいる私の「心の中の大先達」のお一人。
一般にはTVの「ムツゴロウの動物王国」で、動物たちと戯れる風変わりなおじいさんというイメージが強いかもしれないが、格闘技やギャンブル、囲碁将棋などの勝負事にも造詣が深く、自身で達者なイラストも描き、映像作家の一面もあり、もちろん本職(?)は動物学者で……
肩書きを並べれば並べるほど、ことの本質が見えなくなってしまうようで幻惑されてしまうのだが、それはともかく、数々の修羅場を潜り抜け、超人的なエピソードを持った「怪人」であることは確かだ。(興味のある人は「ムツゴロウ インタビュー」で検索してみると、物凄い記事がヒットしてくるかも……)
今回の「ゴング格闘技」の記事も、それ自体はそこそこ抑えられた内容だった。もしかしたら「当たり障りのある内容」は世の良識に従ってカットされているのかもしれないが、それでもムツゴロウ節はいかんなく発揮されており、印象に残った表現もあった。
動物との接し方についての答えを引用してみよう。
「植物はみんなそうですよね。ポッと出るんですけど、そこから落ちて病気みたいになる。でもまた殻を破って出てくる。それを囲碁の世界でも病み抜けるって言うんです。そうすると技量がフッと上がるんです。動物に対してもあれこれ考えて、ああしたらいいか、こうしたらいいかと、っていろいろ思っててはダメです」
ここでの「病み抜ける」という言葉は、実際の健康状態とは無関係に使用されているが、畑正憲さんこそが文字通り肉体を酷使して「病み抜ける」ことで数々の伝説を残してきた人だった。
自分を極限まで追い込みながら苦難をむしろ楽しんで、そこから生還してくる様は、まるでサイヤ人の不屈の生命力を見るようだった。
ムツゴロウ名義のTVタレントとしての活動が良く知られているけれども、私は畑正憲名義の著作の愛読者だ。おそらく九割以上は読んでいるはずだが、中でも畑正憲の明暗織り交ぜた内面が赤裸々に描かれた自伝的な作品が好きで、何度も繰り返し読んでいる。
何冊か紹介しておこう。
●「さよならどんべえ」畑正憲 (角川文庫)
ちょっと表現する言葉が見つからないぐらい凄まじい一冊。「ムツゴロウさんが北海道でクマと暮らしていた」ということを知る人は多いだろう。しかしイメージだけで言えば一見牧歌的にさえ感じられるそのエピソードの実態を知る人は少ない。畑正憲さんは、檻の中でヒグマを「飼育」し、サーカスのように鞭とアメで芸をさせていた訳ではないのだ。生まれたばかりの小熊をなるべく野生に近い状態で育てるために家族そろって無人島に移住し、やや成長してやむなく檻に入れた後も、自ら檻に入って生身で相対してきたのだ。
そしてどうしようもなくやってくるどんべえの「親離れ」のとき。野生のヒグマが親離れ、子離れするために対決する時を、畑正憲さんは「親」として身をもって体験することになる。
その「対決」のあと、やがてあっけなくやってくるどんべえとの別れ。悪化していく畑正憲さんの体調と不思議なリンクを感じさせる死は、読後ずっと記憶に残り続ける。
数ある著作の中でも、特別な一冊ではないだろうか。今こうして短い紹介文を書いているだけでも、内容が蘇ってきて背筋がぞくぞくしてくる。
人体というものは、生物学的には他の動物に比べて、その大きさの割りにとてつもなく脆いものだ。そういう人間が十分に成長したヒグマとまともに「親離れ」の儀式に臨み、生還したということ自体が、まず空前絶後だろう。
そしてその生還者が稀有の文学的才能の持ち主であったという事例は、おそらく人類史上で二度と繰り返されることがないのではないか。
自然だけ
人間だけ
事実だけ
文学だけ
そのどれでもなくて、自然と人間、事実と文学が渾然一体となった凄みが、この一冊に凝縮されている。
同角川文庫「どんべえ物語」の続編にあたるので、あわせて読むのがお勧めだが、単独でも十分読める。
●「命に恋して―さよなら『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』」畑正憲(フジテレビ出版)
タイトル通り、TVシリーズ「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」の終了に合わせて出版された一冊だが、実質はこれまでに執筆されてきた自伝的作品の続編になると思う。畑正憲さんが繰り返してきた文字通りの「病み抜け」の中の、ごく近年の体験についても触れられている。
●「ムツゴロウの放浪記」畑正憲(文春文庫)
私個人としては、たぶんこの一冊を畑正憲さんの著作の中でもっとも再読した。TV等でおなじみの明るいキャラクターは畑さん生来の資質であるけれども、明るさには必ず影がある。ピカソの「青の時代」に似た雰囲気がある、と書けばこの作品の雰囲気の一端を表現できるだろうか。
優れた才を持ちながら、かえって光に背を向けてしまう陰鬱な青春時代。東大を離れ、流れ流れて、どこまでも遠く旅は続いていく。
その果ての、病み抜け。
再び立ち上がるシーンで筆は置かれており、私の知る限り直接の続編は出ていなかった思うのだが、上掲「命に恋して」が、あるいはそれに相当するかもしれない。
東大生になるまでの来歴については、以下の作品で読める。
●「ムツゴロウの少年記・青春記・結婚記」畑正憲(いずれも文春文庫)
中でも「青春記」は、いまでも多くの人に愛される名著。
私も青春時代をこの一冊の影響下で過ごした。物事を習得するということ、「学ぶ」ということの根本、若い時代の無鉄砲……
いまも私はお尻にその貝殻を引きずっている感じがする。
しかし、ムツゴロウさんではない凡人たる私は、やっぱり「普通」の範囲内で健康に気をつけないとね……